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男の戦い ver.snow



 全てが凍り付けばいい。

 全て雪に閉ざされてしまえ。

 私さえも凍らせてしまいたい。

 私の心の片隅の、

 うるさい声を今すぐ止めたいから。

 *****

「時間超越……」
「宇宙人……」
 かつて年老い……えー、ピチピチ139歳の医者が支配していた医務室。
 そこで遭遇した山本武とレン・エルシ・ジュエリアの2人はとりあえずの情報交換を終えた。
 といっても、先刻被ってしまったお互いの質問を順序を決めて質問しあい、お互いに答えたところであり、まだまだ情報交換は不十分であるのだが。

 山本はレンから、彼が宇宙人であること、さっきのは幻術ではなくくしゃみによって生じる性別変換であり女性の人格ルンがいること、
 この会場に少なくとももう1人、ララという宇宙人がいることを聞き、自分の質問に関しては『少なくとも10年後の年代ではない』という答えを得た。
 レンは山本から、彼が時間超越の経験があること、幻術というものが存在する事を聞き、
 自分の質問に関しては『山本は宇宙人ではない』という答えを得た。

 その結果
「へー。宇宙人なんて本当にいたんだなあ。面白ぇー」
「え、お、面白い……?」
 気楽で天然なところがある男、山本武に宇宙人の話などそれほどインパクトはなかったようで、結局『面白い』で済んでしまった。
 このあたりはレンのクラスメートたちにも共通する反応ではあるのだが。


「よし!んじゃあいこうか!」
「え?ど、どこに?」
 元気よく立ち上がり、扉に向かって歩き出した山本にレンは戸惑って話しかけた。
「どこって……特には決めてないけど」
「は?あ、あの、何をしに……?」
 なんだか山本の行動についていけなくなってきた気がしてきたレンに、山本はあっけらかんと笑って答えた。

「そのララちゃんって子を捜しにだけど」
「……え?」
 あっさりと。ひどくあっさりと彼は言った。

 それは確かに今レンが1番したい行動だった。
 誰かに殺される前にララを見つけて守りたい。
 でないと大変な事になる。それ以前に、彼女は自分の想い人だ。絶対に死なせたくなんかない。
 けれど、怖い。
 自分は強いとはいえない。正直言ってララ自身より弱いと思う。他の殺人者に自分が殺される可能性のほうが高いといえる
 でも、それでも、男として、ララを守りたい。ララの無事を確認したい。
 相反する二つの思い。迷い。ここで篭っていようかという一抹の悪魔の囁き。

 それを、山本はあっさりと覆した。
 ここを出よう、と。
 ここを出て、ララを捜そう、と。しかも

「き、きみも、付いてきてくれるの?」
「ああ。そのつもりだったんだけど。迷惑だったか?」
「え。そ、そんなことはない、けど!」
 正直、同行を頼みたくなかったと言えばうそになる。
 けれど、レンとてララを助けたいという事に見知らぬ他人を巻き込むのは気が引けた。
 だから口に出さなかったのに、彼はそれを自分から言ってしまった。
 言われてしまったら……。


「で、でも、きみに迷惑をかけるわけには……」
「うーん。でも、ツナたちはここにいるかわからないしなあ。俺、周りに人がいすぎてあの説明の時よく周りを見れなかったから。
 だったら、君の探している人を、一緒に探したほうがいいかなって」
「え……な、なんで…」

 なぜだ。
 自分と彼は初対面なのに、どうしてそんな事が言えるんだろう。
 自分だったら?
 彼が知り合いを捜したいって言ったら。仮にララがここにいるかわからなかったら。
 行かない。多分この城に篭ると思う。ルンも恐らくそうだろう。むやみに外には出ない
 けど、彼は行くという。見知らぬ自分のために、誰がいるからわからない外に出るという。
次の瞬間には襲われるかもしれない場所に行くという。自分のために。

