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何日か前に書いたように、p.35の53小節目、一回目の「朝日にはねよ」がこの曲一番の山ではないかと思うのですが、昨日書いたように4番までの構成で、4番だけ1ランク音量が上がることを思うと、最後のページにある「いきのよい魚をとらえるのだ」が構成上一番の山場なのでは、とも思えます。
私見では一回目の「朝日にはねよ」に重くしっかりした山、最後の「とらえるのだ」を軽くて開放的に大きな山、というように見ています。
和音の複雑さ、テンポ設定のルバート感などを思うと、一回目の「朝日にはねよ」での要求がはるかに大きく、つまり重要で、しっかり作らなきゃいけない。あえてどちらが一番の山か、と聞かれれば、この一回目の「朝日にはねよ」になると思う。
その後のハミングでエピローグのようなモードに入ったかと思いきや再び音楽が動き、波が帰ってくる。だけどもう複雑な部分は抱えてなくて、なにか吹っ切れていて、っていうかお昼になっちゃってっていう時間的感覚でもいいし、ともかく解決感を伴って単純にフォルテからクレシェンドして「とらえるのだ」までを歌いきる。

ちゃんと角が立っているお刺身。鮮度の高さ。自然の恵み。命の循環。
若い男女の自然な出会いと、愛。そしてその営み。
 在るべくして在り、それゆえ掛け値なしの美しさ。

ただどこまでも優しく、そしてさえぎるものがない大きさ。  …難しいですが。