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「夜の海に加わる渦巻く影」(2008/08/06 (水) 08:13:01) の最新版変更点
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**夜の海に加わる渦巻く影(前編)
「前進!! 直進!! 大躍進!! フハハハハハハ!!」
……爆音と共に砂煙が次々と宙へ立ち上っていく。
凄まじい勢いで高笑いを上げながら、砂漠から森へと向かう一人の男の姿があった。
男の名は海馬瀬人。
といっても現在、彼の姿はスーツの周波数を変えることで、誰の目にも映らなくなっている。
海馬はほんの僅かな試行錯誤を繰り返すだけでスーツの機能を理解してしまっていた。
人の姿も見えないことを良いことに海馬はスーツの簡単なテストを兼ねて、ひた走る。
走る。走る。走る。
結果は彼を大いに満足させるものだった。これだけ激しく砂漠の中を走り回っても疲労はわずかである。
森の入り口へと到着すると、急停止。
「ふぅん……」
呼吸を整えながら浮き出た汗をハンカチで簡単に拭うと、海馬は拳を手近にあった、自分の背丈よりも倍以上はある木に叩き込む。
……雷の直撃を受けたように木は真っ二つにへし折れた。
吹き飛ぶようにして倒れ込んだ木を、目で追うこともせず、海馬は嘲るような笑みを浮かべながら、森を進む。
……暫くすると、同じように適当な木を倒し、歩く、という動作を繰り返し続ける。
自然を大切にしないにも程があるが、考えもなしにやっていることではない。これは目印代わりなのである。
多少の誤差はあるものの、ここから真っ直ぐ西に進めば、あの集落へと辿り着くことが出来るのだ。
そこへ向かうなら海の近くにあるのだから、下から北上すればいいだろうと考える者もいるかもしれない。
だが、万一にもB-1が禁止エリアに指定された場合、死体の元に向かうには森を通るか、大きく回り込んで進む必要が出来てくる。
森は慎重に進まないと禁止エリアに入ってしまう恐れがある。回り込めば時間のロスが惜しい。
そこで敢えて海馬は森を進むことで、自分の歩むべき孤高のロードを作り出していく事にした。
スーツの力をもってすれば、大した労力でもない。
勿論、A-1を禁止エリアにされたら涙目なわけだが、その場合は素直に諦めればいいだけのこと。
いくらでも死体はこの先、手に入るだろう。あの死体の首輪に拘る必要は特にない。
砂漠と島の端にある地理的な面で、人が訪れる可能性も少なく安心して作業が出来るという利点があるのは、正直惜しいとも思う。
ただ、それだけのこと。どうとでもなる問題だ。
……南の村へ向かうことも当然、考慮しなかったわけではない。
駅があるので、それを利用しようとする人間はまず村へ向かうことを考えるだろう。
中心部と同じく、人が集結するエリアと考えていい。他の参加者達と遭遇するには絶好の場所。
で、あればこそ、海馬はそちらに向かうことを良しとしなかった。
何故なら、参加者をこの島に配置したのはワポル。
ランダムな要素も多少は加えているかもしれないが、誰がどのように行動するかはある程度、予測の範囲内にあるとみて間違いない。
……A-1なら通常の考えでいけば、南の村に行くとみていい。
だからこそ、敢えてそちらには向かわないことを選ぶべきなのだ。
敵の呼吸を乱してやることは、全てのゲームに通じる必勝法である。
ついでに言えば家々を探し回った結果、結局一つも刃物は見付からなかった。つまり誰かの支給品を頼りにするしかない。
別に交換してやっても構わないのだが、自分の持つ手札を露呈しなければならないのは弱みを見せることと同義、屈辱に等しい。
それより誰かから奪った方が都合がいい事には間違いない。しかし集団となっていれば、それも難しいと言わざるを得ない。
周りに人がいなければ高圧的な手にも出られるし、情報を集める上でもその方が手っ取り早い。……拷問することだって出来るのだ。
……こちらに向かうことを選んでも、別に損をすることはない。
「ワハハハハハ!! ワポル、次のオレの行動を読めるものなら、読んでみるがいい!!