「なんでって、そりゃあ…」
 山本が苦笑してそれに答えようとした、その時。


「くだらないわね。人間はこれだから」


 突然の第三者の声。それにレンが反応した、その刹那。


 轟音と共に木でできた扉に穴が開き、
 そこから氷の散弾がレンに飛来した。


 *****



 人がいる気配にはすぐ気付いた。
 全開だった門を入り、城の中に満ちた雪の中でしばし心を休めた。
 彼女は雪女。山の雪から生まれ、雪の中で育った、雪でできた存在。
 雪が満ちたこの空間は彼女にとって心休まる場所といえる。

 心休まる領域(フィールド)であるからこそ、そこにある異質の気配に気づく事ができた。あるいは周りの雪が彼女の妖力を高め、
 その結果気配を察する事ができたのかもしれない。
 いずれにしても、彼女は扉越しに2人の人間の気配を察知し、その扉の前で様子を伺った。
 C・Dエリアを任された以上、ここでぐずぐずする訳にはいかない。ここの雪の中で、自分の妖力をできるだけ高めておきたかった。
雪女は雪や氷の中でこそその本領を発揮する。これからおそらく日も高くなる。気温が上がれば彼女はどんどん不利になる。
 だからこそ、今のうちにこの雪に満ちた空間で妖力を高め、蓄える。いくらか雪をデイパックに詰めておくのもいいかもしれない。
解けてしまえばそれまでだが、彼女の極寒の体温に触れさせていれば恐らく大丈夫だろう。雪があるだけでも、彼女にとっては心持異なるものだ。
 だが、それには人間は邪魔だ。心置きなく力を高めるには安全な空間が必要だ。そこに紛れ込む人間など、耳元でうるさい蚊のようなものだ。
 つまり、潰さなければうざったくて仕方がない。
 その上、扉越しに聞こえてきた男の声
『君の探している人を一緒に探したい』

(なによ、それ)
 自分ではなく、他人の探し人を捜す?
 愚かだ。なんて愚かな自己犠牲の精神だろう。
 人間は所詮、自分が可愛い自己中心的な生き物だ。
 あの言葉も結局自己満足。自分がヒーローになりたいだけに違いない。他人を優先する俺はヒーローだ。そう言いたいだけだ。
 そう、そうだ


―そんなことない―




(違う)
 否定する。
 記憶の片隅の声を否定する。
 それは、自分の声。正確には、『前のゆきめ』の声だった。


 彼女は一度消えた存在だ。
 ゆきめという雪女は、鵺野鳴介という男に惚れ、彼と恋仲を築き人間社会で暮らした。
 けれど、それは彼女の故郷である、山の掟を破るものだった。
 雪女は本来男を魅入り、氷付けにするのがその役目。
 だが彼女はそれを破り、人間の中で生活しようとしていた。
 山の神はそれを許さずに、刺客を送りゆきめを亡き者にした。
 だが、そのゆきめを山の神は復活させた。ただし、精神は新しい『ゆきめ』の状態で。

 彼女は『前のゆきめ』ではなく、新たに作られた『ゆきめ』。
 冷酷な心を持ち、容赦なく人間を凍らせる。
 ただし、記憶だけは持っている。『前のゆきめ』の記憶を。
 それは果たして山の神でも消し去れなかったのか、それとも彼女の目的の為、残されたのか。
 彼女の役目は、鵺野の抹殺。
 鵺野を殺す事で、彼女の憂いを完全に絶とうとしたのだ。完全な雪女とするために。

 記憶はある。けれど心はそこにない。
 だから、彼女は、『今のゆきめ』は客観的に記憶を見る。
 鵺野鳴介。教師。鬼の手を持つ。霊能力の威力、技、身体能力。
 そう、それで充分。
 他の記憶など愚かな記憶だ。人間と共に生活するなどという、哀れな記憶。
 だから、特に思い出さなくていい。そう彼女は言い聞かせていた。



 その記憶が、時々さっきのように顔をのぞかせる。声と言った形で。
 『前のゆきめ』の心はもうないはずなのに。
 記憶だけが、彼女の使命の邪魔をする。

(くだらない、くだらない、くだらない!)
 必死に否定する。人間を否定する。
 見えようとする記憶、鵺野鳴介が、彼女を守る記憶…

(違う、違う、違う!
 人間は愚か!人間は低俗!人間など汚らわしい存在!
 ……いいわ。わからせてあげる。
 あの男に、もう1人の男に、そして私の記憶に!
 人間が所詮、自分が可愛い生き物だって!)

