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ありきたり、といってしまうとつまらないけど、よく書けている作品は、演奏してて、違和感なく次のことに移っていける。意外性ということを含めてバランスが取れているという意味で。いい曲、名曲をやっていて、指示に体がついていかなかったら、曲の流れの解釈が間違っていると思ってみたほうがいいだろう。

さて、2度目の「朝の川面に」へ移るところ。直前にはデクレシェンドがあって、すべてのパートが、そのパートにしてみると低めの音に推移する。「ふくらむ。」と文も終わっている。その終わった感のおかげで、小さくまとまってしまいがち。ある意味、自然に音楽を流すと、2度目の繰り返しはこの流れを受けてさっきとの違いを、小さく演奏する方向でまとめたくなる。もっとボーっと歌っている人なら、さっきと同じメゾフォルテで歌ってしまうだろう。
 しかしここからはフォルテ!
なんでって言っても、明示的にfと書いてある以上、どんな解釈の幅を考慮しても一回目のmfよりは大きく歌うべきところ。
 単純には朝靄の景色から朝日を感じる朝がやってきたという情景なのだろうけど、だったら前のフレーズをまとめすぎないで欲しかったなぁ > 團ちゃん
言い訳や愚痴は見苦しいのでこのくらいにして、いかによりより情景を聴衆に伝えていくかという観点に立てば、ここは少し感情に流されず一つまた一つとシャキンとした感じを音楽に盛り込んで、跳ねる情景やきらめく情景に結び付けていきたいって思うんですよね。

ってことは、曲の頭からこのちょっと後まで一切の明示的なテンポ指示がないものの、ピアノ独奏からこのあたりにかけてある程度アップテンポでいく、ってのが情景転換の重要な選択肢なんだと思うんですが、いかがでしょう。
おもいっきり指揮者マターですがね