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マーケティング論批判序説小泉純一郎首相が郵政民営化の是非を問うた第44回衆院選は2005年9月11日、投開票が行われ、自民党は単独で絶対安定多数(269議席)を大きく上回り、公明党と合わせて与党で全議席の三分の二以上を占める大勝を勝ち取った。政権交代を賭けた民主党は惨敗に終わり、岡田克也代表は辞表を提出した。

総選挙の結果を受け、朝日新聞社は12日から13日にかけて緊急の全国世論調査を実施しているが、自民が圧勝した理由を聞いたところ、「小泉首相が支持されたから」が58%で、「自民党が支持されたから」の18%を大きく上回った。「小泉ブーム」が選挙に与えた影響の大きさがうかがえる一方で、興味深いのは、今回の選挙結果については、55%が「驚いた」と答え、自民の歴史的な大勝と民主惨敗に戸惑いを見せる有権者の姿も浮かび上がったということだ。

読売新聞社もまた12、13の両日、先の衆院選の結果を受けて、緊急全国世論調査(電話方式)を実施しているが、自民党の圧勝を「よかった」と歓迎する人は半数を占め、小泉内閣の支持率も61.0%に急上昇した一方で、自民党の圧勝を勝ち過ぎと見る人も過半数に達し、小泉首相が今後、より強引な手法をとるとの不安を感じる人も6割を超えるなど、首相の独走への警戒感もにじみ出ているという。

その内容は、自民党の獲得議席数については、「少ない方がよかった」が56%だったのに対し、「ちょうどよい」は33%。「少ない方が&」は比例選で自民党に投票した人でも36%に上った、というもの。首相が数を背景に、強引な手法をとる不安を「感じる」と答えた人は63%を占め、「感じない」30%を大きく上回った、ともいう。

朝日新聞の世論調査に見られるように、今回の選挙は自民党が勝ったのではなく、小泉首相が勝ったのであり、反対に民主党は、民主党自体が敗北している。読売新聞の世論調査も、小泉が勝利したのは「よかった」が、自民党は「勝ちすぎた」と読めるのかもしれない。ここから、この選挙での国民の選択は、「構造改革」の推進であり、(民主党が郵政法案に対してあいまいな態度をぬぐえなかったことも含めて)旧弊な政治基盤への批判であったということを読み取ることは可能なように思える。(ここからすれば、読売ジャイアンツの再生には悲観的にならざるを得ない。旧弊な政治基盤がまったくぬぐわれていないから、少なくとも世論の支持を勝ち取ることは難しいだろう。)

しかし、それにしてもどうして小泉は勝ち、民主党は敗北したのか? もちろん、1994年より採用されている小選挙区制では、こうした地すべり的勝利が起き易いということはいえるし、事実、今回の選挙においても、自民党の候補が全国の選挙区で集めた票は民主党の1.3倍にすぎないにもかかわらず、2.7倍の議席を獲得する結果をもたらしている。

さまざまな政治評論家と、そしてマーケッターが、その理由を詮索しており、それぞれの分析には何ほどかの真理が宿っているだろう。しかしここでは、そうした詮索の追随を行いたいと思っているわけではない。ここで注目してみたいのは、選挙結果に対する「困惑」や「戸惑い」だ。それはもちろん、民意を反映しているが、「地すべり的」に進行するコントロール不可能なものの「流れ」に対する「困惑」であり「戸惑い」だろう。そして、ここでやや強引に見えるかもしれないが、対比してみたいと思うのが、数年前までは「勝ち組」と思われていたソニーを「負け組み」に転落させた「流れ」だ。この「流れ」は、ここ数年のうちに激しく、極端なものになりつつあるのではないかという「読み」が、この「マーケティング論批判序説」を通底する主題のひとつとなるだろう。

マーケティング論とは、何よりもまず「読み」の技術である。それは、同時に、消費者の求めるもの(ニーズ)を商品という形で実現するための技術だとも語られる。しかし、それが前提してきた世界観は、結果的に世界を不安定にし、アン・コントローラブルなものにしているのではないか? この疑問に答えるためにも、その前提条件から徐々に語り始める必要がある。

  
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