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喧嘩




湖が上空で煌々と輝いた月を、その水面に映し出している。
昔の人はこれを見て、いつもは決して手の届かないところにある月が地上に降りてきたとして喜んだという。
実際にはその逸話が真であるかどうかは現代人には知る由もないが、それでも今この瞬間、この光景を見ている人がいるなら誰もがそれを信じてもいい心地になるだろう。
……しっかりとその湖面の月を見ていれば、の話だが。

「ッだらあ!」

左之助の、風流という言葉とは程遠い気合と共に放たれたその拳はしかし目標に当たることなく、むなしく空を切った。
攻撃が外れたのはこれが初めてではない。というより、この勝負を始めてからというものただの一度もまともに当たったためしがない。
湖がすぐ側にあるためか、湿った空気が漂う草葉。
相楽左之助はそこでかれこれもう十分ほど拳を振り回し続けていた。
自慢の悪一文字が書かれた上着は邪魔なデイパックと一緒にとうの昔に地面に脱ぎ捨てられており、左之助の鍛えられた上半身は現在、冷たい外気に触れている。
だがその身体は汗だくで、本人は寒いどころかむしろ相当な暑さを感じているだろうことが一見してすぐにうかがえる。

「てめえ、本気でやりやがれ! さっきから避けてばっかじゃねえか!」

いいかげんに苛立ちの頂点にきていた彼は、肩で息をしながら目の前の男に向かって怒鳴りつけた。
そう、この男……たしか最初に対峙した時に剣桃太郎だとか名乗っていた……は、一切向こうからは反撃してこないのだ。
ただ不敵な笑みを浮かべつつ左之助の拳を避け続けるだけ。それがまた、彼の頭に血をのぼらせる。

「フフフ……悪いな。あんたがあんまり隙だらけなもんで、呆気にとられてつい攻撃するのも忘れちまってた」
「ンだとコラア!」

瞬間煮沸器のごとく左之助の耳から蒸気が吹き出る。
桃からすればむしろそれが狙いで挑発しているのだが、今の左之助にはそれを考えるだけの余裕がない。
ただただ頭の中を支配するのは、桃に対する膨れ上がらんばかりの怒りだけ。

むかつく。
出会ってまだそんなに経っていないが、とにかくこの剣桃太郎はむかつく。
その余裕綽綽といった態度も、人を見下したような(偏見だが)笑い方も、未だ支給品の入った袋を左手に背負ったまま戦っているのも、全部むかついて仕方がない。
この男は警察の制服に似たようなものを着崩した格好をしていて、そして頭には無地のハチマキをまいているのだが、そのハチマキもどことなく自分と被っているようでさらにむかつく。
むかついてむかついて、じっとしていると身体が内側から爆発してしまいそうになるから、左之助はやはり馬鹿の一つ覚えのようになんとか一発喰らわせようと桃に突進してゆく。

「いいかげん避けんじゃねえ!」

苛立ちのあまり思わず無茶なことを叫ぶ。
だが当然そんな要求が聞き入られるはずもなく、もう何度目になるかわからないがあっさりとかわされる。
それで終わってなるかと桃を捕まえるためにどさくさに紛れて向こうの抱えているデイパックの紐に手を伸ばしてみたりもしたが、予測済みだったらしくその手を払いのけられ、再び距離を開けられた。
これでまた仕切りなおし。悔しさと怒りともどかしさで、噛み締めた奥歯が割れそうだ。

……するとその時、桃は苦笑しながら両手を軽く挙げてきた。

「おいおい落ち着けよ左之助さんよ。あんたはなにも、あのカバ親父が言ってたような殺し合いに乗ったわけじゃねえんだろう? だったらここで俺たちが戦う理由なんてないじゃねえか」

普段の左之助なら、桃のこの言葉を聞いて思い留まったことだろう。
だが、頭に血がのぼってる今の状態ではそれも通じない。鋭い目つきで桃を睨み付けると、激しい剣幕で叫ぶ。