 そして、彼女は扉を氷の弾丸で打ち抜く。
 その顔には、邪悪な笑顔が張り付いていた。

 *****


「あ、あ……」
「ふふ、馬鹿な男」


「はは、よく言われる、かもな」
 そう言って、山本武は笑って見せた。
 ただし、その体には血がにじみ、体にはいくつか抉ったような傷がついていた。
 そしてそこには、小さな氷が突き刺さっていた。



 一瞬の事だった。
 彼がそれに気づいた時、その行動は迅速だったといえる。
 すぐにレンを突き飛ばし、抜くのを躊躇った無限刃を抜き飛来する氷をいくつか迎撃した。
 一閃した剣は、氷の弾丸を見事に打ち落とした。なにせ至近距離の弾丸にも対応できた彼だ。これくらいは造作もない

 ただし、それがとっさの事でなく、弾が多くなければ、全てを迎撃できただろう。
 結局、いくらかの氷が彼の体に被弾し、最悪にも、持ち手に当たった一弾が彼の手から無限刃を吹き飛ばし、遠くへとやってしまっていた。

「あ、あ…」
 突き飛ばされたレンはそのままの姿勢で固まってしまっている。顔は蒼白になり、驚愕と恐怖、そして後悔の顔になっている。
 おそらく自分を庇って山本が汚した事に愕然としているのだろう。山本はすぐに声をかけようとしたが、穴だらけの扉を開ける音と女の声がそれを遮った。

「ほーら。自己満足の為に、友達かばってそんな怪我しちゃったじゃない。
 本当人間なんて無力。あなたも、そしてそこの君も、ね?」
 白い着物、水色の髪。どこか時代錯誤にも思えるいでたちの若い女が、笑みを浮かべて語りかけてきた。彼女が指差す先には、震えるレンの姿。

「ぼ、僕は…」
「でも……今の行動、私感動しちゃった」
 ちっとも感動していない女の顔。
 間違いなく今の攻撃を放ったのはこの女だ。山本はそう理解した。
 武器は持っていない。ということは、彼女は素手でこの氷の弾を撃った事になる。
 ということは、今指を向けられているレンは1番危険だ。
 助けたいが、剣は弾かれ、体には傷。
 迂闊には動けない。そもそも、この氷の一撃はなんなのか。
 今度こそ幻術? 本当にそうだろうか、この痛みは。
 もし本物だったら。それが山本の脳裏をよぎる。
 その時は…

 だが、そんな山本の思考を女の声がまたも遮った。




「そこの君。あなたは見逃してあげる。
 とっととここから消えなさい?」

「え……」
 レンが呆然とする。『そこの君』とは間違いなくレンのことだろう。
 現に、彼女はレンに向けていた指を下ろした。
 そして、その指を山本に向ける
「ただし、あなたはダメ。
 ほら。早く行きなさいよ。出ないと、あなたから凍らせるわよ?」
 女の目がレンを射抜く。冷たい目。本気の目。殺意の目。
 レンが震えて、目線を山本にやった。
 恐怖。恐怖。恐怖。でも、逃げたくない。それが視線から分かった


(……ごめん、な)
 山本は心の中で謝る。自分がこれからすることは、多分彼にとって最悪の行為だ。
 彼に罪を背負わせることになる。
 でも、山本はこうするしかないと思った。
 なぜなら、彼には大切な人がいる。だったら、その為には彼に生きてほしい。
 生きて、その人を守らせてあげないと。
 だから


 せめて、笑って言った。


「レン。逃げろ。俺は、後で追いつくから」



 *****


 レンは迷っていた。恐怖と共に迷っていた。
 山本を見捨てて逃げたくない。それは、人間としての倫理観の問題だ。
 けれど、悪魔も囁いている。逃げ出そう。あんな怪我した人間はもう頼りにならない。だったら今逃げて、生き延びるべきだ。

 そして、彼が悪魔を後押しした。

「レン。逃げろ。俺は後で追いつくから」

「えっ!?で、でも!そんな怪我じゃ!」
 そう言うと、山本は笑顔で答えた。
「大丈夫だって。俺、丈夫だから。足も速いし、あんな奴、すぐ撒いて追いつくさ」

 本当だろうか。本当にそうなんだろうか
 『本人がそういっているんだ。速く逃げよう』
 ただのやせ我慢じゃないのか? 僕を逃がす為に…
 『だったらなおさらだろう? 彼のためにもここは逃げるべきじゃないのか』
 そんなこと、ない! お前は誰だよ! ルンじゃない、お前は!