既にオレには貴様の喉元に突き刺さる剣、フィナーレのビジョンがはっきりと浮かんでいるぞ!! クク……、ハハハハハハ!!」
……というわけで海馬はひたすら自然保護団体をも恐れず森林破壊を続けながら、森の中を力任せに直進していく。
多少、目立つが他の参加者と遭遇することを考えれば、都合がいいとさえ言える。
最初に力を見せつけておけば交渉の上でも優位に立てることは言うまでもない。
襲い掛かってくれば返り討ちにするまでの話である。
……海馬瀬人は迷い無く揺るぎなく歩み続けた。
と、そこにどうやら早速、カモが飛び込んできたようだ。
「……おーい。誰か、そこにいんのかってばよ!!」
額当てをした金髪の少年が前にいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜神月と加藤勝は森の中を南へと向かう。
延々と続く森の中を抜けるにも時間が掛かるだろうし、森を抜けたところで小屋や遺跡があるだけだ。
……人が集まる場所とは到底思えない。
森に向かったのは視界に入っていたからで、砂漠の中を延々と進むよりはいいだろうと考えただけのこと。
一刻も早く人集めをしなければならない。
夜神月は黙々と一心不乱に歩き続ける。
夜の森の中を懐中電灯からの明かりだけで進むのだ。余計なことを考えていては、とてもまともに歩行出来るはずもない。
……と一見、そう見えても無理もない表情をしている。が、実際には彼の思考の大半は歩くことには割り振られてはいなかった。
それでも躓く様子さえ、見せない。実に驚くべきことだ。
(……ついでに駅を調べてもいいか)
月の考えた駅とは中心部に行く途中にある、C-2の駅のことだ。
橋の近くにある以上、島の西側に向かおうとした者でB-2の橋を通った者の大半はこの駅の存在に気付くだろう。
逆に言えば待ち伏せに遭いやすい場所とも言える。だが、D-3はタワーがあり、F-2にも同じように駅がある。
どれを選んだところでリスクはある以上、調べられるものは調べておかないと後々に響いてきてしまう。
……最初、列車か何かが運行していることには期待していなかった。捨て置いた方がいいだろうと思っていたぐらいのものなのだが。
どうやら加藤から話を聞くところによると、こちらの姿が見えなくなっている以外は通常通りの街中でゲームを行っていたらしい。
星人。人には何故か見えることのない存在。ゲームの参加者も同じことになっているのは、どちらもガンツの仕業なのだろう。
実在するとは思ってもいなかったが、死神よりは現実感があるともいえる。
……どことなく死神と共通点があるような気がしないでもない。
その星人を狩ることが、今までのゲームの目的だった。今回のこれも同じ目的で開催されていると考えるべきなのだろうか。
真四角という明らかに人の手が入った痕跡が濃厚な島。見境のない建造物がどこからか集められたように適当に配置されている。
こんな島にまともな住人が住んでいるとも思えないのだが、もしも、人がいれば何らかの情報が得られるかもしれない。
……ひょっとするとワポルそっくりの人間が白蟻よろしく、街中を食べ歩いているかもしれない。なかなかぞっとする光景だ。
まあ、まともな人間が住んでいることを期待しよう。しかし、その場合、病院に行って人で溢れかえっていたりする場合がある。
そうなれば参加者の見分けがつかないのではないだろうか……。
と、加藤は心配していたが首輪がある以上、その心配もない。この首輪は参加者を識別するために着けられたものということか。
加藤にそれを話すと、ああっ! と納得したような顔をする。少しはポーカーフェイスでも覚えたらどうかと、月は思う。
今までのゲームは10人程の規模で同じ位置に転送されていた。
つまり誰が参加者かを見分けるまでもなく、星人が殺害対象である以上、お互いを参加者と認識させる必要もあまりなかった。
脳に仕込まれた爆弾。……連中はそんな技術まで持っている。
しかし、その高度な技術力の分、爆弾に気付くことが出来ずに死ぬ者も多かった。加藤も何人か頭が破裂して死んだ人間を見ている。
そこで分かりやすい方法に変えたということなのだろうか。
……だが、そんな技術があるなら、わざわざ加藤のような以前からの参加者からも埋め込まれていた爆弾を取り除いてやる必要はない。
――もうひとつ爆弾が仕掛けられている。
ワポルはあの部屋で首輪を爆破する際に実験だと言った。つまり、この首輪は試験的に導入されたものだ。
余程の慢心か、何か理由でもない限りは今まで使っていた脳の爆弾を敢えて使わないことは考えづらい。
絶望的な情報のようにも思えるが、だがそれ故に利用出来る。心の弱い人間に、このことを告げてやれば……。
それより、問題は連中は情報の隠蔽もそれで行っていたということ。
一般人にガンツの情報が漏れた場合、脳の中の爆弾が破裂することになるという。
しかし、それだけでは情報を完全に隠すことは出来ないだろうし、無理な口封じは信憑性を増すだけではないか?
