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音楽の捉え方で、フレーズを何小節でとるかという問題があります。

♪咲いた、咲いた、チューリップの花が

をブレスなしで一息で歌うか、咲いた咲いたの後で1度ブレスをとるか、というような問題です。就学前の子供にこれを歌わせると、咲いた、と歌ってからブレス。もう一度咲いたと歌ってブレス。その勢いで、チューリップのの後でもブレスしたりして。そういうのが幼い感じですね。だから、って言うのもなんですが、あまりぶつ切れにしないものです。
ブレスがもつのなら、多くの指揮者は書いていないブレスをむやみに取らせるものではありません。

♪筑後平野の百万の生活の幸を

は、その気になれば一息でうたえます。ブレス記号も休符もありません。「百万の」のあとが問題なんです。気楽に歌ってもらえば、ここでしっかりブレスをとる人が多いです。まるで8分休符があるかのごとくしっかり休んでしまいます。でも休符もブレスもないのだから、つながるはずだ、という考え方が大人の判断です。
ただ、ロボット歌いのように、べたべたにくっついていればいいってものじゃないですから、日本語ネイティブとして常識的なイントネーションも必要です。


しかし、ここはサビです。大きくなった川、成長した人間、成就せんとする愛。何を表現するにしても、安易なffでは足りません。とりあえずGrandiosoのffですから、結構な声量が求められているでしょう。長いフレージングのためにその声量があっさり犠牲にされてよいものでもないです。

そんなわけで表現したい世界と、合唱団の力量とで、このあたりのテンポと何小節フレーズでいくかが決まっていったりします。そういう指揮者マターです。

で、やっぱり切るなといわれた合唱団員は、もたないのなら、そこ以外でカンニングブレスをするのがよいでしょう。我を忘れて吠えるところでもありませんので、冷静な計算もよろしく。