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「さようなら」という言葉をわざわざ深く掘り下げて考えてみたい人は世の中に多いらしい。さようならという言葉でググると、外国語との関係や、さようならの後に続くはずの言葉について考えてみようとしているサイトにたくさん出会う。
「さようなら」はそういうことでしたら、という意味。また会いましょうとか、相手を気遣う言葉とかではなく、この言葉自体には接続詞の意味しかない。だから、明示的に語られていない本来の意味が何なのか、さよならと言ったり、言われたり、言わなければならなかったり、言わないようにしてみたりする人たちが、考えのよりどころとして本当の意味を探している。
しかし、ずいぶんとサイトを手繰ってみても、十分な根拠を持ってこの言葉に続く言葉を探し当てたところには出会わなかった。
「さようなら」という言葉で引っかかる、特に古い言葉は十返舎 一九(1765-1831)が東海道中膝栗毛(1802-1809頃の作品と言われている)や辞世の句は「この世をば どりゃお暇(いとま)に 線香の 煙とともに 灰(はい)左様なら」(1831)で、さやうならや、左様ならを用いたということ。ここでの用例も、もっと古くからある、単純にそういうことなら、という意味のさやうならの移行期というわけではない。すでに別れの言葉。
となると、先日指摘した、岩佐又兵衛が1600年代前半に書いたとされる山中常盤物語絵巻の中の「さらば」の方が古いし、知識人の素養レベルといえる平家物語の「さらば暇申して(平家七・忠度都落)」が「さらば」「さようなら」「では」「じゃぁ」といった接続詞的な言葉を日本語の中で別れの意味を持たせた重要な言葉なのかなと。十返舎 一九あたりで、さようならの勢力が勢いをつけたかな、と。
そういうことならこの最初の言葉、「いまは浮世に思ひおくことなし。さらばいとままうして」を言った、薩摩守忠度(さつまのかみ ただのり)はすごいなぁ。後に無賃乗車の代名詞になるとは本人も思いもしなかっただろうけど。

しょせんグーグルと、我が家にある何冊かの古典をめくって、一週間弱かけてたどり着いた話。大学の図書館とか、戸越の資料館とかでまじめに検索してからでないとまともな答えとはいえないと思いますので、多少眉唾でヨロ。



よくやってることなんですが、upる前につまに内容の確認を取ってみました。大筋でまぁいいんじゃない、って感じで。
で、「平家物語の、さらば暇申して、のところだけど」というと、「あぁ、薩摩守忠度でしょ、よみ人知らずで入れてもらった。キセルの代名詞よね。」といわれ、
「岩佐又兵衛の絵巻だけど」というと、「あぁ、あのお母さんが惨殺されたやつ」といわれました。
このあたりって、一般教養なんですね。付け焼刃の知識であがいているオレっていったい、ってちょっと悲しくなったかも。
でも、「東海道中膝栗毛読みたいから貸してくれ」っていうと、買おうと思ったはずなんだけど、と部屋に10分ほどこもって、「みつけられない、買わなかったかも、そういう依頼は休日にお願い」って汗だくで怒られました。そのくらいの定番はもっとけよ、と思いながら謝りましたけど。