 わかっている、これは自分の本能の声だ。
 恐怖に屈して、保身を考えて逃げ出したい、心の声だ。
 それをなんとか理性で阻もうとする。
 倫理観で抑えようとする。

 でも、また、二つの言葉が重なってしまった。

「ララちゃんを守るんだろ?だったら、早く言ってあげないと」
『ララを守るんだろう? だったら、ここで死ねないじゃないか』


 そうだ、僕は、ララちゃんを、守らなきゃ…
 でも、山本くんを放って……
 で、でも、きっと山本くんは追いついてくれる。
 でも、でも…!!


 迷うレンの目が、よりにもよってゆきめと視線が合ってしまった。
 冷たい、氷のような視線。
 圧倒的な恐怖が、レンを支配した。


「なにしてるの? 早く行きなさいよ。撃たないから。


 殺すわよ?」


 限界だった。


「うわああああああああああ!!」


 *****

「ふふふふふふ!!あっははははは!
 やっぱりそう!人間なんて所詮そんなもの!」

 医務室でゆきめが高らかに笑っている。
 目の前には、山本武。
 そして、レンは……いなかった。



「どう?ご希望通り見捨てられた気分は。今あなたはどう思ってるのかしら。彼を助けられて俺は満足だ。俺は凄いんだ。俺はヒーローなんだ。そんなところでしょ?
 ハッ! あんたはとんだ偽善者よ。自己犠牲で自己満足する愚かな男! それで結局、死んでいれば世話ないわ!
 あんな嘘ついて、あんたは死ぬ。わかった?素直に認めなさい」

 山本は答えない。顔をすこし俯かせていて、表情がうかがい知れない。
 見なくても分かる。おそらく後悔と死への恐怖に顔が歪んでいるに違いない。
 いざ、自分の命が危険になれば、人間などそんな偽善を纏っていられるはずがない。
 偽善の仮面は脆くも剥がれ、本性がきっと現れる。
 命乞い? やけになる? 狂う? レンを追いかけて逃げる?
 ゆきめはどれでも構わない。
 どれにしたって、彼女にとっては愉悦となる。彼女は冷酷な雪女なのだから。
 どれにしても、この男を氷付けにして、すぐにレンを追う。そしてレンを絶望の中氷にして殺し、その哀れな生首をこいつに見せてから殺す。なんていう喜劇の結末だろう。自分の英雄精神は無駄だと、わからせてから殺してやる。


 そして、彼女の期待は裏切られる。

「あんた、何言ってるんだ?」




「え……」
 ゆきめはあっけに取られた。
 なぜなら、顔を挙げこちらに顔を向けた山本の顔に浮かんだのは、絶望でも、恐怖でもなく、不敵な笑みだったからだ。

「俺はあんたを撒いてレンくんを追いかけるよ。嘘なんてついてない」
「なんですって?その怪我でよく言えたものね!」
 ゆきめが再び氷弾を山本に放つ。胴に刺さった氷はいくらかある。動けるはずが…

「な!?」
 ゆきめは驚愕した。押し寄せる氷の弾を山本は横に素早く交わしたのだ。
 口で言えば簡単だが、山本は怪我をしている。それでいて、氷の弾を見極め、床を蹴りかわした。驚くべきは、その脚力と反射神経。

「野球でならしてたんでね。それくらいじゃ、俺は負けない」
「……だったら、なんですぐ逃げないの? あんたのその足なら、全力で行けば逃げられるでしょう?」
 ゆきめは素直にそう質問してしまっていた。後から思う。なぜそんなことをしたのか。人間を凍らせる自分に、そんな質問は無意味なのに。
 する意味が、ないはずなのに。
 後悔した時には遅く、山本は答えを口にしていた。