「うるせえ、俺は喧嘩屋だ! 戦う理由がいちいち必要ってんならそれだけで十分だ! 喧嘩屋が喧嘩して何が悪い!」
「だがその調子じゃ何回やったって同じだぜ? 今のあんたじゃ俺を倒すどころか、一発すら当てられねえ」
「だからその態度がむかつくってんだよ!」

理性も何もなく、ただ感情に任せて言葉が口から出てくる。
本当に、最近むかつくことだらけで血管がぶち切れそうだ。
何をしても苛立ちは募るばかり。憂さを晴らすために自分からふっかけた喧嘩ですらこのザマだ。
どいつもこいつも癇に障る。この剣桃太郎も、斉藤の狐野郎も……そして、あいつも。

「なんでもいいからぶっ飛ばさなきゃ、俺の気が済まねえんだよ!」

話は終わりだと言わんばかりに再び桃に向かって駆けてゆく。
今度こそ当ててみせる。また避けようとするなら、当たるまで乱打し続けるまでだ。
そう心に決めて、左之助は右拳を高く振り上げた。
……だが、桃は今度は避けようとしなかった。
ただ短く息をつくと初めて自身のデイパックを地面に下ろし――静かに呟く。

「仕方ねえな……」

本当に小さなものだったにも関わらず、何故かその言葉はしっかりと左之助の耳に届いた。
あるいは幻聴だったのかもしれない。だがそんなことは今の左之助にとってはどちらでも構わず、ただその拳を桃の顔面にぶち込もうと全体重を前に出した左足に移動させ――
――そして次の瞬間腹に衝撃が走り、左之助は桃の呟きどころか自分の身体の内側から何かが軋む音を聞いた。

「――ぁ?」

まるで地球の重力が地面にではなく自分自身に向かってかかっているかのような錯覚に陥る。
桃に向かって駆けていったはずなのに、何故かその姿がどんどん遠く小さくなっていく。
おかしい。奴に向かっているのなら、むしろ大きく見えてくるはずなのに。

――突発的なことが起きた時、大概の場合理解というものは後からついてくるものだ。
要するに自分はこの男に一撃をくれてやるつもりが、逆に腹を殴られて後ろに吹き飛んでいってるのだと気づいた時には、左之助は背中から地面に墜落していた。

「がッ……!?」

さっき殴られた時の前からのものに続いて背中から襲い掛かってきた第二の衝撃に、思わず左之助は声をあげた。
むき出しの背中が地面と擦れ、なおも止まらない。
このままではまずいと咄嗟に両手を開き、その指の全てを地面に楔のごとく打ち立てると、それらはガリガリと地面を削ってゆき、結果不自然な計十本の線が出来上がる。
左の小指の爪が剥がれ落ちそうになったものの、そうすることで勢いは弱まり、あとほんの少しで湖に落ちてしまいそうなところでようやくその身体は止まってくれた。

「――ガハッ! ゲホッ、ゴホッ……」

仰向けに倒れたまま、左之助は咳き込んだ。
殴られたのはみぞおちのあたりか。それならば、咳き込むことができただけまだマシだろう。下手したら血を吐いているところだ。
身体の動ける箇所を探ろうととりあえずその場で首だけを動かすと、夜空でたくさんの星々と共に、自身がそれらの長であると主張しているかのように輝いている月が湖の水面に映っている姿が目に入った。
誰もが風流を感じるであろうその地上まで落ちてきた月を見て、左之助はただ『無様だな』と思っただけだった。
落ちてしまった時点で、それはもはや本来の月としての輝きを失っている。お前は、こんなところじゃなくてあの高い空にい続けるべきだろう。

(……?)

