夜の闇を更に黒くしたかのようなクルマが、黄色いヘッドライトでその闇を切り裂きながら疾走する。
交通量の多いC1を物ともせず、豪快に、そして繊細に走る島のドライビングに涼介は関心を抱いた。

「まるで車線変更がワープのようですね・・自分もポルシェとは峠(やま)で何回か走りましたがとてもこんな動きは」
「だろうね・・このポルシェの外装は全てドライカーボンなんだ 同時にフレームも切断しパイプ化されている」
「成る程・・軽さが武器になるのはステージが違っても一緒ですね」
「そういうコトになるかな」

―――それにしても・・このポルシェは何なんだ?―――

これまでに自分が見てきたチューンドとは明らかに速さと完成度の次元がズレている。
RRという駆動方式から生じる筈の一番のネガとなるアンダーステア、それすらネガと感じさせない。
それだけではない、このポルシェもあの日涼介が啓介と共に目にした悪魔のZに似ている破滅を求めるかのような
突き抜けていくその走りをしているようだ。

「運転してみるかい?」
「え?」
「客観的に物事を捉えるのも大事だが自分で触れてこそ解るモノもあるかもしれない・・どうかな?」
「是非お願いします」

島はポルシェをPAへと入れる。
一方その頃、昼間島が訪れた倉庫街に一人の若い女性の姿が見えた。
数日前に北見の店で涼介と啓介と擦れ違ったGTRの女、秋川レイナである。
彼女の向かう先は暗く静まり返った中に一つだけ明かりの灯った貸し倉庫。
そこでは青いS30Zが低いアイドリングの唸り声を上げていた。

「アキオくーん」

レイナの声にガレージにいた少年が振り向く。
朝倉アキオ・・呪われたS30Zをドライブ出来る只一人の人物である。
一見何処にでもいそうな少年であるが、彼にもまた威圧するでもない独特の雰囲気があった。

「おーどうしたよ こんな時間に」
「いやホラ 最近つるんでないから久しぶりにどーかなと思って」
「へー調度いい所にいつも来るとゆーかなんとゆーか(笑)俺これから上がるけど付き合うか?」
「よしぃ!じゃあ海底トンネル最高速勝負でもすっか!」

ミッドナイトブルーのZと白いGTRは走り出した―――

同時刻、C1には島の911ターボのステアリングを握る涼介の姿があった。
そのドライビングは先程島が見せた何処までも突き抜けるかのような物ではなく、クルマという物を確かめるかのような
印象が窺える。

―――こんなクルマは知らない―――

率直に涼介は思った。
加速と減速のGがダイレクトにかかり、その都度ボディが軋み音を上げる。
シフトアップの度に点と点を結ぶ瞬間移動のような加速を見せる。
軽量化の恩恵がここまで物とは・・・・だが一番大事なのはそこではない。
ヒトが大地を駆ける時に地を蹴るこの感覚・・トラクション。
このポルシェはトラクションの塊だ・・FRではどんなに望んでも得られいこの感覚、そしてこのクルマと時間を共有出来る
島には嫉妬すら感じる―――
C1、9号、湾岸線、浜崎橋経由でC1へ。
直接体に飛び込んでくるかのようなEg音、ステアリングから伝わる路面からの情報・・
まるでクルマが生きているような・・クルマと会話をしているような・・限りなく一つに近付いていくようなフィールに涼介は
時の過ぎるのを忘れていた。

何度目の浜崎橋JCTだろうか。
涼介自身もそろそろ疲れを感じた頃に猛烈な勢いで近付くエキゾーストノートが聞こえてくる。
同時に迫り来る圧迫感・・
全身から汗が吹き出るのがわかる・・来る、あのクルマが―――

震える空気を身にまとい、ミッドナイトブルーのS30Zが、続いてレイナの白いGTRが3車線の浜崎橋を駆け抜ける。

―――あのZと白いGTRは・・―――

あの日、湾岸線で、そして北見の店で一瞬だけだが出会ったクルマ達。
涼介はZを軸に何かが動いている事を改めて感じたのだった。

最終更新:2008年03月30日 18:04