0.カーンチ!(※)

 古い。MTBにおいてごく初期のブレーキである。東京ラブストーリーよりは古くなない。現状としてはMTBに用いられることはほぼ無くなっているが、市販のシクロクロスとランドナでは主流である。
 しかし古い。当時としては画期的であっただろう、構造上、一軸のキャリパーブレーキの三倍の制動力を持っている(筈である)。ところが四倍のVブレーキの台頭によりそのメリットは無くなった。キャリパーブレーキにしても、デュアルピポッド式が開発され制動力が向上、安定した。既にカンチブレーキは古いブレーキなのである。

1.泥はけ

 新しいブレーキが次々開発され、カンチブレーキは影の薄い存在となった。しかし、そのカンチブレーキに再び注目が集まる出来事があった。シクロクロス競技の流行である。
 シクロクロスのコースは悪路のため泥が跳ねることも多い。キャリパーブレーキやVブレーキではブレーキパッドとリムの間が狭く、そこに泥が詰まると著しく制動力が落ちてしまう。ところがカンチブレーキはパッドの隙間が大きいので泥づまりを起こしにくい。さらにシクロクロスはMTBの競技ほど大きな制動力を求められないため、カンチブレーキの制動力でも問題がない。よって市販のシクロクロスにはカンチブレーキが用いられることになった。
 多くのメンテナンス本にはこのブレーキを「泥づまりしにくい」と紹介している。言ってしまえばこれだけが高評価なのである。

2.ディスクブレーキ

 2010年、UCIによりシクロクロスの規定変更の発表があった。ディスクブレーキ装着が許可された。
 ディスクブレーキは泥づまりがしにくい。制動が地面に近いリムではなくホイール中心のロータによってされるからである。ディスクブレーキを採用したシクロクロス完成車が市場に出始めた。

3.調整

 カンチブレーキのブレーキパッドは二種類あり、そのどちらかが使える。それによって調整が随分違う。

ボルト式

 Vブレーキやキャリパーブレーキに採用されるブレーキパッドと同じ方式である。パッドについたボルトとナットでアームに固定する。

ロッド式

 カンチブレーキは調整しづらいと言われる原因はこれにあるだろう。ブレーキパッド側から棒が突き出ており、それをアーム側のダルマねじで固定する方式である。
 パッドの高さ、角度二軸、パッド-アーム間距離の四つを調整できるため、調整の幅が広い。うまく調整できればVブレーキ並のブレーキタッチになる、こともある。熟練者曰わく制動力もかなりよくなるらしい。
 調整の幅が広い分、しづらいのである。熟練者はともかく一般人は一般の腕のため、上述のボルト式が使われることが多い。

 ちなみにカンチブレーキはワイヤ調整のアジャスタがついていないことが多いため、ブレーキパッドが消耗してきたらその分の遊びをどうするのか。ワイヤを張りなおせば調整できるだろうが、パッド-アーム間距離で直した方が美しいかも知れない、調整には非常に時間がかかると思われる。

4.なぜカンチブレーキなのか

 カンチブレーキのメリットはすべて無くなってしまった。では、なぜまだカンチブレーキは使われているのか(2013現在)。今のところシクロクロスでもディスクブレーキ派よりカンチブレーキ派が多いようだ。

 ひとつは切り替えにかかる時間の鈍重さだろう。規定変更からはまだ三年しか経っていない。「シクロクロス競技に最適化されたディスクブレーキ」という意味では、ロータ径やアーム長など、パラメータの実験段階といえる。レーサたちも新しい方式に慣れるのには時間が必要だ。つまり、もう少し時間が過ぎればディスク派が多数になる筈である。

 もうひとつは現状で満足されている場合だ。シクロクロスの廉価モデルには、競技用としてではなく街乗り用、ツーリング用としての目的で売られているようなものもある。競技で使うのでないならば制動力はそれほど必要なく、カンチブレーキで十分とも言える。
 昔から自転車に触ってきた人間ならば、シクロクロスやランドナにはすべからくカンチブレーキがついているものだ、と思うだろう。すなわち、ディスクブレーキは色ものなのである。ならばカンチブレーキをつけたほうが、自転車が売れる。
 シクロクロスの一部とランドナにはカンチブレーキは使われ続けることだろう。

5.あとがき

 カンチブレーキは古いブレーキである。効かないし調整もしづらい、洗練されたディスクブレーキやデュアルピポッド式キャリパに比べれば見ためもかっこうわるい。メリットを挙げろと言われても困る。無い。
 それでも、きっとこの先もカンチブレーキを使い続ける人はいるのである。

 どうしようもなく似合っている。旅をするならカンチブレーキがとてもかっこういい。
 制動力は確かに現行より劣る、だけど必要ない。調整はしづらいが慣れてしまった、だから問題ない。そんな人はとても少ないが、いるのだ。

 ランドナを知らない世代が増えてきたらカンチブレーキは本当に無くなるだろう。聞いたことはあるけど見たことはない、そんなものになる。少し喜ばしく、少し寂しい。
 東京ラブストーリー、見たことありますか?



(※)東京ラブストーリーで、リカが完治に言った台詞(の一部)。放送は21時、再放送は17時頃である。数々のお茶の間をカチカチに凍りつかせただろう。テレビドラマは1991年で、原作は1988年。カンチブレーキは1980年代初期の為、もしかしたら永尾完治命名の由来はカンチブレーキかもしれない。