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つい先日、長らくお世話になった指揮者の先生が亡くなりました。長らく、といっても10年位かな。音楽に大変厳しい方で、かつ初演マニア的な方でした。とある作曲コンクールで「楽譜が変なんだけど、コンクールという性質上、こっちでかってになんかやってあげるというわけにもいかないんだよね」とか言いながら、とりあえず楽譜どおりにふってららした姿が、ある意味非常に印象的でした。
その後、私もとりあえず音が取れてる、気持ちよく歌っている、とか言うことだけではなく、楽譜をまじめに読むようになってきて、昔わかりにくく、でもある意味ただの1,2,3,4なんじゃないの、と良さがぜんぜん分からなかった頃とは違い、マエストロの棒が、実は非常にいろんなことを語っているし、それは楽譜の枠内であるのにもはや誰にも追随できない領域、と思えることがよくありました。マエストロ自身は、作曲家が降りてきて一緒に作っているって感じの言い方をなさっていたように思います。

ところがたとえば最近の「のだめ」に代表されるように、音楽を題材とした漫画や映画では、楽譜やクラシック音楽の枠を壊していくことがさもいいような風潮が作られています。でも、音楽のかなりの部分は当たり前のことが当たり前のようにできる訓練の上に成り立っていて、崩すのではなくて、突き詰めた究極、あるいはその限界すら超えたもの、というところに次の答えがあるのではないか、いやあってほしい、とか思いながらこの手の漫画を読んでいます。ただ、「のだめ」ですら血のにじむような基礎訓練の裏打ちがあってこそ現状の喝采が得られる音楽作りができている、というようには描かれていますよね。

ちょっとそれますが、今のタモリがあるのは、赤塚不二夫が面白い芸達者なサラリーマンを拾ってきたという状況から、「てれびファソラシド」などを通じたNHKでの経験があって、ただの一発屋でなくなったってところがあるように思います。そんな感じかな。

発声の基礎といえばコンコーネ、合唱の基礎ならコールユーブンゲン。そのコールユーブンゲンのかなり初期にしつこく出てくる動きが、3連符と2分、4分音符の切り替え。「むした」が音節数の兼ね合いで3連符になったのでしょうが、まずは直前の「おどけた」のリズムとこの「むした」のリズムがきっちり正確に歌い分けられるってことが非常に大切です。言葉のつくりとかをいったん無視してでも、正確なリズムを作ってみましょう。3連符は初心者にとってそもそも難しいし、走ったりのたったりする原因にもなります。
でもそれだけではありません。楽譜には歌詞があり、その歌詞の当たり前の流れを考えるだけで、「わたしは正確に3連符を刻みました」という態度では音楽が成立しないこともわかりますよね。このあたり、器楽と異なり音楽作りの情報量が多い声楽、合唱はやる気があれば有利です。
力が入ったり抜けたりしながら言葉の中での強さのバランスがあって、でもリズムが狂うわけではない。そんな音楽作り。
どうしてもつまらない訓練というものはつき物です。うまくやれば楽しい練習計画も立つかもしれませんが、そんなことに期待しすぎるのもよくないです。ところどころ、苦労して正確さを出してみましょう。言葉の意味やフレージングとせめぎあいながら、できるだけ高いレベルで折り合いをつけたいところです。