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なぜか音程は同じ高さのことを1度と数えるので、隣の高さが2度。半音ひとつ分なら短2度と呼んで、全音ひとつ分なら長2度と呼ぶ。

いわゆるよくハモる和音は周波数比が単純になる関係だから、すごくよくハモるのが完全1度(まったく同じ高さ)。次に1:2の関係の完全8度(ちょうど1オクターブ)。2:3とかの比率になる完全5度(ドとソの関係)、完全4度(ドとファの関係、5度音程を1オクターブずらしたと思ったほうがわかりやすいか?)とかもきれい。比に5を使わなきゃいけない4:5とかがドとミの関係になる長3度。このあたりを組み合わせて音階をつくると出来あがるのが、いわゆるドレミファソラシドと途中の黒鍵部分の音。

楽譜というものが世に生まれるかどうかの時代には、同時になる和音として3度とかって斬新な響きだったらしい。20世紀にもなれば半音違うだけの短2度も緊張感や透明感のある美しい響きとして、しっかりぶつけてくる作品も多い。途中の時代では、解決に向かう直前の緊張感のある和音として、短く鳴らすことも。ぶつけているというより、7thコードを耳に慣らしてから、その展開形と思うとそういう音だし。

さて、音楽も佳境に入ったところで、和音を眺めてましょうか。
「筑後平野の」辺りは変ホ長調の主和音を恥ずかしげもなく鳴らしまくる単純な作曲(ピアノパートには込み入った和音が一回だけ出てきますが)。ところが「歓喜の…」からのアルトとテナーの音に注目してみると、
 「歓喜の」の「き」 と、 「声を」の「を」
とが長2度でぶつかる音になっています。楽譜ではテナーが高いところに書いてありますが、男声と女声で一オクターブ音の高さが違うので、つまり実音でいって長2度です。一音あがっての繰り返しでもそう。
ffでしかもmarcato。「きー」と突っ張りやすい子音と母音。テナーにとっては出しごろな音域。ぶつかってできる緊張感までも使ってこの音楽を盛り上げようという心憎い作曲。
(しかもアルトはこのあと「走ってゆく」の「ゆ」でベースともぶつけてます(実音では遠い音ですが)。

ある程度歌えるようになって、気持ちに余裕が出てきたら周りのパートとも合わせることを考えましょう。そのとき、ぶつかる音はぶつけるという気持ちがないといい音になりません。きれいにハモる音をきれいに合わせていけていれば、こういう音はちょっとどぎまぎするものです。