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今日は、目について書きます。最近回りの人の目をじっくりとでもチラッとでも見ることはありますか??俺も、じっくりと見てたわけではないけど、今日ある人の目を見て、いろいろなことを感じました。

学生を例に考えると、まず一般にギャルを言われる子たちがいると思います。では、この子たちはなぜギャルになるのか。なぜギャルの格好をしてるのか。

今日感じたのは、何かをアピールしたくて、ギャルになってる場合、これらの子達って色々なことに関心がある。だから、周りの友人であれ、学校の先生であれ、関心を示したり時には逆に関心を示してもらいたくなる。そこで、何かしらのアピールをする。

で、ギャルに限らず男でも、ちょっとイジはってるような子を「今時の若い者は…。」なんて否定ばかりするけど、すべて同じ見方ではなく、その子その子で見るべきで、俺が悩むのは、ギャルやイジはっていて、かつ周りに関心のない子。外見が普通の子ももちろん難しいけど、外見で何かをアピールしてる人って、何かを言いたいんだと思う。で、この関心ない人って、

目が、若くない。むしろ、何を見ているのかわからない。死んだような目をしてる。こんな人がいるんです。なんか、悲しいことだと思う。この世の中には、生きたくても生きれない、動き回りたくても動き回れない、勉強したくても勉強できない、色々な人がいる。それで、逆に何もというと弊害があるかもしれないけど、勉強も運動も恋愛も自由にできるのに、何でそんな目をしなきゃいけないのか??

確かに、こういう社会だから、色々な悩みや問題があるのかもしれない。けど、生きる希望みたいなものがあれば、あんな目にはならないと考えてしまう。

それで、友人に「死んだような目をしてる人がいる」ということをメールでして、ちょっと語りあった。

その友人いわく、「人を信じられない人がいて、そういう人は死んだような目にをしてる。」とのこと。んー確かに。人を信じれなくなったら、なんか生きる希望みたいなものなくなっちゃうというか、何を信じて生きていけば良いのかわからなくなると思う。

何か問題を抱えてる場が、学校、家庭、職場、友人との世界などであったとして、でもこのたくさんある世界のどこか一つででもその人にとって大きな問題があれば、そのほかの世界にも影響してきてというより、その人の目は変わってしまう。例え、学校でも問題を解決したとしても、そのほかの世界でその人を傷つける何かがあれば、また同じ世界に引きこもるようになってしまう。


カテゴリ: [今日の出来事] - &trackback- 2006年03月16日 23:57:03
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