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初演というものを何度かやったり、初演の録音を入手してこれからの演奏会の参考にしようとしたりしているとわかることだけど、初稿は決定稿ではない。作曲家自身が振る場合なら突然、作曲家が信頼を置く指揮者が振る場合なら聞いてた作曲家となにやらごにょごにょ話し合ってから、楽譜が変わることがある。作曲家の頭の中にある音楽、音響、構想、展開などと、実際にそこで鳴る音にはやっぱりいろんな隔たりがあって、こう書いてそう歌うのなら、むしろこうするからこちら(=作曲家)の思うように歌ってくれ、と。
筑後川の初演は1968年12月20日、團伊玖磨自身の指揮で行われた。数曲目の合唱曲で初の合唱組曲を書いたのだから、素人さんに歌ってもらうと楽譜に書いたはずなのに思うようにならなかった部分も少なくなかったろうと思う。

話を戻して「始まる」。思いっきり妄想炸裂モードで書きますが:
いよいよ壮大なたびが始まるというのだから、作曲家の構想としてここがきれいに収まってしまうようであってはならない、という気持ちがあっても不思議ではない。そこを何かわけがあって、音を下げる作曲にしてしまった。こう書かれるとよほど器用に声を出せる人でなければ最後の音は小さくなってしまう。とくに2・2・2・4小節で一セットとなる音楽の、ともすれば余分に感じてしまう最後の2小節は、油断すると切ってしまいそうになるくらいだ。しかし、そこまで弱くされると次への展開に支障が出る。しょうがないから「そこはクレシェンドです。最後はffくらいのつもりで歌ってください。」くらいのことを言うしかなかったのかな?最終版の手書き楽譜が団員に配られたのは本番3日前だったそうです。演奏会を最低限形にするために、かなりえいやっ!という作り方もあっただろうと思います。

おいらの空想だけを根拠にするのは非常に危険だけど、そう考えてみると、この「はじまる」についているクレシェンドとffは文字通り本当に大きくするという意味ではなく、できるだけ小さくならず充実した音を各自の声楽的発生の範囲内で頑張りましょう、という意味に読み替えてもよいのではないかと思います。実際、久留米市民オケインターネット演奏会サイトで見られる団伊玖磨自身指揮の演奏を聴くと、この部分の「はじまる」の「る」の音は、あきらかにその手前より小さい音が鳴っています。この演奏の合唱団のクオリティから考えると断言するのは危険ですがffが鳴らなければならないと考えすぎる必要はなさそうです。

以下、團伊玖磨自身の言葉を某所から抜粋:
「僕は初演にまいりまして、稽古を始めた時、大変だなと思いました。楽譜直しから、読み違いから、それを全部修正して、初演当日になって、六十八名の団員みんながやっとよくわかったといった感じでした。」