ともあれ、加藤たちは、このためにガンツについても調べることが出来なかったのだろう。普通なら調べようとするに決まっている。
以前までのゲームでは、ゲーム終了後は部屋に戻された。致命傷を負っても、生きてさえいれば五体満足な状態で再生されるという。
その後は、ガンツの採点が終わると、普通に部屋から出て行くことが出来る。あとはそのまま、自分の足で帰宅することになる。
その物件を所有する人間や出入りする人間がいないか、気になる点はいくらでもあったに違いない……。実に惜しいことだ。
人に知られることを望んでいなかったということは、もしかすると対抗する勢力のようなものがあったのかもしれない。
黒幕の力を奪った後のことを考えると、留意しておく必要がある。
死者。ゲームの参加者。選出される基準ははっきりしない。全ての死者が選ばれるわけではない。人以外にも犬がいたらしい。
加藤は玄野という幼馴染みと共に地下鉄に撥ねられたことで死亡し、ゲームに参加することになった。
星人を殺すか転送することで、ポイントを稼ぎ、100点になれば解放されるという。解放がどのようなことを意味しているかは不明。
……Lの存在がある以上、死者が生き返るということは有り得るとしてもいいだろう。
だが、月自身は死亡した覚えはない。死者の参加するゲームなどに参加させられるはずもない。
そもそも死神のリュークから聞いた話では、死んだ人間は全て悪人も善人も区別なく「無」になる。
つまり、このゲームは死後の世界にある何かのようなものではなく、あくまで現実に根を下ろしたものだということだ。
……仮に何らかの技術をもってして、死者を甦らせてゲームに参加させようとしたとしよう。
だが、そもそも死人を甦らせる理由自体が乏しいのはどうだ。
普通に考えれば、自分のように攫ってきた方が問題は少ない。人を甦らせるなら余分な作業が必要となるのだ。
実際に加藤達のケースでは撥ねられた死体が忽然と消えたことが、ニュースとなってしまっていたらしい。
……そんな話を聞いた覚えはないが、多分、Lに拘束させていた頃に起こった出来事なのだろう。
東京近辺だけに限ってもかなりの範囲。そこでいつ、誰が、どこで、どんな状況で死ぬか。
その全てを把握し、可能な限り人目につかないように回収する。
転送という技術をもってすれば不可能ではないにしろ、神懸かり的な監視能力が必要となるだろう。
そんなことが本当に可能なのだろうか?
……実のところ方法がないこともない。
死神の眼。
人間の残された寿命を見ることが出来る、死神の眼をもってすれば予め死ぬ人間の見当がつくはずだ。
後はその人間を追い掛けるだけで、死体が簡単に手に入る。
いや、死神の眼があるなら、デスノートを持っているわけだから、それを使えばこれから死ぬ人間を見極める必要もない。
デスノートでないにしろ、死亡状況を何らかの形で操れるとすれば、騒ぎを起こすのが目的でもない限り、地下鉄事故にはしないはず。
……デスノートがあって、死体を見付からないように回収するなら事故死なんて書き込むはずもない。
玄野計 事故死
加藤勝 事故死
よりにもよって事故死した死体を回収してまでガンツは何をしたいというのだろうか。
もう一つ考えると、Lの存在がある。
決して人目につかないように行動していて、その上、死因となったのは死神レムにデスノートで名前を書かれたからだ。
つまり、たとえ死神の眼をもっていたとしても、このキラ以外にLの死を予測出来た者などいないはずなのである。
……まあ、別に死亡した直後に転送する必要がないのだとすれば、病院に運ばれた死体、埋葬される死体を集めていたとしてもいい。
……その場合、衆人環視の中で死体を回収する必要はどこにもない。
加藤たちの事例が特別なのか、Lの事例が特別なのか。
……正直、実際には死者を甦らせる話も、とある理由があれば特別おかしいことでもない。
クローンを例に挙げて見れば分かることだが、歴史上の優れた人物を再生しようと試みるというのは、よくある話だ。
世界一の頭脳を持つ名探偵L、迷惑な話だが技術で可能でありさえすれば誰かが甦らせようと考えても、不思議ではない。
生き返させる必要があるとも思えない加藤や犬をわざわざ甦らせて、ゲームの参加者としていた点が疑問だっただけ。
普通の人間より遙かに優れた者なら、甦らせようと考えた者がいたとしても理解はできる。
それで目的は殺し合いというわけか?