「だって、あんたをこのままにしたらレンくんを追いかけるだろ? だから、あんたをここで倒していく」
 山本が身構えた。武器はない。けれど、その目つきは真剣そのもの。
 怪我も負っている。なぜ、そんなことができる。

「なによ…まだ自己犠牲精神? また他人への奉仕! いい加減にしなさい! あんたも本音を言いなさいよ! 
 死にたくないでしょ!? 生きたいでしょ! なら、あんな臆病者、さっさと見捨てなさいよ! あんたが命を賭けて守る価値がないじゃない」


 ゆきめは自分の言っている事に戸惑っていた。
 自分は熱くなっている。なぜ?
 いつのまにか山本を心配するような言葉になっていないか。違う!
 違う違う違う!私は人間の愚かさを証明したいだけ。あの馬鹿な男を嘲り笑いたいだけ!あの偽善者の本性を見たいだけ!


 そして、山本は堂々と答える。
 本当の理由を。

「けど、あいつには大切な人がいる。本当に大切なんだ、って。話しててわかった。
 俺で言えば、きっとツナたちのような人なんだと思う。
 だったら、俺だってあいつらに会いたいと思うし。生きたいと思う。
 万が一俺があんたに手間取ったら、あいつここに足止めしちゃうからさ。
 だから、あいつ気にするだろうけど、先に行かせた。
 あいつ罪悪感あると思うけど、行かせたんだ。
 それに、さっきも言ったけど、そもそも俺はあんたに負ける気―」


「うるさい黙れ!!この偽善者!!」

 山本の言葉の終わりを待たず、怒りに満ちたゆきめの叫びが響き渡り、
 氷の弾が山本に向かって放たれた。



 *****


 ざっ、ざっ、と雪をふんで走る。
 はやく、はやく、逃げないと。
 レンは必死に入り口の門を目指す。

(そうだ、僕はララちゃんを守らなきゃ。
 守って、宇宙の破壊を防がなくちゃ。
 そ、そうだよ。仕方ないんだ。
 山本くんもきっと後できてくれる。
 そう、そう。
 そう、さ……)

 だが、その足がだんだんと遅くなっていく。
 行かなきゃ、いけないのに。

(いいのか?本当にこれでいいのか?僕…)

 ララを守りたい。死にたくない。山本が行けと言った。
 この3つの理由でここまで無我夢中で逃げてきた。
 でも、だんだんとこみ上げてくる思い。
 自分は、取り返しのつかない事をしているんじゃないかと。


 あいつはどうしただろう、とふと思った。
 結城リト。ララを誑かした、レンにとっての好敵手。
 けれど、ララを惚れさせた男ではある。
 そして、ここぞという時に強さを見せる『男』であることは、彼も認めている。



 『男』。
 レンは『男』にこだわっている。
 理由は、いわずもがな自分の体質のことだ。ルンという人格の性で女性と扱われることもあり、幼少の頃はララにその影響で女の子の服を着せられたほどだ。
 レンはそれが嫌で、『男』にこだわった。『男らしい』という事にこだわった。
 もっとも、それはリトより足が速いとか、リトよりものを食べるのが速い、とかそういうすこしズレたことの話だったのだが。

「僕、は……」

 今までは。


 *****


「くっ!」
「やっと捕まえたわ」

 ゆきめの吹雪が山本の足を捉え、右足を氷の枷で床にくっつけていた。
 今まで、氷の弾を避け続けてきた山本だったが、突然の攻撃の切り替えに対応ができなかった。
 弾よりも速くて避けにくい、ダメージよりも相手の拘束を重視した冷気の風。

