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痛風記 その10

    

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こうして私の2005年は、痛風で締めくくるというなんとも情けない終わり方をしたのですが、明けて2006年になっても、やはり痛いです。
しかしこの日はイタイ、イタイばかり言っていられない事情がありました。
元旦だというのに、朝6時からバイトにはいる長女を近くのコンビニまで連れていかなければならないし、私の母親(施設に入所してます)のところにも顔をださなければなりません。
そしてそのあとは、妻の実家に行って新年の挨拶です。
痛み止めはあと1回分しかありません。はたしてこの激務に私の左足はたえられるのか?
多少の不安はありましたが、とりあえず朝から日本酒を飲むことには成功しました。
最初の発作時ほどの耐えられない痛みには発展していません。

どうにかこうにか妻の実家までたどり着き、さあ夕食です。
刺身にスキヤキ、おせち料理。普段の正月なら好きなだけ飲んで、その日は泊まって帰るという段取りですが、今年は娘(次女、第1章の主役です)が高校受験のため、2日からもう塾があるのです。
その日のうちに帰らなければなりません。
泊まることはできなくても1~2本くらいならいいかな? と期待していましたが、私の目の前にでてきたのはなんとお茶碗によそわれたご飯でした。
ご馳走を目の前にいきなりご飯とはまさに拷問です。
しかし妻と義母に「あなたには身体に気をつけてもらわなければなりませんからね」といわれると返す言葉もございません。
なんとも物悲しい2006年の幕開けでありました。

帰り際、義母に「ドクタートロンかけなさいよ」といわれました。
ドクタートロンとは娘がまだ激ヤセの時代に買った電子医療機器です。
身体を元気にする働きは抜群ですが、腫瘍細胞まで元気にする恐れがあるかもしれないと思い、最近はあまり使っていませんでした。
私自身にとっても元気になるということは、血流が良くなるということ。
すると、もしかしたら痛みも増すかもしれないという考えもありました。
そこで寝るときにかける全身療法ではなく、付属の電子ペンで局部療法を試すことにしました。

以前、妻と娘が放射線治療の後遺症であるリンパ浮腫で苦しんでいるときに、全身のツボの本を買っていたのでそれを持ち出して痛風に効くツボを探しましたが、残念ながら痛風のツボのことは載っていませんでした。
そこで足の甲にあるリュウマチに効くツボを刺激することにしました。
これは足の指の間にある「八風」というツボです。
指と指の間ですから左右4カ所ずつ計8カ所を、痛い方の左足を重点的に約10分間刺激しました。
ペンの先から電子がでるので、患部にあてるとピリピリとした感覚がします。
痛みがある左足の方が、この感覚が強くありました。

刺激療法がすんで蒲団にはいると、なにか足がフワーとしびれたような感じです。
「ウームどうかな? 痛み止めの薬はもうないし、痛みがひどくならなければいいな」と思いつつ寝てしまいました。
翌、1月2日の朝起きて、恐る恐る立ち上がってみました。
驚いたことに痛みはひいていました。
まだ違和感はあるものの、左足に体重をかけてもなんとか我慢できる程度の痛みで、自分でも信じられない思いです。

昨日(1月4日)痛風の定期的な診察のため病院にいきました。その時点では通常歩行も可能な状態になっていました。
先生に12月31日に発作がでたが、なにげなく治ったと話しました。
説明すると長くなるのでトロンのことは言いませんでした。
先生は「まあ、痛くなることもある!」と言外に「おまえ年末にやたら酒飲んだの!」という意味をこめて……「でも毎日薬を飲んでいるから、発作がでても軽くてすむしすぐ治るんだ。だからずーと続けなければならないんだ」とおっしゃいました。
たしかにそのとおりだと思います。
私はビールも飲んでいましたが、薬も飲んでいました。
定期的な血液検査でも尿酸値にそれ程の上昇がみられたことはありませんでした。
しかし今回痛みがでたということは、明らかに尿酸結晶ができてそれを異物と認めた白血球の仕業です。
それが痛み止めもなしに治まるものでしょうか?
それとも痛風とはそういう病気で単なる偶然なのでしょうか?
次回また痛風記を書くときまで考えていきたい問題ではあります。
そして今日1月5日朝、あれ以来毎晩寝る前にトロンをかけますが、日に日に足の状態はよくなっています。
今日は起きるとき、左足から立ち上がっても何の問題もありませんでした。

(2006年1月15日)

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