新世界の神とも思しき存在であるキラをも含めて、よりにもよって殺し合いをさせようというわけか?
それで黒幕はいったい何を得る? 一時の娯楽か?
……そうなのかもしれない。
……死神リュークが人間界にデスノートを落とした理由は、単なる退屈しのぎ。
これだけ超常的な力をもった存在、生命さえも自由に操れる存在であれば、どんな理由があったとしてもおかしくはないだろう。
……だからこそ、その力を得る機会があるとも考えられる。永遠の命、……それさえも夢ではないかもしれない。
(もしも、そんなに退屈だったというのなら、……これから楽しいものを見せてやろう。
……末期の思い出として墓の下まで持っていくといい)
……結局、ここまでは全て加藤から得た情報のみからの推察だ。
もっと他の情報を集めれば、新たな解釈が生まれるところもあるに違いない。……個人的には気にくわない部分もある。
今のところガンツの正体も分からないでいるし、ワポルの情報さえも得られなかったのは予想外のことだ。
加藤の説明を聞けばワポルの存在は、不要の一言で済ませられる。
ガンツさえあれば、今まで通り十分なのだ。
……やはり首輪を調べる必要がある。
勿論、首輪を解除したところで脱出できるなんて思ってもいない。部屋に招かれた時と同じようにされれば、すぐに元の木阿弥。
何の意味もない行為だ。だが、反抗するグループを作るには首輪の解除はそれなりに意味をもつ。
期待はしていないが、もし自分の首輪を解除することが出来た場合、部屋に戻される可能性もある。……黒幕に呼び掛ける絶好の機会だ。
脳の中に埋め込まれたという爆弾。
そちらも調べておく必要があるだろう。実在していれば加藤の話の裏付けとなってくれる。
……もし、なかったとしても十分にそれは利用できる。加藤自身がそのことを心の底では恐怖している様子があるからだ。
恐らく、加藤はそんなことに手を染めるのは拒みたいだろう。だが、その方が好都合。真実を知る者は一人の方がいいのだ。
どちらにしても「なかった」と加藤には告げるつもりでいる以上、確認したという事実さえ共有してくれれば、それで十分効果的だ。
……嘘というものは一人よりも二人の方が真実みを増すもの。
しかし、確実に黒幕と交渉する方法がなかなか思い浮かばない。
以前のゲームにあった星人を殺害するための銃、通称X銃。とは、別に加藤が主に使っていたという捕獲用の銃があるらしい。
通称Y銃。それで星人を捕獲すれば、宙に向かって星人を送ることが出来たという。
……ひょっとすると、それを使えば黒幕と接触することも可能なのではないだろうか、と一度は考えてみたのだが。
殺し合いという舞台にはそぐわない武器である以上、あるとも思えないし、絶対に危険がないという確証があるわけでもない。
実際にあったとしても余程のことがない限り、試すことは出来ないとみていい。……やはり他の方法を探すより他にないだろう。
……それにしても、デスノート以上の力を持つかもしれない黒幕。そんなものが本当に存在するのだろうか。
今更ながら少し冷静になるとそんなことを考えてしまう。常識的な考えでいけば、Lは別人だと判断する方が当然なのだ。
Lの意思を継ぐものがLの仮面を被り、キラを追い詰めようとしている。そんな風に考えたって別におかしくはない。
加藤に語ったように、薬で眠らされて連れてこられ、全てがキラを捕まえるための壮大な芝居であったとしても不思議はないのだ。
……それでも結局のところ、信じてしまったのは、どこかでそれを望んでいたからかもしれない。心の底から真実であって欲しいと。
……死後の世界がないのなら、この世に全てがあればいい。
……善人は永遠の幸福を得ることになるだろう。悪人は永遠の苦痛を得ることになるだろう。
天国と地獄。二つの世界に君臨する神の姿。
先を進む加藤の頭をぼんやり眺めながら、月は来たるべき新世界の姿に思いを馳せていた。
と、そこに水をさすような声が聞こえる。
加藤ではない。加藤が、警戒するように言ってきたが、それ以外に聞こえてくる別の声がある。