と、その時ふと指先に何か妙なものが引っかかっていることに気づく。
これは――


「悪いが全力で打ち込ませてもらったぜ。あんたには生半可な攻撃は通用しそうにないからな」

桃はそう言って左之助から背を向けると、下ろしていたデイパックを再び肩に背負って歩き出した。
勝負はついた。しばらくは立ち上がることもままならないはずだ。
落ち着いて話を聞いてくれさえいれば、この左之助という男もあのワポルと戦うための力強い仲間となれたのかもしれない。
だが、今の彼には何を言っても無駄だろう。そう判断したから攻撃した。
何があったのかは知らないが、彼には黒い感情が渦巻いている。最初に向こうから声をかけられた時から気づいていた。
だがそのためかあまりに本能に任せた攻撃しかしてこないため、恐らく彼は本来の半分ほどしか実力を出せていなかっただろう。
これ以上は時間の無駄だ。少しの間眠ってもらって、自分はまた他に仲間を探したほうがいい。

「待てよ」
「!」

掠れた声が後ろから飛んできて、桃は驚いたように振り向いた。

――たしかに桃の放った一撃はとんでもない威力だった。例えるならば大砲の弾を至近距離から撃たれたような。
常人ならあまりの威力に嘔吐すら忘れて一瞬で気を失うか、酷ければ吐血、最悪死んでしまうことだろう。
……だが左之助にとっては、実に慣れた感覚だ。

「……ッらぁっ!」
「おっ!?」

勢いをつけて立ち上がった左之助の姿に、桃は驚き……というよりは感嘆の声をあげる。
正直いって、今の一発で決まりだと思っていたのだが。

「こりゃ驚いたぜ……まさか今のをもらって立ち上がってくるとはよ」

それでもやはり桃はその不敵な笑みを絶やすことはなかった。
だがそれは余裕の表れというよりもむしろ、左之助が思った以上に歯ごたえのある相手だと認めたことからの、いわば好敵手を称える意味合いが強い。
左之助はというとさすがに先の桃からの一撃を全く効いていないとはいかず、殴られたみぞおちを手で抑えつつも、その内から沸いてくる闘志は消えていない。

「へっ、生憎だが耐久力には自身があんのよ……それに、てめえの攻撃なんざどこぞの破壊僧に比べりゃなんてこたぁねえ」
「フフフ、言うね。だが、もう俺は戦うつもりはないぜ。今は喧嘩なんかで体力を使うよりも大事なことがある。あんたにもそれはわかってんだろう?」
「知らねえな。もしそうだとしても、とにかく全てはてめえの面に一発入れてからだ!」

完全な回復は待たなかった。ただ、今動けるだけの体力があればそれで十分。
これが最後と決め、再び大地を蹴って走り出す。

相変わらず直線的な動きだ、と桃は思った。
まるで弾丸だ。一度筒から放たれたら、なにがあろうと真っ直ぐに向かっていく。
故にその軌道を読みやすく、避けるのは容易い。
何故今までろくに攻撃をしてこなかったかといえば、桃としてもあまりこの戦闘で無意味な体力は使いたくないのだ。
男塾一号生筆頭として、この殺し合いという馬鹿げた舞台を見過ごすつもりは毛頭ない。どうしても戦わねばならない時ならば、迷わず全力で立ち向かうだろう。
だが、間違ってもそれは今ではない。
この左之助という男は野獣のような猛々しさはあるものの決して殺戮者ではなく、だからこそ自分の戦うべき相手は他にいる。
ならば可能な限り無意味な戦闘は避けるべきだ。それは自分にとっても、またこの男にとっても。
だからこそ、桃は例に漏れず突進してきた左之助を闘牛士にでもなった気分でひらりとかわすために上体を右にずらそうとする。

「――!?」

だがその時、桃は右腕に違和感を覚えると、急にそこから何かに引っ張られ、逸らそうとしていた上体を逆にガクンと前につんのめらせた。その先には左之助の顔がある。
息がかかりそうなほど近くに迫った左之助はニヤリと笑うと、ずっと桃に言ってやりたかった一言を口に出した。

「捕まえたぜ」
「!」

視線を誘導すると、そこには先ほどまで地面に脱ぎ捨てられていた左之助の、左手から伸びた悪一文字と書かれた上着が自身の右腕を絡みとっていた。
それも、感触からしてこの上着は明らかに水で濡れている。それ故にこんなものでも腕を取ることができたのだろうが……

(俺が後ろ向いている間に、そこの湖で濡らしたってわけか……!)

