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小さな勇士



「もう一回死にな、負け犬」
「口の減らねえ木乃伊だ。二度と喋れないよう、地獄に叩き返してやる」

志々雄真実とロロノア・ゾロ。対峙する二人の間に、凝縮された剣気が膨らんでいく。
空気がびりびりと音を立てて痺れていた。狭い民家がより狭くなったような息苦しささえ感じられた。
立野広と天条院沙姫は、その緊迫感に圧倒され、声もなくただの彫像と化して動かなかった。
広にしても沙姫にしても剣の心得などないに等しかったが、
それでも自分達が動いた瞬間になにかが起こるのではないかという予感めいたものはあった。
志々雄とゾロから発せられる殺気はそれほどあからさまなものだった。
広はゆっくりと、睨み合う二人に障りないように、隣に佇立する沙姫のことを見上げた。
沙姫は綺麗な顔を歪ませて、それでも美しさだけはなんとか保ちながら、
持ち前のプライドの高さで恐怖に辛うじて耐えている。

「沙姫姉ちゃん……」

耳に残らないくらい小さな声で広はそっと囁いた。

「ヤバいよ、あいつら本気でやり合うつもりみたいだ」
「そうみたいですわね……」

言ってるうちにも空気はどんどん張りつめていき、一触即発の言葉通り、
指で触れれば破裂する薄いガラスの危うさを持ちはじめている。

「殺す……のかな……」
「…………」

沙姫はなにも言わなかったが、その沈黙が肯定を示していた。
ここで人が死ぬ――。目の前で人が人を殺す――。
広達に突きつけられた現実はひどく残酷だった。

「俺、やだよ……。人が死ぬとこなんて、もう見たくないよ」

そこには涙ぐむ幼い少年の姿があった。
恩師に死に逝かれ、人の死の寂しさや儚さを身に徹して知っている少年の嘆きは、切実で悲痛なものだった。

「ここにいたら、俺達もヤバいかもしれない」
「そうかもしれませんわね……」
「……沙姫姉ちゃんは逃げた方がいいよ」

広は涙を拭い、沙姫を真剣な眼差しで見つめた。
沙姫は驚いた表情でその視線を受け止めている。

「なにを仰ってるの? 私に逃げろですって?
 なら広、そういう貴方はどうするおつもりなのですか?」
「俺は……俺は逃げるわけにはいかないよ。あの怪我してる奴に助けられたってのに、
 あいつに木乃伊男のこと任せたまま俺が行けるわけないだろ。俺もあいつと一緒に戦う」

広は志々雄を睨み付けて強がった。
腕は痛み、声は上擦り、膝は笑っていたが、それでも眼だけはしっかりと志々雄を射抜いていた。
死んだぬーべーが安心できるように強くあらなければと、広は胸の内で自分を叱咤する。
剣気を張ったままのゾロが口を開いた。

「さっきからなにゴチャゴチャ言ってやがる。ヒロシ、お前がいると足手まといになるだけだ。
 その女を連れてとっとと失せろ。こんな木乃伊くらい、俺一人で充分だ」
「言ってくれるじゃねえか。クククッ……志々雄真実も安く見られたもんだなあ。
 もっとも、三人がかりだって俺は一向に構わねえんだぜ?」

志々雄は白刃を肩に担いで薄く笑った。
志々雄が見せた一瞬の隙。刹那の余裕――。
薄いガラスの層がたわむ。
ゾロはすかさず構えをとった。

「無刀流――――」

腰を落として両腕を広げるゾロ。
極限まで高められていた剣気がその瞬間に一気に破砕した。
広や沙姫に口を挟む暇はなかった。

「――――龍巻き!!」

轟という唸りを上げて、ゾロの前に風が逆巻く。同時に、その風が志々雄に襲い掛かった。
風は竜巻となり、そこらに散っていた家具や小物らを志々雄ごと飲み込んだ。
烈風の渦は飲んだものをその胎内で次々に粉砕していく。
部屋の中は正に嵐の通過した乱雑さを極めた。