「……おーい。誰か、そこにいんのかってばよ!!」
額当てをした金髪の少年が前にいた。
[[後編>夜の海に加わる渦巻く影(後編)]]
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**夜の海に加わる渦巻く影(前編)
「前進!! 直進!! 大躍進!! フハハハハハハ!!」
……爆音と共に砂煙が次々と宙へ立ち上っていく。
凄まじい勢いで高笑いを上げながら、砂漠から森へと向かう一人の男の姿があった。
男の名は海馬瀬人。
といっても現在、彼の姿はスーツの周波数を変えることで、誰の目にも映らなくなっている。
海馬はほんの僅かな試行錯誤を繰り返すだけでスーツの機能を理解してしまっていた。
人の姿も見えないことを良いことに海馬はスーツの簡単なテストを兼ねて、ひた走る。
走る。走る。走る。
結果は彼を大いに満足させるものだった。これだけ激しく砂漠の中を走り回っても疲労はわずかである。
森の入り口へと到着すると、急停止。
「ふぅん……」
呼吸を整えながら浮き出た汗をハンカチで簡単に拭うと、海馬は拳を手近にあった、自分の背丈よりも倍以上はある木に叩き込む。
……雷の直撃を受けたように木は真っ二つにへし折れた。
吹き飛ぶようにして倒れ込んだ木を、目で追うこともせず、海馬は嘲るような笑みを浮かべながら、森を進む。
……暫くすると、同じように適当な木を倒し、歩く、という動作を繰り返し続ける。
自然を大切にしないにも程があるが、考えもなしにやっていることではない。これは目印代わりなのである。
多少の誤差はあるものの、ここから真っ直ぐ西に進めば、あの集落へと辿り着くことが出来るのだ。
そこへ向かうなら海の近くにあるのだから、下から北上すればいいだろうと考える者もいるかもしれない。
だが、万一にもB-1が禁止エリアに指定された場合、死体の元に向かうには森を通るか、大きく回り込んで進む必要が出来てくる。
森は慎重に進まないと禁止エリアに入ってしまう恐れがある。回り込めば時間のロスが惜しい。
そこで敢えて海馬は森を進むことで、自分の歩むべき孤高のロードを作り出していく事にした。
スーツの力をもってすれば、大した労力でもない。
勿論、A-1を禁止エリアにされたら涙目なわけだが、その場合は素直に諦めればいいだけのこと。
いくらでも死体はこの先、手に入るだろう。あの死体の首輪に拘る必要は特にない。
砂漠と島の端にある地理的な面で、人が訪れる可能性も少なく安心して作業が出来るという利点があるのは、正直惜しいとも思う。
ただ、それだけのこと。どうとでもなる問題だ。
……南の村へ向かうことも当然、考慮しなかったわけではない。
駅があるので、それを利用しようとする人間はまず村へ向かうことを考えるだろう。
中心部と同じく、人が集結するエリアと考えていい。他の参加者達と遭遇するには絶好の場所。
で、あればこそ、海馬はそちらに向かうことを良しとしなかった。
何故なら、参加者をこの島に配置したのはワポル。
ランダムな要素も多少は加えているかもしれないが、誰がどのように行動するかはある程度、予測の範囲内にあるとみて間違いない。
……A-1なら通常の考えでいけば、南の村に行くとみていい。
だからこそ、敢えてそちらには向かわないことを選ぶべきなのだ。
敵の呼吸を乱してやることは、全てのゲームに通じる必勝法である。
ついでに言えば家々を探し回った結果、結局一つも刃物は見付からなかった。つまり誰かの支給品を頼りにするしかない。
別に交換してやっても構わないのだが、自分の持つ手札を露呈しなければならないのは弱みを見せることと同義、屈辱に等しい。
それより誰かから奪った方が都合がいい事には間違いない。しかし集団となっていれば、それも難しいと言わざるを得ない。
周りに人がいなければ高圧的な手にも出られるし、情報を集める上でもその方が手っ取り早い。……拷問することだって出来るのだ。
……こちらに向かうことを選んでも、別に損をすることはない。
「ワハハハハハ!! ワポル、次のオレの行動を読めるものなら、読んでみるがいい!!
