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求めるものは何か。

自分が望むものを達成することが幸せに繋がるならば、
自分が望むものが何であるのかを知った方が良いように思える。

食べ物と睡眠、衛生環境(住処など)が満たされたら、
他に何が必要だろうか。

金銭だろうか、著名さだろうか、配偶者だろうか、子供だろうか。
それは「他人からの承認」に対する手段であるように感じられる。
承認は生きるために必要だ。

精神的に必要なのは勿論のこと、
人間の免疫系はそれ無しには正しく働かなく、
肉体的にも必要としている。

一方他人に私は認められ、誇りを持っている人には、
金銭も著名さも配偶者も子供も、もしかしたら必要ないのではないかと思う。

承認は最低限度必要なものであり、
その欠乏ゆえに幸せになれない人が多いように感じる。

捏造しうるかということ。

他者の承認は日々の生活から得られる。
仕事や趣味などで大きな成果を上げ、周りの人に認めてもらう、
それほど大げさでなく、朝かわす挨拶、ちょっとした会話などでも得られる。
色んなレベルの承認は必要かも知れないが。

今はモニタ越しに情報をやりとりする時代である。
IMを使って見知らぬ人と会話をすることも出来る。音声通話も出来る。

相手が承認していなくとも、承認していると感じることは可能だ。
相手への信頼がありさえすればいい。
そしてその疎通に不整合を感じなければいいのだ。

であるなら相手が実在する必要すら無いのかもしれない。
虚構の中に承認を見出すことは出来るのだろうか。
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