「OK―――こんなモンだろう」
砂埃と油で汚れた手を拭きながら北見は島に言った。
「希望通り後ろの車高を5mm程上げてみた・・少しは荷重が前に乗ってターンインし易くなるとは思うが」
「ありがとうございます北見サン で・・どうでしょう?試運転がてら久しぶりにC1辺り乗りませんか?」
「そうだナ・・俺も今日はそんな気分だ ガレージを閉めるから待ってろ」
キュルル…ッ!バラバラバラ――― 空冷Eg独特の音を響かせ、島と北見を乗せた黒いポルシェ911は走り出した。
同時刻、やや交通量の多いC1を黄色いFD3Sが走っていた。
赤城レッドサンズ、そしてプロジェクトDのエースと言われた高橋啓介である。
「勝手に首都高に来たって知ったら―――兄貴怒るだろうな・・」
日頃は天性のカンで火の玉のような走りをする男と言われる彼だが、プライドを砕かれた兄、涼介の影響と、そして初めて走る首都高のリズムを掴めずに精彩さを欠いているように見える。
「しかし噂の首都高ってのは難しいぜ・・交通量は多いし合流分岐も滅茶苦茶だ 峠では一般車は締め出すかチームの連中が教えてくれたがココじゃそうは行かないぜ」
踏もうにも踏み切れないジレンマを抱えながら一の橋を過ぎ浜崎橋手前の短い直線に入った時に、啓介は背後から猛烈な勢いで迫る二灯の黄色いハロゲンランプに気付いた。
「速い!誰だか知らねーが今の俺は無性に走りたい気分だぜ!行くぞ13B!!」
迫る後続車を確認し、FDは走り出す。
「FDだな・・どうする?走(ヤ)るのか?」
アフターファイヤを出し加速するFDを見て、ナビシートの北見が言う。
「運転技術に自信はあるようですが・・まだ首都高のリズムが掴めていない感じがしますネ スラロームもぎこちないし・・適当な所でオーバーテイクしますヨ」
芝浦JCTまでの数百メートルの合流地点、午前0時を回った頃はそのまま浜崎橋方面に行くクルマがやや多い。
「ちっ・・流石にまだ一般車が多いか・・・・だがこの条件なら後ろのクルマも踏めないのは同じだろう しかし何だ? あの丸目の二灯は ロードスターか?」
ガロア―ァッ!!
「!」
一瞬の出来事であった。
分岐に備え左車線を走る啓介の横を黒いポルシェがパス。啓介がそれをポルシェと認識した頃には、ポルシェはフルブレーキから左のブラインドコーナーに消えて行った。
「な なんだ―ァ!?俺は首都高で死んだ幽霊でも見たってのか?」
ショックを隠せないまま啓介も後を追う。羽田線とC1の合流地点に着いた頃にはポルシェは汐留めS字に進入していた。
「何か見えたんですか・・?北見サン」
「ああ・・さっき抜いていったFDのドライバーが昼間ウチに来た若いのに似ていた気がしたんでナ・・・・」
「確かめてみますか?」
島はポルシェのアクセルを少し緩めた。