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筑後川流域で生活を営む人たちにとって、このダムにはいくつかの思いが交錯するようです。
まずは基本データ。

夜明ダムは県境にある

阿蘇外輪の北に源流を持つ筑後川はすぐに大分県に流れ込み、途中にいくつかのダムを経る。大分県最下流が日田市。日田市市街地を抜けて少し西に大分県と福岡県の県境がある。県境は北の三日月山、南の熊渡山尾根を伝うようにほぼ南北に延びている。この尾根が右岸:大分県の日田市夜明地区と左岸:福岡県のうきは市(旧 吉井町)三春地区の川が曲がりくねったところで夜明ダムになり、夜明ダムを越えると両岸とも福岡県になる。

夜明ダムで川の名前が変わる

日田市を流れる筑後川は「三隈川」と呼ばれています。福岡県に入ると筑後川です。どこかの川と合流して名前が変わるのではなく、県境を越えると名前が変わるようです。

昔はここまで海でした

1万年以上昔、この夜明地区あたりまでが有明海だったようです。つまり、上流から川を下ってくると、夜明ダムまでは山間の景色を見ることになり、ここからは堆積した景色をみることになります。
http://www.kttnet.co.jp/kasen/imamura/tikugo2.html

林業を断ち切ったダム

筑後川は長い間、水運が盛んだったようです。日田市から河口付近の大川に木材を運んでいた産業は、いくつかの堰を作ったときもどうにかできたようですが、夜明ダムがこの水運に終止符を打ったのだそうです。それでも必要なダムだったのですが、割り切れない思いをした人が少なからずいたわけです。

昭和28年6月の大水害

暴れ川としてその名を全国に轟かす筑後川の水害史上でも特に大きな水害が昭和28年6月の大水害。夜明ダムはこの水害で汚点を残すことになりました。



  
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