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とりあえずここでハミングになります。曲の山を越えたところでハミングに突入するってコトはどういうことか。

たとえば合唱コンオフで課題曲wだった『聞こえる』。この曲では、中間部「みえている、きこえている、かんじている」という順番に畳み掛ける歌につづいて「ルルルルー」を4回歌う。また、「あるいていきたい」まで歌いきった後、冒頭のテーマを大団円って感じの曲想で歌詞がすべて「ラ」という大胆なことをやってくれている。
初めて楽譜を見たときは、メロディーと音節数が合わなくて、「ラララ」で埋めただけだろ的な解釈をしたので、かなり低く見てた。しかも前後の詩で言っていることはヒッキーのおしえてチャンで、2ちゃん的なら、おまえまじで社会から抹殺されてもいいよ、って思えて、そんな教育上まずさ大爆発な感じのこの曲がなぜ中・高の両方でNコン自由曲採用数上位に食い込む人気曲なのか不思議でならなかった。
合唱コンオフの本番当日、いろいろ考えながら小田急線の中で楽譜とにらめっこしていてふとわかったこと。この作曲家の解釈では、テキストが「おしえてください」であっても、そういっている彼、彼女はもう答えがわかっていて、わかったからこそこういう曲になる。前半の、何か具体的な事件を指しているようで実は何も特定の事件を指しているわけでない事柄への答えを、敢えて具体的な言葉で言い表す必要もないだろう、と思えば、まぁ細かいことはどうでも良くなってきた。

言葉にできない、を最大限使ったのがYAH YAH YAHかなって思う。サビの歌詞を全部「や」にしてしまうなんて、飛ぶ鳥を落とす勢いのときにしか書けませんよね。

とりあえずここは冒頭で2回とも「しずかに」だったところ。敢えてそのテキストを失ってしまうくらいの何かを伴って歌いきる、という展開がありえると思う。



ところで言葉にできないならオフコース
http://www.meijiyasuda.co.jp/profile/event/dear/2003/