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「銀の魚」はピアニッシモで始まります。いまどきの楽譜でpp, p, mp, mf, f, ffくらいの音量指示は敢えて意外性を感じる必要もないことではありますが、とはいえppにしろffにしろ最上級表現で語られる音量指示は強い気持ちの表れだと言うことは考えた方がいいでしょう。慣れないうちに注意したいのはffよりもpp。ひとの自然な生理として、強い気持ちだからってことで激しい表現をするなら、それはffになりやすい。そこがppは逆になる。ppだから大変小さな音量で歌われるべきであることは当然です。しかし、ffの反対側で弱い気持ちでやる気のない表現としての小さな音量ではなく、ffと表裏一体な、いや、むしろ発散してしまうことも許されない込み入った事情などが伴うとか、気持ちの強さとしてはffよりもはるかに強いと思っていた方が音楽が成立しやすい。ppの音楽は深い感情の繊細な表現手段。

テクニックで言えば体を柔らかく保ち、たっぷりな呼吸を使うこと。ここで息を詰めてしまうとそのあとの音量変化やこぶしに対応できなくなってしまいます。
精神的には、作曲家がpではなくppで書きたかった理由が分かる程度に描写される情景や背景や音型を考えておくことでしょうかねぇ。
秘めた愛、恍惚、陶酔、倒錯した人間関係とか、どろどろな話じゃなくて、若いながらも、お互いを理解し合い、愛することで愛され、愛されることでより愛していける円熟の関係。過不足なく、すべてが円滑に動いていく様。静謐。その至高の穏やかさ。朝霧の中にエツを漁る人たちの描写に託された、当たり前の暮らしを送る幸せ。

きっちり描いていくことは難しいです。まずはそれに浸ってみるところから始めてみましょうか。