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楽譜をよく見れば、作曲者が何をどうしたかったのかがわかってくるものです。ちゃんとした曲ならたぶんそう。「筑後平野の百まーんの生活の幸を」をよく見てみましょう。
手抜きで
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=72579737&owner_id=1483352
を多少編集して再掲載ですが、

歌詞: (生活の幸を)<->(生活の中へ)
ソプラノ音形: まったく同じ
アルト 音形: まったく同じ
テナー 音形: まったく同じ
ベース 音形: 最初の1音だけオクターブ違い
ピアノパート: まったく違う裏拍打ち基調(ダムにては3連符基調)
音量: どちらもff
最後の音の長さ: 3拍(ダムにては4拍)
最後の音量変化: cresc.(ダムにてはdecresc.してcresc.)
アクセント:「ち」だけ(ダムにては「ちくごへいやのひゃくま」まで)
テヌート: なし(ダムにては「ちくご」と「ま」についている)
テンポ: 楽譜上はGrandioso(ダムにてはAllegro)

この違いから感じることは、河口は壮大で、ダムにてはまだ若いってこと。

「『河口』を歌う時、どんなにおおらかにうたってもおおらか過ぎるということはないのです。」

というのが團さんが『筑後川』を歌う人々に投げかけていた言葉。
こざかしくアクセントやテヌートをこれ見よがしに付けたり、テンポが走ってしまったりせず、大きくする前に一度小さくしてみる、何てこともしない。

ユニゾンのシ♭で歌う筑後の「ち」を踏み台に、1小節ちょっと「くごへいやのひゃく」の間、変ホ長調の主和音を、そのままずばり鳴らし続ける。(強いて言えば第3音をソプラノに持ってきてちょっと不安定なんだけど)

それだけに、あたりまえのことがちゃんとできてこそできる、付け焼刃の技術を適用しにくい部分。正しい発声、組曲全体のペース配分、落ち着いた心。いろんなことが試されます。