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最初のページの最後の音に向けた歌い方。つまり、「呼びおこせ」と「あゝ」のつなぎかた。

譜面上ritmicoという指示は、ピアノパートにしかついていないけど、曲想等々から考えて、リズミカルに歯切れよく、はっきりと歌う基調となることは間違いないだろう。
そんな音楽の中にたくさん出てくるシンコペーションは、祭の太鼓のリズムとして、しっかりと刻まなければならない。
「かわーを」「あいーを」「おこーせ」「くれーた」「たたーけ」「あげーよ」
この「ドン、ドン、ドドーンド」のリズムをしっかりと、ということだ。

そしてさらにその合間に入る、「あゝ―」の繰り返し。同じくそのリズムが命といっていいだろう。となればテクニカルには「あゝ―」の入りのたびにアクセントをつける、という動きがこういう場合の基本。
たしかにそれまでフォルテからクレシェンドしてきた音量で、メゾフォルテに落ちるのだから、やや落ち着く方向にあるのだけれど、でもそれぞれの形を明確に出すには頭ごとにしっかりと「はっきりさ」を演出する必要があって、だからアクセントを付けるのだと思うのが一番簡単でわかりやすい。

すると面倒なのが女声。男声は充分長い休符の後だから冒頭も、それ以降も改めて作り直すことができるけど、女声はその前の音から休む暇なくこの音に入る。ブレス記号もない。「銀の魚」ならテンポが動く、というか、ここで「ため」を作る可能性もあるのだけど、「川の祭」のような曲でそれはありえない。
すると必要になるのが前の音を短く作ること。
幸い直前の音は「呼びおこせ」の「せ」で、ソプラノの旋律を見てみれば、一段下がっている。日本語のイントネーションからいってもこの「せ」をことさらに強調する理由はないどころか、どちらかといえば収める音。だからフォルテからクレシェンドしてきた最後の音であっても、この音はやや小さく、やや短く歌ったとしても問題なし。というかそう歌うべき。
そう考えてみると、「あゝ―」「あゝ―」の繰り返しは、その直前の「こーせ」から始まっているとも思える。
ちょっと冷静に楽譜を見てみると、女声は「あゝ―」を5回歌って、男声は「あゝ―」を6回歌う。あたまの高さだけで言えばソプラノはレドシラソ。テナーはミレドシラソ。
でも女声は直前で「こーせ」を歌っていて、ソプラノはそのあたまの高さがミ。つまり音楽的には、ある意味、ミレドシラソの下降音階で「あゝ―」を繰り返していて、歌詞が女声の1回目だけは「(呼びお)こーせ」になっている。
すると逆に「あゝ―」の歌い方は「こーせ」のイントネーションであることがもっとも自然というわけで、そう歌ってみて整合性が取れなくなるところもないのでたぶんそう。「こーせ」と「あゝ―」とのつなぎ方は「あゝ―」「あゝ―」を繰り返すときのようで、多分かまわない。

正直な感想ですが、現状の2中の演奏で、私が唯一許せないくらい違うと思っているのがこの女声の「あゝ―」。energicoです。シンコペーションです。もっとはっきり、もっとはりのある声で。よろ。