※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

新しく入ってくる旋律がはっきりと聞き取れるように配慮する。
これはフーガに限らず音楽の作り方の基本。フーガ冒頭のアルトが作る「まつりよかわーを…」というラインがしっかり見えてくることは求められるわけだ。
ところがここで厄介な問題がある。このときアルトとアルト以外のパートとを比べれば一目瞭然だ。アルトはフォルテひとつ。男声とピアノパートはsffにアクセントつき。単純に言えばアルトは聞こえなくてもいい、というメッセージのようにも思える。
ここでいくつかの選択肢が考えられる。

1)sffという普通めったに見られないような記号をもらいながらも、男声とピアノはアルトに配慮して小さく出す。
いや、どう考えてもそれはないだろう。ちょっと抑えてアルトが聞こえるとかいう問題ではない。またここの音楽の性質から言って、全力で出すのが礼儀だろう。

2)アルトが大きく歌う。
フォルテが一つしかかかれていないが、フーガの冒頭という構成上の理由で大きく出すことは許されるだろう。しかもここは音域が低い。張り上げるようには歌えないから油断すると大して大きな声が出ていない、というのは非常にありがちな展開。思っているよりかなり大きく歌ってみて、ようやく客席でフォルテと思える音量になる。まずそのくらいは絶対に出そう。そしてそれ以上に出しても許されるだろう。ただ、それだけでsffに対抗できるものではないので、打楽器系の音を出そうとしている男声にフーガの冒頭が音量勝負を挑むのはやや危険だ。他パートの比較として出なく、とりあえず大きく出しておくという意識だ。

3)ソプラノが手伝う。
ここからしばらくソプラノは暇なのだから、音域が低くて大変ではあるが、これまた音域の問題でフォルテ程度の音量も作りきれない、あるいは男声があまりに元気すぎるという場合、一時的にソプラノが助っ人に入るのはありだ。合唱指揮者やパートリーダーは当初のパート分けにとらわれすぎず、音量バランスを考えて臨機応変にパート構成メンバーを動かす柔軟性を持っていてほしい。

4)(カウンター)テナーが手伝う。
低くて音量が足らない問題のときはむしろソプラノよりテナーが手伝うほうがうまくいく。ただし、アルトのように歌うことのできる発声ができることが前提。メンバーの人選はしっかり考えたほうがいい。しかもその後すぐにテナーも入ってくるから、ヘルプは1小節だけで、いなくなっても目立たない程度のうまい抜け方ができることも大切。それだけに、だれでもできるというものではない。

5)アルトの「まつり」にアクセントを付ける
そうでなくても他パートにアクセントはあるのだが、とりあえず「まつり」という言葉くらいまではアクセントがあるように思ってみるのも一つの手だろう。明確にだす、言葉を立てる、という意識から逸脱しないようにという配慮は必要だ。しかし強いアクセントを作っているパートにアクセントで対抗するというのは音楽を芸術から遠ざける選択肢かもしれない。

6)アルトの「ま」にテヌートをつける
よくよく楽譜を見てみるとアルト以外にはすべてスタッカートがついている。他パートは太鼓の模倣として(2番では花火の音の模倣として)するどい減衰音が求められている。つまりでかい音ながらも出してすぐにいなくなるわけだ。一方アルトはきっちり歌って構わない。というか、歌って欲しい。
「まーつり」にはタッカのリズムが当てはめられているものの、日本語の「まっつり」という言葉についている旋律ではなく、「まつり」という言葉なのだから付点8分音符を短くリズミカルに作らなければならないような理由はない。むしろ他パートが消えたときに充実した音量のまま舞台に残っていることでアルトの存在を主張できるじゃないか。一方「つ」は16分音符という短い音符だし、今の日本語で無声化している音。母音を主張し過ぎることよりも、飛ばしやすい子音をしっかり立てて他パートがいないところでしっかり存在を主張できる。「り」を「ま」と同様にテヌートっぽく作るかは実際の効果や指揮者の好み次第。「よ」は、本来の語感なら「まつり」よりもやや小さく作るべきところ。しかし、ここで「よ」もぐっと押すと存在感は増す一方で押し付けがましさやくどさも出てくる。このあたりはメンバーの技量や指揮者の好みなどで徐々に固まるべきところだろう。

7)アルトの「まつりよ」を16分音符に分割して歌う
一番推薦したいのがこれ。これは6)をより実践的に行う方法。テヌート記号をかくというより、「ま、ー、ー」を16分音符で3回押すように歌うということ。何となく出しているよりしっかりとした音になる。
すべて16分音符で「ま あ あ つ り い よ お」をゆっくりそれぞれ押すようにうたって頭に分割したパターンを叩き込むという練習を少しやる。その後、実際のテンポで無理に切ろうと思わずに歌う。すると聞くほうにはテヌートにリズムが転がってしまわずに歌えているように聞こえる。よく、優雅に泳いでいる白鳥も水面下ではもがいているんですよ、というたとえで語られるが、聞こえたように歌うのでなく、そう聞こえるようにテクニックを駆使するという一つの例だ。