「なるほど。今までの攻撃は俺に馴れさせる為に……」
「そういうこと。今気づいたって遅いわ」

 ゆきめは、氷の槍を準備する。
 あの程度の拘束、あの男の脚力なら抜け出せない事もないだろうが、それでも動きは確実に鈍る。そこは絶好の攻撃チャンスだ。

「じゃあ、ね!」
「っ!」
 山本が苦しそうに顔をゆがめた、その時だった。


「ま、まて!!」


「……なによ、あんた。見逃してあげたのに、戻ってきたの?
 しかも何?それ」

 ゆきめが侮蔑で満ちた視線で医務室の入り口の方を見やる。
 そこには、やはり体を震わせたレンが立っていた。ただし、どこから持ってきたのか消火器を抱え、その噴射口をゆきめに向けている。

「や、山本くんから離れろ!」
 震えて言うレンに、ゆきめは呆れながら言う。もちろん、腕は山本に向けて離したりはしない。
「あのねえ。それ、知ってるわよ?消火器でしょ?粉を撒き散らす人間の道具。
 でも。それって不意打ちでやらないと、意味ないでしょ。そんなあからさまに向けられてるんじゃ、意味なんてないわよ。
 そもそも、なんであなた戻ってきたの?あなた、馬鹿?」
 レンを嘲りながら語るゆきめ。消火器の粉は確かに相手を惑わせるのに効果的だ。だが、それは奇襲したときの話であり、それにゆきめは普通の人間ではない。
 来るとわかっていれば、放った吹雪で粉を相手に押し戻すことだってできる。
 つまり、レンがあんな消火器を見せ付けている時点で、レンは完全に攻撃に失敗している。なんて愚かだ。

 その愚か者は、顔に恐怖を浮かべながらも、なんとか声を振り絞る。

「ぼ、僕は! 『男らしく』してなきゃ、いけないんだ!
 で、でないと、ララちゃんが僕に振り向いてくれない!
 いや、ララちゃんにふさわしい、『男』になれないんだ!」
「はぁ?」
 ゆきめが口を開けた状態になる。
 どうも相手のいうことは支離滅裂だ。ついに恐怖が頭までいったのか。

―ふさわしい、女に―


(!?)
 何かが、記憶に引っかかった。
 そのせいで、彼の言うことに耳を背ける事ができない。

「山本くんは、『男らしかった』!
 だ、だから、僕も、ここで頑張らなきゃ……頑張らなきゃ……。
 逃げ出したりするような、軟弱な『男』じゃ…。
 『男』になれない……そう、思う……。

 そう、思うんだーーーーーーー!!」


 そう叫んで、レンは消火器の噴射口をこちらに向けながら突進してきた。
 やぶれかぶれのヤケクソ。
 『男らしい』という概念に最後まで翻弄された、馬鹿な男。
 それで、人生を棒に振る。

「ふふふ!馬鹿な男!いいわ!そのヒーロー気取りな馬鹿なこだわりと一緒に、凍って死になさい!」
 ゆきめは腕から冷気の風を放つ。
 ただし、威力は押さえ、消火器の粉を相手に吹き飛ばせる程度にする。
 さっきまですこし妖力を使いすぎた。ここで回復する予定とはいえ、万一の連戦がないとも限らない。
 これから先は長いのだ。こんなくだらない雑魚に余計に力を使う必要はない。
 そう考え、ゆきめはレンに向かって冷気の風を放ち、同時にレンがレバーを強く握った。


 レンの行為はあまりに無謀だった。彼も、やけくそのパニック状態で、消火器の粉を出して混乱させる、しかもう頭の中になかった。
 ゆきめの対応はあまりに的確だった。冷静に思考し、最小限の力でレンを無力化し、山本共々葬り去る事ができた。


 もし、その消火器が、本当に『消火器』だったなら。


「キャアアアアアアアアアアアア!!!」


 *****

 山本は全てを見ていた。
 ゆきめの手から小さな吹雪のようなものが出て、そしてレンの消火器から……炎が噴出された。
 そう、紛れもない炎だ。消火用の粉ではない。
 それが、吹雪と拮抗したのは一瞬だった。レンが止まらずに突進した為、炎が拮抗を押し切り、ゆきめの突き出された腕に襲い掛かった。

「キャアアアアアアアアアアア!!!」

 炎を至近距離まで近づかれたゆきめの腕が、溶けた。
 氷が解けるように、溶けた。
 雪女。ここで山本は、やっと彼女がそうなのかと理解した。
 そして同時に、今がチャンスだと。