既にオレには貴様の喉元に突き刺さる剣、フィナーレのビジョンがはっきりと浮かんでいるぞ!! クク……、ハハハハハハ!!」
……というわけで海馬はひたすら自然保護団体をも恐れず森林破壊を続けながら、森の中を力任せに直進していく。
多少、目立つが他の参加者と遭遇することを考えれば、都合がいいとさえ言える。
最初に力を見せつけておけば交渉の上でも優位に立てることは言うまでもない。
襲い掛かってくれば返り討ちにするまでの話である。
……海馬瀬人は迷い無く揺るぎなく歩み続けた。
と、そこにどうやら早速、カモが飛び込んできたようだ。
「……おーい。誰か、そこにいんのかってばよ!!」
額当てをした金髪の少年が前にいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜神月と加藤勝は森の中を南へと向かう。
延々と続く森の中を抜けるにも時間が掛かるだろうし、森を抜けたところで小屋や遺跡があるだけだ。
……人が集まる場所とは到底思えない。
森に向かったのは視界に入っていたからで、砂漠の中を延々と進むよりはいいだろうと考えただけのこと。
一刻も早く人集めをしなければならない。
夜神月は黙々と一心不乱に歩き続ける。
夜の森の中を懐中電灯からの明かりだけで進むのだ。余計なことを考えていては、とてもまともに歩行出来るはずもない。
……と一見、そう見えても無理もない表情をしている。が、実際には彼の思考の大半は歩くことには割り振られてはいなかった。
それでも躓く様子さえ、見せない。実に驚くべきことだ。
(……ついでに駅を調べてもいいか)
月の考えた駅とは中心部に行く途中にある、C-2の駅のことだ。
橋の近くにある以上、島の西側に向かおうとした者でB-2の橋を通った者の大半はこの駅の存在に気付くだろう。
逆に言えば待ち伏せに遭いやすい場所とも言える。だが、D-3はタワーがあり、F-2にも同じように駅がある。
どれを選んだところでリスクはある以上、調べられるものは調べておかないと後々に響いてきてしまう。
……最初、列車か何かが運行していることには期待していなかった。捨て置いた方がいいだろうと思っていたぐらいのものなのだが。
どうやら加藤から話を聞くところによると、こちらの姿が見えなくなっている以外は通常通りの街中でゲームを行っていたらしい。
星人。人には何故か見えることのない存在。ゲームの参加者も同じことになっているのは、どちらもガンツの仕業なのだろう。
実在するとは思ってもいなかったが、死神よりは現実感があるともいえる。
……どことなく死神と共通点があるような気がしないでもない。
その星人を狩ることが、今までのゲームの目的だった。今回のこれも同じ目的で開催されていると考えるべきなのだろうか。
真四角という明らかに人の手が入った痕跡が濃厚な島。見境のない建造物がどこからか集められたように適当に配置されている。
こんな島にまともな住人が住んでいるとも思えないのだが、もしも、人がいれば何らかの情報が得られるかもしれない。
……ひょっとするとワポルそっくりの人間が白蟻よろしく、街中を食べ歩いているかもしれない。なかなかぞっとする光景だ。
まあ、まともな人間が住んでいることを期待しよう。しかし、その場合、病院に行って人で溢れかえっていたりする場合がある。
そうなれば参加者の見分けがつかないのではないだろうか……。
と、加藤は心配していたが首輪がある以上、その心配もない。この首輪は参加者を識別するために着けられたものということか。
加藤にそれを話すと、ああっ! と納得したような顔をする。少しはポーカーフェイスでも覚えたらどうかと、月は思う。
今までのゲームは10人程の規模で同じ位置に転送されていた。
つまり誰が参加者かを見分けるまでもなく、星人が殺害対象である以上、お互いを参加者と認識させる必要もあまりなかった。
脳に仕込まれた爆弾。……連中はそんな技術まで持っている。
しかし、その高度な技術力の分、爆弾に気付くことが出来ずに死ぬ者も多かった。加藤も何人か頭が破裂して死んだ人間を見ている。
そこで分かりやすい方法に変えたということなのだろうか。
……だが、そんな技術があるなら、わざわざ加藤のような以前からの参加者からも埋め込まれていた爆弾を取り除いてやる必要はない。
――もうひとつ爆弾が仕掛けられている。
ワポルはあの部屋で首輪を爆破する際に実験だと言った。つまり、この首輪は試験的に導入されたものだ。
余程の慢心か、何か理由でもない限りは今まで使っていた脳の爆弾を敢えて使わないことは考えづらい。
絶望的な情報のようにも思えるが、だがそれ故に利用出来る。心の弱い人間に、このことを告げてやれば……。
それより、問題は連中は情報の隠蔽もそれで行っていたということ。
一般人にガンツの情報が漏れた場合、脳の中の爆弾が破裂することになるという。
しかし、それだけでは情報を完全に隠すことは出来ないだろうし、無理な口封じは信憑性を増すだけではないか?
