Angelic Boy

ノラ猫の宿題

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ノラ猫の宿題


 今日もやってきた野良猫。
 いつものように餌をあげてしゃがみこむと、お礼を言うように鳴き声をあげる。そして飢えたようにご飯を食べ始める。
「ほら、あんまりがっつくと喉に詰まっちゃうよ?」
 笑って猫の頭を撫でると、擦り寄るように頬を寄せてくる。
「へぇ。ずいぶんと慣れたもんだな。長いのか?」
 とつぜん聞こえてきた声に顔を上げると、クラスメイトの田辺が立っていた。学校指定のジャージを着ている様子から、部活の帰りだということがうかがえる。
「そうでもないよ。まだ一ヶ月くらいかな」
 そう言って笑うと、同じように笑って田辺が隣にしゃがみこむ。
 僕よりも身長のある田辺は、猫の顔を覗き込むのに苦労しているみたいだ。眉を寄せるようにして体を小さくしている様子が笑える。
「こ~ら! なに笑ってんだよ」
「だって、田辺ってば、何もそんなに無理してちっちゃくならなくても良いのに」
 僕がコロコロと笑うものだから、田辺は拗ねたように視線を逸らしてしまう。その様子が更におかしくて笑っていると、田辺の手が僕の頭の伸ばされた。
「あんま笑うんじゃねぇ」
 不貞腐れた声が聞こえて、頭を軽く小突かれる。
「いってぇ~! 暴力はんた~い!」
 大げさに眉を寄せて抗議をする。別に本当に痛いわけじゃないし、田辺だってそんなこと分かっている。だから猫を見つめたまま微笑んでいるのだ。
 普段から見慣れた田辺の顔は、スポーツをやっているせいかちょっとだけ厳しさがある。でもこうして笑っていると凄く優しい。
 僕がじっと田辺の顔を見つめていると、田辺の目が動いた。
「なに、見てんだよ」
 ボソッと田辺が呟く。
 その声に慌てて視線を逸らすと、妙な気恥ずかしさが湧き上がってきた。
「べ、別に、なんでもない」
 慌てて口にする言葉が妙に白々しい。
 それに田辺も気付いたのだろう。小さな咳払いの音が聞こえて布音が聞こえてくる。
 視線を音に向けると、夕日を浴びて僕を見下ろす田辺の顔があった。
「……田辺?」
 逆光のせいで見えない顔に首をかしげる。
 そしてその動きにあわせて田辺の体が動くと、頬を優しい感触が掠めた。
「あんまジッと見るんな。そんなんだから、俺は……」
 ボソリと呟く声に、目を瞬く。
「……っ……鈍感野郎」
 舌打ちを零して離れてゆく田辺の顔に慌てて手を伸ばして髪を掴んだ。
「ってぇ! どこ掴んでんだ!」
 怒るのは当然だろう。
 僕は田辺の前髪を掴んだまま引き寄せると、その顔を覗き込んだ。
 少しだけ赤く染まった頬は夕日のせいじゃない。確かに赤くなっている顔と、気まずげに動く瞳が今の行動を思い出させる。
「田辺……田辺は、僕が好きなの?」
 うかがうように首をかしげた僕に、田辺の目が見開かれる。
 そしてなにか言いたげに唇が動いて、そこからため息が漏れた。
「……教えねぇ」
「なっ……ッ――!」
 反論しようと開いた口を、田辺の唇が塞ぐ。
 驚いて目を見開いていると、田辺の瞳が少しだけ笑った。
「明日までの宿題にしといてやるよ。俺がお前を好きなのかどうか、お前が考えろ」
 唇が離れる間際に聞こえた声が笑っている。
「しゅ、宿題って……お、おい!」
 うろたえている僕を他所に、田辺は歩き出している。
 そしてその姿は来たときと同じように唐突に消えると、伸ばしかけた手をおろした。
「……宿題って言われても……」
 まだ唇に残る感触にそっと指を添えてみる。
 ドキドキと鼓動を打つ唇が、今更ながらに恥かしさを誘う。
「田辺」
 にゃぁ!
「ふぇッ!」
 とつぜん聞こえてきた声に飛び上がって足元を見る。すると、餌を食べ終えた猫が擦り寄ってくるのが見えた。
「お、驚いた……」
 まだ心臓がバクバク言っている。
 正直、猫に驚いたのはこれが初めてだ。きっと、猫もこんなに驚かれたのは初めてだろう。
 僕の驚きに驚いて半分以上逃げている。
「………………ぷっ、あはははは。おまえ、猫の癖にだらしないぞ~?」
 そう言って笑う僕を見て、猫は尻込みしたまま近付いてくる。そして僕の前までやってくると、再び体を摺り寄せてきた。
 その頭を撫でてやりながら抱き上げると、したり顔で猫が鳴いてくる。
「うん、そうだな。一緒に考えよう。田辺の宿題解かないと、明日が恐いからね」
 にっこりと笑った僕に猫は再び鳴き声を上げた。
 その声が僕の言葉に対しての肯定かは分からない。けれど、僕はその声に笑みを零すと、田辺の与えた宿題を解きにかかった。



―おわり―





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