 凍っていない方の足で、足の枷を踏み砕き、地をかける。
 ゆきめの方は、消火器を振り回すのに夢中なレンが牽制していて、こっちにはまるで注意が来ていない。

 山本の目当ては、無限刃。
 それを拾い上げると、すぐにゆきめの方に方向転換し、走る。
 見れば、ゆきめがもう片方の腕でレンに氷弾を撃ち、レンを引き離していた。

「うわっ!」
「よくも……よくもやってくれたわね!」
 怒りに満ちたゆきめの顔。溶けた腕からは未だに水が滴り落ちている。
 やはり、彼女は炎が弱点。炎にやられれば、早々に回復はできない。


 山本は、覚悟を決めて、無限刃を抜いた。
 抜きたくはなかった。人を殺め、それによりその力を持つこの刃だけは。
 だが、このままではレンがやられる。
 『できれば抜きたくはない』、それが最初に決めた事。


 なら、今が『抜かなければならない時』だ。


 無限刃を構え、走ってくる山本にゆきめが気付いた。
「剣を持ったからって!」
 ゆきめが氷の弾を放つ。
 その寸前、山本は、横の壁に無限刃をぶつける。
 鋸型の刃が壁に当たり、摩擦で火花が散る。

 そして、無限刃が燃え上がった。


 無限刃。新井赤空作最終型殺人奇剣。
 人を切り続ければ刃がこぼれる。ならば、あらかじめ刃をこぼしてのこぎり状にすることで殺傷力を一定に保つことを可能にした、
 人を切り続ける為の剣。
 だが、無限刃には後天的なもう一つの能力がある。
 発火能力。この剣の持ち主、志々雄が多くの人間を切り続けた結果、その脂が刀身に染み込み、その結果、
 刀身を摩擦熱や火薬で燃え上がらせる事ができるようになった。
 人を切り続け、その結果得意な能力を得た呪われた剣。だからこそ、山本はこの刀を使いたくはなかったのだ。


「なっ!」
 燃え上がった刃に、氷の弾はあっという間に無力化された。
 山本が正確に氷の弾を打ち落とし、欠片すら残らなかった。
 動揺したゆきめの懐に、山本がその脚力で一気に飛び込む!




-時雨蒼燕流 八の型 篠突く雨-


 かつて、山本の父が友を助ける為に編み出した技。
 それに、すこし似た状況で

 炎の刃が、ゆきめの体を切り裂いた。


 *****


「ここまで来れば大丈夫、か?」
「た、多分」
 レンと山本はドラム城の外まで逃げ延びていた。
 ゆきめを切り裂いた後、山本はレンを連れて医務室から逃げ、城の門を潜り外まで出た。
 レンは幸いにも消火器(もはや『放火器』と呼んだほうがいいかもしれない)で氷の弾を防いでいて、
 軽く腹に痛みがある程度で済んでいた。



「レン」
「え?」
 山本に声をかけられ、レンが振り向く。
 すると、山本は満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとな。……助けようと思ったら、助けられちまった」
「い、いや……山本君が庇ってくれたから、僕は……。
 って、山本君、怪我治さないと!」
「え?大丈夫だってこれくらい」
「いやいや!血が滲んでるし!どこかで治療しないと!」
 そう言ってレンは辺りを見回す。

 ララを捜したい。
 けれど、今はまず山本の怪我を治したい。
 彼がいたからこそ、自分はここにいる。
 それに、ここで彼を見捨てるのはやっぱり『男らしくない』。
 自分は彼を見捨てて逃げ出した。その償いをしなくちゃいけない。
 でないと、ララにふさわしい『男』にはなれない。
 レンはそう思った。


【Dー4 ドラム城外・住宅地外れ /一日目 黎明】

【レン・エルシ・ジュエリア@To LOVEる】
【装備】:消火器型火炎放射器@魔人探偵脳噛ネウロ
【所持品】:支給品一式 支給品0~2(未確認)
【状態】:健康、彩南高校女子制服姿。  男へのこだわり
【思考・行動】
1:山本の怪我をどこかで治す
2:絶対にララを見つけて守り抜く。
3:ララをゲームから救出する。
4:……どうにかして服を手に入れたい。
5:このゲームは戦争を引き起こすのが、狙い?
※山本とある程度の情報交換を行いました。

【ルン・エルシ・ジュエリア@To LOVEる】
【思考・行動】
1:???