頭に血がのぼっていると思いきや、とんだ誤算だ。この男はこれを狙っていたのか。
咄嗟の事で腕をほどくことができない。故に、動けない。避けられない。

「喰らえ剣ィ!」

故に――左之助の拳が飛んでくる。
正真正銘、相手を一発で仕留めようとする全力の一撃が。
幾多の戦いを乗り越えてきた桃の本能が、彼の頭にけたたましく警鐘を鳴らす。
これはあまりにも危険だと。喰らってしまえば、いかに桃といえどタダではすまないと。

「ちいっ……!」

先ほど戦わないと言ったが前言撤回だ。この攻撃をまともに喰らえば、仲間を集めるどころじゃなくなる。
デイパックを落とす時間もなくそれを背負ったまま、左之助を迎撃せんと桃は腰だめに構えると、まだ自由のきく左手の拳を固めた。
徒手空拳における桃の十八番として、男塾の連中から評判の必殺技を放つために。

「二重の――」
「制拳――」

二人の視線が、一瞬だけ交錯する。
そこにあるのは敵意ではなく、ただ互いを倒さんとする意地だけだった。

「極み!」
「こぶし割り!」

瞬間、左之助の右拳と桃の左拳が衝突し、その二つに挟まれた空気が行き場をなくして爆砕した。
拳銃の音にしてはやけに大きすぎる破裂音が天を突き、大気を揺らし、湖に大きな波を生む。
双方共にたった一本の突き出した腕を通って凄まじい衝撃が全身を駆け巡る。
それは互いに今まで味わってきたどんな衝撃をもはるかに超えていた。だが退くわけにいかず、ただ己の体を気合で支え続ける。
それは本人たちにとっては限りなく長かっただろうが、時間にしてみると一瞬。
左之助と桃、二人はどちらも一歩も後ろに退くことなく――そして同時に互いの拳が弾き飛ばされた。

「うおっ!?」

腕ごと後ろにかかる反動によって身体が引っ張られ、左之助は一瞬バランスを崩した。
その時、つい桃の右腕を封じていた上着を握っていた左手を離してしまう。
――結果として、これが最初で最後の勝負の決め手だった。

「せいやっ!」
「げ――」

足を精一杯に踏み込んで相手の懐に入ると、桃は自由になった右手でまたも左之助の腹を全力で突き上げた。
左之助の足が地上から離れ、身体が空中に投げ出される。
先ほどと違い、撃たれる寸前に腹筋に力を込めたためになんとかダメージは軽症で済んだが、今度は地面に落ちることなく湖に一直線だ。

「んなろっ!」

落ちてなるものかと、吹き飛ばされながらも左之助は地面に生えている草を掴もうと手を伸ばした。
だが、手が届かない。あともう少しで掴めるというのに、次々と目の前でたくさんの草が通過していく。
もっとだ。もっと手を伸ばせ。あともうちょっとで届くじゃないか。あと、ほんの少し――

「うおおおおっ!」

腕の筋肉が引きちぎれるのではないかと思うほどの激痛が走り、その甲斐あってか左之助は湖に落ちる寸前、手の内に何かを掴むことができた。

(よっしゃあ!)

だが妙なことに、草を掴んでいるにも関わらず後方にかかる勢いはまったく留まるところを知らない。
たとえ根っこから抜けたのだとしても、少しくらいは抵抗があるはずなのだが。
――次の瞬間、その掴んでいたものが草ではなく……喧嘩の邪魔だからと打ち捨ててあった自分のデイパックであることに気づいて、左之助は絶望した。


「……ま、しばらくそこで頭を冷やしとくんだな」

あの時思わず追撃してしまったことは反省するべきだが、見たところまだ元気はありそうだった。
放っておいてもいずれ自分からさっさと湖から這い上がってくることだろう。
それまで待ってあげてもよかったのだが、そうするとまた再戦をすることになりかねない。
左之助には悪いが、ここはおとなしく退散させてもらおう。