ともあれ、加藤たちは、このためにガンツについても調べることが出来なかったのだろう。普通なら調べようとするに決まっている。
以前までのゲームでは、ゲーム終了後は部屋に戻された。致命傷を負っても、生きてさえいれば五体満足な状態で再生されるという。
その後は、ガンツの採点が終わると、普通に部屋から出て行くことが出来る。あとはそのまま、自分の足で帰宅することになる。
その物件を所有する人間や出入りする人間がいないか、気になる点はいくらでもあったに違いない……。実に惜しいことだ。
人に知られることを望んでいなかったということは、もしかすると対抗する勢力のようなものがあったのかもしれない。
黒幕の力を奪った後のことを考えると、留意しておく必要がある。
死者。ゲームの参加者。選出される基準ははっきりしない。全ての死者が選ばれるわけではない。人以外にも犬がいたらしい。
加藤は玄野という幼馴染みと共に地下鉄に撥ねられたことで死亡し、ゲームに参加することになった。
星人を殺すか転送することで、ポイントを稼ぎ、100点になれば解放されるという。解放がどのようなことを意味しているかは不明。
……Lの存在がある以上、死者が生き返るということは有り得るとしてもいいだろう。
だが、月自身は死亡した覚えはない。死者の参加するゲームなどに参加させられるはずもない。
そもそも死神のリュークから聞いた話では、死んだ人間は全て悪人も善人も区別なく「無」になる。
つまり、このゲームは死後の世界にある何かのようなものではなく、あくまで現実に根を下ろしたものだということだ。
……仮に何らかの技術をもってして、死者を甦らせてゲームに参加させようとしたとしよう。
だが、そもそも死人を甦らせる理由自体が乏しいのはどうだ。
普通に考えれば、自分のように攫ってきた方が問題は少ない。人を甦らせるなら余分な作業が必要となるのだ。
実際に加藤達のケースでは撥ねられた死体が忽然と消えたことが、ニュースとなってしまっていたらしい。
……そんな話を聞いた覚えはないが、多分、Lに拘束させていた頃に起こった出来事なのだろう。
東京近辺だけに限ってもかなりの範囲。そこでいつ、誰が、どこで、どんな状況で死ぬか。
その全てを把握し、可能な限り人目につかないように回収する。
転送という技術をもってすれば不可能ではないにしろ、神懸かり的な監視能力が必要となるだろう。
そんなことが本当に可能なのだろうか?
……実のところ方法がないこともない。
死神の眼。
人間の残された寿命を見ることが出来る、死神の眼をもってすれば予め死ぬ人間の見当がつくはずだ。
後はその人間を追い掛けるだけで、死体が簡単に手に入る。
いや、死神の眼があるなら、デスノートを持っているわけだから、それを使えばこれから死ぬ人間を見極める必要もない。
デスノートでないにしろ、死亡状況を何らかの形で操れるとすれば、騒ぎを起こすのが目的でもない限り、地下鉄事故にはしないはず。
……デスノートがあって、死体を見付からないように回収するなら事故死なんて書き込むはずもない。
玄野計 事故死
加藤勝 事故死
よりにもよって事故死した死体を回収してまでガンツは何をしたいというのだろうか。
もう一つ考えると、Lの存在がある。
決して人目につかないように行動していて、その上、死因となったのは死神レムにデスノートで名前を書かれたからだ。
つまり、たとえ死神の眼をもっていたとしても、このキラ以外にLの死を予測出来た者などいないはずなのである。
……まあ、別に死亡した直後に転送する必要がないのだとすれば、病院に運ばれた死体、埋葬される死体を集めていたとしてもいい。
……その場合、衆人環視の中で死体を回収する必要はどこにもない。
加藤たちの事例が特別なのか、Lの事例が特別なのか。
……正直、実際には死者を甦らせる話も、とある理由があれば特別おかしいことでもない。
クローンを例に挙げて見れば分かることだが、歴史上の優れた人物を再生しようと試みるというのは、よくある話だ。
世界一の頭脳を持つ名探偵L、迷惑な話だが技術で可能でありさえすれば誰かが甦らせようと考えても、不思議ではない。
生き返させる必要があるとも思えない加藤や犬をわざわざ甦らせて、ゲームの参加者としていた点が疑問だっただけ。
普通の人間より遙かに優れた者なら、甦らせようと考えた者がいたとしても理解はできる。
それで目的は殺し合いというわけか?
