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Grandiosoは雄大な、壮大なというイタリア語の形容詞。壮大というのは大きくてりっぱな様子。

作曲家、團伊玖磨は『筑後川』を歌う人たちに、
「『河口』を歌う時、どんなにおおらかに歌ってもおおらか過ぎるということはないのです」と語りかけていたそうだ。

上流からだんだんと瀬を集めて大きくなる川の模写として、徐々に大きくなり、最後の「ああ」で「フォルテ3つからのクレシェンドの終わりにアクセントをつける」という音量にいたるまでだんだん大きくなる。「河口」の冒頭はすでに十分大きく、しかしそれでもこの先、幾重にもクレシェンドする余力が必要。
ピアノパートのフォルテ2つをうけて始まる合唱の冒頭がフォルテ1つしかないのはそういう計算からくるぎりぎりの音量なのだろう。

さっきまでの「川の祭」の大音量とは種類が違うことに注意したい。「川の祭」のフォルテは総じて太鼓の音や花火の音を描写しているので激しく減衰する音。テクニカルにはアクセントやスタカート。
一方で豊かに水をたたえた川の描写はたっぷり感がほしい。となるとテクニカルには、スローテンポ、レガート、そしてテヌート。ピアノパートには数多くのテヌートが書いてある。合唱にはそれがないけど、文脈や音楽から考えて是非そういう音楽が欲しいところ。

まず情景を思うこと。つぎに音をよく聞くこと。あとは何度か練習していれば合唱団の音はおのずと普通誰もが求める音へ移行していくものです。でもまだ最後じゃありません。やりすぎには注意。