【山本武@家庭教師ヒットマンREBORN!】
【装備】:無限刃@るろうに剣心
【所持品】:支給品一式 支給品0~2(確認済み・刀剣類はない様子)
【状態】:胴体にいくらか怪我
【思考・行動】
1:レンと一緒にララを捜す。
2:ゲームに乗って人を殺す気はない。
3:無限刃はここぞという時にしか使わない。
4:時雨金時があれば。
5:主催者の打破。
6:宇宙人か、面白えー
※レンとある程度の情報交換を行いました。



 *****


「ううっ……くうっ」

 雪に満ちたドラム城内。
 その中を、両腕、右足を失い、体の大部分を水に溶けてしまっているゆきめが這って進んでいた。


 あの一撃。本当ならばゆきめは死んでいた。
 だが、あの男が直前に刃の軌道を変え、彼女の解けてない腕と足を切り裂き、そのまま逃走した。
 もっとも、炎に包まれた刃を受ければ腕に受けたとはいえ、雪女の彼女にとっては致命傷になってもおかしくはない。
 彼女にとっての幸運は、ここが雪に満ちた場所であり、そこで休めばなんとか体の再構成ができるということだった。
 もっとも、それにはかなり時間が掛かってしまうが。

 それはまずい。
 なにしろ、アーロン、和泉との盟約がある。
 自分はC・Dエリアを任されている。24時間以内にこの辺りの人物を殺さなければならない。
 だが、ここからしばらくは動けない。動けるようになっても、日が高くなった後では……。


(待って。なにも私が行く必要はないわ)
 彼女の支給品。あれを使えば、城からこの辺りの人物をここに引き寄せる事ができる。
 ここは彼女にとって最高の空間。最高の狩場だ。
 なら、そこに相手から来てもらえばいい。
 回復さえすれば、ここの雪を元にこの城を凍らせ彼女の完全な支配下にし、入ってきた相手を氷のトラップなりなんなりで歓迎できる。
 そうすれば、回復に使った時間分のロスはきっと取り戻せる。なにせ自分は雪女。雪の中でこそその実力を発揮できる。さっきは相手を侮りすぎた。
 次からは、全力でしとめなければならない。
 ただ、ここに殺人者来られては自分は格好の的だ。もちろん協力を仰ぎ、結託するのもありだが、自分のこの状態ではやられる可能性のほうが高い。
 だから、できるだけ上にいかなければならない。見つかりにくい、それでいて雪に囲まれた場所で回復をしなければいけない。


-俺が守る-


 一瞬、さっきの少年2人の姿が、また記憶に掠ったのをゆきめは無視し、残った腕で雪に包まれた中を這っていった。


 彼女のデイパックから、幅広の口を持った、支給品が覗いていた。


【D-4 北西・ドラム城 一階 / 一日目 黎明】

【ゆきめ@地獄先生ぬ~べ~】
【装備】:無し
【所持品】:支給品一式 拡声器@現実 未確認(0~2)
【状態】:両腕、右足欠損 体の一部が半解 人間に対する激しい嫌悪
【思考・行動】
1:雪の中で回復、その後城を支配し、拡声器で参加者を呼び、罠にかける。
2:『前のゆきめ』の全否定。
3:アーロン・和泉に嫌悪感。
4:アーロンの案に乗る。
5:他の参加者を殺す

※ 参戦時期は110話以降、ゆきめ復活直後。
  二日目の深夜にD-4でアーロン・和泉と合流する約束をしました。
※ 『前のゆきめ』の記憶を持っています。ただしその精神、人格はありません。



036:えっちぃのは嫌いです 投下順 038:妄想が現実を駆逐する
036:えっちぃのは嫌いです 時間順 027:二人の武道
008:1/2の扉 山本武
008:1/2の扉 レン・エルシ・ジュエリア
020:約束 ゆきめ