「左之助さん、あんたの上着はここに置いとくぜ」

右腕に巻きついていた服をようやくほどいて湖近くに広げて置いた。
……なんとなくだが、堂々と『悪』の一文字が書かれているほうを表にしておいた上で。
それを終えると、桃は左之助のぶち込まれた湖から踵を返すと、そこから離れるように歩き出した。
最初は甘く見ていたものの、左之助は予想以上に強かった。
だがどうせならば、今ではなく普段の彼と戦いたかったものだ。
あの体力と根性は、冨樫に勝るとも劣らないほどだ。それに冷静さが加われば、もしかしたら自分も負けていたかもしれない。

「フフフ……それに、あの力――」

最後に左之助の放った、二重の極み。あれは桃の想像を絶する破壊力だった。
自分が繰り出した技、制拳こぶし割りとは相手の突き出したパンチに合わせて自分の拳をぶつけることにより、相手の拳を破壊する必殺のカウンターともいえるものだったのだが……

「まさか、俺のほうが逆に壊されるとはな」

痛みを感じていないかのような涼しい笑みを浮かべながら、桃は己の左手を眺めた。
恐らく骨にひびくらいは入っていることだろう、明らかに右手と比べて大きく腫れ上がっている。
いくら利き腕ではないにしても、これはこれからを戦っていくにあたって致命傷となる可能性がある。

「……ま、男塾一号生筆頭としてこのくらいで泣き言を言ってちゃあ、みんなに笑われるだろうけどな」

そう言って、みんなの顔を思い浮かべる。冨樫や虎丸、Jに松尾などといった男塾の塾生たち。
果たしてこの世界に自分以外誰が飛ばされているのか見当もつかないが、きっとそれが誰であろうとも今頃気勢を吐いていることだろう。となれば自分も負けられない。
……ただ、それでも応急処置くらいはしておくべきだろう。休憩できそうなところに行き着いたなら、少しの間手当てもかねて休もう。
そういえばここに飛ばされてすぐに左之助と出会って喧嘩していたため、まだ荷物の確認すらしていない。
手当てのできるものや、武器は入っていないだろうか。できれば日本刀があれば言うことはないのだが……

「ところで坊主、俺に何か用かい?」

道路まで十分に引き付けてから、桃はさっきから自分の後ろをついてくる影に向き直った。
それは一瞬びくっと身体を震わせたが、逃げようとするそぶりは見受けられない。
恐らく尾行していたわけではなく、単にどう声をかけようか迷っていたのだろう。

「あ、あの……僕、殺し合いには乗ってないんですけど、あなたもそうですよね?」

何の根拠があってそんなことを言ってくるのかは知らないが、その少年はおずおずとそう口を開いてきた。
見たところ中学生くらいか。
大人しそうな顔立ちだが、それにしては巨大な星を連想させる、やけに奇抜な髪型をしている。天下の男塾ですらまず見かけないほどだ。

「ああ、たしかに俺はこんなくだらないことに付き合うつもりはないぜ」

その言葉に、ようやく少年はほっとしたように顔を緩めた。
男塾の連中やさっきの左之助といった血気盛んな奴らの相手ばかりしてきたせいか、こんな気弱そうな少年を相手にするのはどこか新鮮な気分だ。

「俺は剣桃太郎だ。桃でいいぜ」
「僕、武藤遊戯です……あの、突然ですみませんが」
「ん?」

この武藤というらしい少年は無防備にこちらに近寄ってくると、両手を体の前にかざすと、なにやら三角形のような形を描いてみせた。

「千年パズルっていうものを知りませんか?」


【B-3 道路上/一日目・深夜】
【剣桃太郎@魁!男塾】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式 不明支給品1~3個
【状態】:左拳損傷
【思考・行動】
1: パズル……?
2: 主催者打倒
3: そのために仲間を集める

【武藤遊戯@遊戯王】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式 不明支給品1~3個(本人確認済み)
【状態】:健康
【思考・行動】
1: 千年パズルを探す
2: 殺し合いには乗らない


