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ここでまた不自然な書法がでてくる。
「もりの」がmfで、との指示だ。

さっきの「あらい」まではフォルテ。このあとはデクレシェンドしてpで「くらさ」とつながる。淡々と歌うならばf→mf→pだから特に違和感もないだろう。
しかし、大きなフレーズを考えてみると、さっきの「~あらい」までのフォルテのフレーズと、「もりのくらさをおそれずに」という暗さや恐れといったネガティブな言葉に呼応した音量の小さな音楽との対比が描かれることになる。だから、とりあえず音の高さと歌詞を覚えた頃、楽譜を見ないで歌えば、この「もりの」を小さく歌うだろう。次への展開を考えれば大きくてもmp。しかしここはmfとの要求だ。このディナーミクだけを重視して歌詞を考えず器楽的に音楽作りを試みると、むしろフレーズは「もりの」までがフォルテ基調の音楽となったフレーズで、「くらさ」以降が次のフレーズじゃないかと思えてしまうかもしれない。しかし、日本人なら誰でもわかるように、歌詞の切れ目は「あらい」の後ろ。実際、その直後に合唱パート全員揃って8分休符をもらっているので、楽譜づらだけを見ていると切れて当然のように思えるかもしれない。
しかし、歌ってみればそれが結構大変なことなのだ。
すばやいテンポ、予備音なしの転調から、全曲中で一番はやい掛け合いの「あらい」をこなしたところ。つまりたいへんあわただしい。
そこにきて、さっさとピアノまで音量を落とすのではなく、いったんmfで高い音をだす。
この「もりのくらさをおそれずに」は単純な8小節フレーズのはずなのに、この高さと音量による構造のおかげでフレーズが「くらさ」から始まっているような錯覚を与えようがあり、結局すごく簡単なはずの場所がなんだかわかりにくくなる。
ここに入るとき、そこまでフォルテ基調ながらこのフレーズの終わりでピアノパートがデクレシェンドしてくれるので多少の予感は付くかもしれない。
木を見て森を見ない演奏をしている間は何の苦もないでしょう。だんだん見えてくるとちょっとつらいところです。
またあとで触れますが「もりの」の「の」のところにデクレシェンドが付いていることは意図的にしっかり覚えましょう。

申し訳ありませんが、作曲家がなぜこう書きたかったのかの意図はよくわかりません。