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1800年頃に南仏のアヴェロンで発見され、捕獲された少年。とある軍医、イタールが推定11~12歳のこの野生児を引き取り、ヴィクトールと名づけて5年間にわたる教育を施した。
ヴィクトールは最初、自分の排泄物で汚したシーツの上で眠ることを厭わなかった。そこでイタールが引き取った初期に行ったことが、ヴィクトールをお風呂に連れて行きぬるま湯を彼に何度も掛けること。そしてシーツを何度も洗濯に出すことだった。するとやがでヴィクトールは冷たいシーツ、汚れたシーツを避けるようになり、社会的な生活に必要な、清潔感を獲得する第一歩を踏み出した。

大学1年生のときに心理学の授業で習ったお話ですので、多少記憶からずれているところもあると思いますが、冒頭はだいたいそんなお話。
彼は冷たいとか臭いとかいう1次的な感覚を失っていたのではなくて、だからどうするどう思うといった高次な感覚が、私たちが隣人に期待するのとずいぶん違う状態になっていたということではないかと思う。

音響認知の世界ではちょっと面白い話があって、すぐれた音楽家なら耳がいいだろうと思いたいところだけど、実は1次的な音響認知というレヴェルでは一般人と差は見られないとのこと。音痴か、すぐれた音感と称賛を受けるかはもっと高次な認知レヴェルな話。

音やリズムを外しても平気な人がいます。なんだか汚れたシーツで眠る野生児に共通するところがあると思えませんか。美しい和音のシャワーを浴びれば、正確な音に近づけるのでしょうか。
「ご幼少の頃からピアノとヴァイオリンをやって…」そういうエピソードと無縁な私にとって、アヴェロンの野生児が強制されるのでなく清潔な少年に生まれ変われたことが、非常に大きな希望を持っています。

この本を読んでから20年経ったのか。
私の部屋は相変わらずゴミ箱みたいですw