「もしもし・・啓介さんですか?藤原です」

携帯から拓海の声が響く。
啓介の交通事故から約1ヶ月、Dの遠征が中止になっていた事もあり、久々に聞く声だ。

「藤原・・久しぶりだな その・・・・今回の事故の件では色々迷惑かけたな」
「いえいいんですよ・・それより啓介さんの体はもう大丈夫なんですか?」
「ああ 俺の方はもうなんともないんだがFDがな・・」
「そうですか 実は今高崎市内にいるんですが良ければ軽く流しませんか?」
「そうだな・・俺もちょっと滅入ってた所だ 待ってる」

しばし後に、住宅街に太く濁った音が響いてくる。
音の主は拓海の駆るハチロク(AE86)Gr-A仕様の4AGが奏でる純粋なレーシングサウンドに部屋の窓がビリビリと細かく揺れる。
助手席に啓介を乗せ、ハチロクは高崎市内を北に抜け、前橋へ、そして赤城へと登っていく。
赤城に入った頃、乗り込んでからずっと黙って外を見ていた啓介が口を開いた。

「兄貴は俺を・・いや俺達Dをどう思ってるんだろうな?」
「どうって言われても・・今はしょうがないですよ 啓介さんのFDも修理中ですし」
「藤原・・俺が首都高で事故ったのは知ってるよな?俺は湾岸線での一件依頼ちょっと様子の変わった兄貴の目を覚まさせようとした・・
だけど結果はどうだ?俺達を放ってFCに手を入れ今じゃすっかり別人だ・・何の為に俺達は辛い遠征を繰り返して来たんだろうな」

気の利いた答えを咄嗟に返せず静まりかえる車内。
ゴトゴト・・・・と道路に仕込まれた蒲鉾で車体が跳ねる音が響き渡る。
二人を乗せた86は何も言わず、ただ赤城を登るだけだ。

「俺にはよくわからないですけど・・・・涼介さんはこれまでもずっとしてきたコトに意味はあったじゃないですか だから信じて待ちましょうよ」
「・・・・」

再び黙り込む啓介。
その時だった、二人は確かに聞いた。
ハチロクに呼応するかのようなエキゾーストノートを。
それは何処か儚げで、そして突き抜けるようにどんどん近付いてくる。

「藤原・・聞こえるか?」
「ええ 凄い勢いで登って来ます・・とてつもなく速い―――!」

頂上が近づいた頃のやや短い直線に差し掛かり、ルームミラーを確認すると、音の主は正にコーナーを立ち上がらんとしていた。
赤城の山肌のような黒い車体、丸みを帯びた独特の形状・・・・それは啓介にとって忘れもしない”あの”ポルシェ911の姿だった。

最終更新:2008年04月03日 21:15