新世界の神とも思しき存在であるキラをも含めて、よりにもよって殺し合いをさせようというわけか?
それで黒幕はいったい何を得る? 一時の娯楽か?
……そうなのかもしれない。
……死神リュークが人間界にデスノートを落とした理由は、単なる退屈しのぎ。
これだけ超常的な力をもった存在、生命さえも自由に操れる存在であれば、どんな理由があったとしてもおかしくはないだろう。
……だからこそ、その力を得る機会があるとも考えられる。永遠の命、……それさえも夢ではないかもしれない。
(もしも、そんなに退屈だったというのなら、……これから楽しいものを見せてやろう。
……末期の思い出として墓の下まで持っていくといい)
……結局、ここまでは全て加藤から得た情報のみからの推察だ。
もっと他の情報を集めれば、新たな解釈が生まれるところもあるに違いない。……個人的には気にくわない部分もある。
今のところガンツの正体も分からないでいるし、ワポルの情報さえも得られなかったのは予想外のことだ。
加藤の説明を聞けばワポルの存在は、不要の一言で済ませられる。
ガンツさえあれば、今まで通り十分なのだ。
……やはり首輪を調べる必要がある。
勿論、首輪を解除したところで脱出できるなんて思ってもいない。部屋に招かれた時と同じようにされれば、すぐに元の木阿弥。
何の意味もない行為だ。だが、反抗するグループを作るには首輪の解除はそれなりに意味をもつ。
期待はしていないが、もし自分の首輪を解除することが出来た場合、部屋に戻される可能性もある。……黒幕に呼び掛ける絶好の機会だ。
脳の中に埋め込まれたという爆弾。
そちらも調べておく必要があるだろう。実在していれば加藤の話の裏付けとなってくれる。
……もし、なかったとしても十分にそれは利用できる。加藤自身がそのことを心の底では恐怖している様子があるからだ。
恐らく、加藤はそんなことに手を染めるのは拒みたいだろう。だが、その方が好都合。真実を知る者は一人の方がいいのだ。
どちらにしても「なかった」と加藤には告げるつもりでいる以上、確認したという事実さえ共有してくれれば、それで十分効果的だ。
……嘘というものは一人よりも二人の方が真実みを増すもの。
しかし、確実に黒幕と交渉する方法がなかなか思い浮かばない。
以前のゲームにあった星人を殺害するための銃、通称X銃。とは、別に加藤が主に使っていたという捕獲用の銃があるらしい。
通称Y銃。それで星人を捕獲すれば、宙に向かって星人を送ることが出来たという。
……ひょっとすると、それを使えば黒幕と接触することも可能なのではないだろうか、と一度は考えてみたのだが。
殺し合いという舞台にはそぐわない武器である以上、あるとも思えないし、絶対に危険がないという確証があるわけでもない。
実際にあったとしても余程のことがない限り、試すことは出来ないとみていい。……やはり他の方法を探すより他にないだろう。
……それにしても、デスノート以上の力を持つかもしれない黒幕。そんなものが本当に存在するのだろうか。
今更ながら少し冷静になるとそんなことを考えてしまう。常識的な考えでいけば、Lは別人だと判断する方が当然なのだ。
Lの意思を継ぐものがLの仮面を被り、キラを追い詰めようとしている。そんな風に考えたって別におかしくはない。
加藤に語ったように、薬で眠らされて連れてこられ、全てがキラを捕まえるための壮大な芝居であったとしても不思議はないのだ。
……それでも結局のところ、信じてしまったのは、どこかでそれを望んでいたからかもしれない。心の底から真実であって欲しいと。
……死後の世界がないのなら、この世に全てがあればいい。
……善人は永遠の幸福を得ることになるだろう。悪人は永遠の苦痛を得ることになるだろう。
天国と地獄。二つの世界に君臨する神の姿。
先を進む加藤の頭をぼんやり眺めながら、月は来たるべき新世界の姿に思いを馳せていた。
と、そこに水をさすような声が聞こえる。
加藤ではない。加藤が、警戒するように言ってきたが、それ以外に聞こえてくる別の声がある。
「……おーい。誰か、そこにいんのかってばよ!!」
額当てをした金髪の少年が前にいた。
[[後編>夜の海に加わる渦巻く影(後編)]]
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