「ぶはあっ!」

たまたま上着を着ていなかったことが幸いしたのだろう、危うく溺れかけたもののやっと左之助は湖の岸までたどり着くことができた。
地上に這い上がると、ずぶ濡れの髪を犬のようにブルブルと震わせて水しぶきを飛ばし、そして桃の姿を探す。
……が、どこにもいない。自分が湖であがいている間に立ち去ったのだろう。

「……ま、いいか」

腹や顔面とはいかなかったものの、一応相手に拳をぶち込むことができたのだ。とりあえずは良しとしよう。
湖の冷たい水のおかげであんなに熱かった頭もようやく冷えて、左之助は落ち着きを取り戻せてきた。
それにしても、ただ湖に飛び込むだけならまだしも荷物も巻き添えにしてしまったのは痛かった。
おかげで自分に支給されたであろう武器やら食べ物やらが全てパーだ。
武器に関しては己の拳があるからまだいいものの、食べ物は実に惜しい。
今となってはどんなものが入っているか確かめようがないが、それを想像するだけで腹が鳴る。
……だが、今更後悔しても遅い。
左之助は未練を断ち切るように右拳を軽く左の手のひらに叩きつけた。

「つっ!?」

途端、激痛が走る。
考えてみれば志々雄との戦い以来、二重の極みを使うと痛みを覚えるようになっていたんだった。
自分の右手にあまりに負担をかけすぎるため多用はするなとか何とか、恵が言っていた気がする。
それが先の桃との戦闘で、勢いとはいえ全力で打ち込んでしまった。となればこうなることも当然といえるだろう。
あの女の激怒する姿が目に見えるようだ。何か右手への負担を減らした上で戦える技でも考えなければならないのかもしれない。

まあ、いずれにしても今は疲れた。
これからのことも考えなければならないのだろうが、それは一度休んでからでも十分だろう。
気楽にそう考えて、左之助はゴロリとその場に仰向けになって寝転ぶと、敵に襲われるということも考えずに目を瞑る。

――すると、自然とある男のことが頭の中に思い浮かんだ。
自分がどうしてあんなにも苛立っていたのか、その原因ともいえる男。
桃と喧嘩して少しは落ち着いたとはいえ、やはりあいつのことを考えると機嫌が悪くなるのが自分でもわかる。
あいつは今でも、あの落人村で希望をなくしたまま緩やかな死が訪れるのを待っているのだろうか。
……いや、もう関係ない。既に喧嘩別れした後だ。
あいつが――剣心がどうなろうと、もう自分の知ったことではない。

左之助は不快な気分を切り替えようとしたが、嫌なことに限っていつまで経っても心に残る。
結局眉間にしわを寄せたまま、左之助の意識は深い眠りへと落ちていった。


【C-3 湖近くの草葉/一日目・深夜】
【相楽左之助@るろうに剣心】
【装備】:なし
【所持品】:なし
【状態】:上半身裸、右拳に痛み、疲労・中
【思考・行動】
1: とりあえず寝る
2: 色んなことは起きてから考える

【備考】
すぐ側に上着が落ちてます
人誅編で剣心と喧嘩別れした直後からきています


湖に、一つの袋が浮かんでいる。
波がないためにそれは決して移動することなく、ただ一所に停滞し続けている。
言うまでもなく、それは左之助がなくしたはずの支給品。
その中身の多くは他の参加者と同様、地図や食料といったものだ。
ただその中で一つだけ、異彩を放っているものがある。
四角錐の形を成した、首飾りのようなもの。
古代エジプトの王の魂が封印された、伝説の秘宝……千年パズル。
本来の持ち主が再び自身を手に取ることを夢見て、ただただ湖に浮かんでいる。


016:日中衝突事件 投下順 018:
016:日中衝突事件 時間順 019:盗賊について
初登場 相楽左之助 044:死ぬことと見つけたり
初登場 剣桃太郎 030:ヒソカの性欲×1stステージ×桃の決意
初登場 武藤遊戯 030:ヒソカの性欲×1stステージ×桃の決意