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このフーガでアルトに鬼門が用意されている。音域がむやみに広いのだ。
「まつりよかわを呼びおこせ。あー」
のうち、「かわ」は五線の下のシの音で、そのすぐあとに「こ」で上のレが出てくる。典型的なアルトならポジション(声区)の切り替わり点として、胸声からミックスした中声への切り替え(第一喚声点)が真ん中のソ(一点ト)で、中声から頭声に切り替え(第二喚声点)が上のレ(二点ニ)。だから、このフレーズは人によって二つの大きなポジションチェンジを乗り越えなければならず、パートソロでの一つにまとまったフレーズ作りが非常に難しいように書かれている。

気をつけたいのは「かわーを」の歌い方。フーガらしく、「まつりよかわを」をしっかり歌うという気持ちが強すぎて、この「かわーを」を変な意味で押してしまうと後に続かない。「変な意味」というのは胸声主体の、胸声しか出せないような発声。それだと確かに「かわよ」がしっかり歌えているように自分では思えるかもしれないけど、次の小節に移るとすぐに胸声では出せない音域に入ってしまい、のどを締め付けた情けない声で悲壮感だけが漂う。いろいろテクニックが身についていて、ここでそういう種類の声を出しても、次の小節からシームレスに頭声に切り替えていけるならいいのだが、それはかなり難しい。しかも、胸声主体になると、本来出すべき音よりも少し低い音を出してしまいがち。何かと注意が必要になる。
だからここで、鼻腔共鳴や鼻の裏、目の裏、あるいはつむじに当てるような成分を失わず、音量ではなく響きの強さ、明確さで「かわーを」を乗り切って、その高い成分を徐々に強くしていきながらレの「こー」までもっていく。複雑なコントロールの戦略となりますが、何となく歌っいて歌いきれるほど気楽な作曲ではないのに、アルトのパートソロ。しかもその音の伴奏はありません。失敗すれば目立つところなのです。気合だけでうまくいかないこともありますのでたまには頭も使ってみてください。
平たくいえば、上のレで「こー」が出せる発声を下まで持ってきて「かわーを」を歌うのです。

海の底にも都はあるのかとわずか8歳で非業の死を遂げた安徳天皇を、本来なら鎮めるべきところなのに呼びおこせとはなんとも逆説的。しかし今では子宝、安産祈願の神様。災いなんて何のその。彼が鎮座するこの川は、もたらす糧で、人を呼び、人を生み、育ち。そして今ここに集っている。若さと力と愛がみなぎりほとばしるもの、それが祭り。
「呼びおこせ」
この一言にいろんなことが詰まっているし、いろんなことを詰められる。