「今だ、行け、ヒロシ!!」

ゾロが大声を張ると、広の身体は呪縛が解かれたように軽くなった。
広は命ぜられるがまま、まだ呆然とする沙姫の手を取って引いた。

「沙姫姉ちゃん!」

動こうとしない沙姫の手を無理矢理引っ張り、玄関へと走る。

「大したことねえんだな、世界一の剣豪ってのもよ」

勢いの弱りはじめた竜巻の中から志々雄の声がした気が、広はけして振り返らなかった。
広と沙姫はゾロ達を残して民家を飛び出した。


   ◆ ◆ ◆


「なんで逃がしちまうんだよ。一人ずつ殺るのが面倒になるだけだろうが」

無刀であったからとはいえ、ゾロの剣技『龍巻き』を耐え抜いた志々雄は、
まるで柔らかなそよ風に撫でられたかの如く平然としていた。
共に巻き込まれた椅子やテーブルがただの木片と化しているのに、
龍巻きの中心にいたはずの志々雄だけが僅かに衣服を乱した他はかすり傷すら負っていなかった。
これはいよいよ本物の木乃伊だと、ゾロは思った。

「まあいいじゃねえか。俺がお前の相手してやるってんだからよ」
「大層な自信じゃねえか。さすがは自称世界一ってわけか。
 だがよ、一つ言っとくが、俺は相当強ええぞ」
「安心しろ。俺はもっと強ええんだ」
「ハッハッハ! そいつは面白れえ! 願ったり叶ったりだぜ。
 ――んじゃ、そろそろおっぱじめるとするか?」

志々雄は白刃を振った。
刃は暗い部屋の中にもかかわらず、窓から射し込む淡い月明かりを映して、
妖しく、そして艶かしく煌めいた。
鞭のようなしなやかさを持つこの刀は、さしずめ白鱗の大蛇といったところだ。

「ちょっと待て」

ゾロは今にも躍り掛からんとする志々雄に向かって片手を翳した。

「おいおい、今更勘弁しろなんて言うんじゃねえだろうな」
「いや、こいつを巻かないと、いまいち気合いが入らねえんだ」

そう言って、ゾロは腕に巻かれた黒手拭いを解き、それを固く頭に締めた。
目深に巻いた手拭いは、ゾロがそれだけ本気になったという証だった。

「これでいい。さあ、いっちょやるか、木乃伊男さんよお――」


◆ ◆ ◆


「どうして!? なぜ逃げ出したんですの?
 貴方、あの方と一緒に戦うって言ってたんじゃなかったんですの?」

夜気は冷たく澄んでいた。
群青の空には数多の星が白い穴を穿っており、月は丸く照っていた。
地上の木々は蕭々と鳴っていたし、遠く黒いシルエットを型どった城は荘厳に見えた。
穏やかで、とても厳かな夜だった。
沙姫はその深い群青の空の底で、自分を表に連れ出した広を責めた。
あのままではゾロは志々雄に殺されてしまうことだろう。
ゾロがどれほど強かろうと、どれほど勇敢であろうと、どれほど戦い慣れしていようと、
武器も持たない傷ついた身体であんな化け物に勝てる道理はなかった。
例え一時の付き合いといえど、自分達を助けてくれた人が殺されるのはいい気持ちがしない。
自分がいたところでなにができたわけでもないし、実際足手まといになっていたかもしれないが、
それでも逃げ出すような卑怯なことだけはしたくなかった。
なのに、広は背中を見せた。戦うと言っていたくせに。
小学生なんだから怯えたところで無理もないと思っても、沙姫は広の行動が許せなかった。

「私、中に戻りますわ。戻って無用な争いを止めてきます」
「駄目だ、それは絶対駄目だ」
「いいえ、駄目じゃありません。私があの人達を止めてみせます」
「だから駄目だって! 沙姫姉ちゃんが行ったところでどうにもなんないよ」
「心配してくださってるの? 安心なさい、私の美貌にかかれば、あの方達だって必ず言うことを聞くはずですわ」
「それはもう無理だったじゃんか」
「そ、それは……。ともかく、広はここにいなさい。私は中に戻ります」
「駄目だ。行くのは……行くのは俺の役目だから」

広はそう言って、出てきたばかりの民家に引き返していった。

「沙姫姉ちゃんはそこで待っててくれよ。危ないから動いちゃ駄目だからね」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。貴方一人に戻らせるわけないでしょう。私も行きます」

沙姫は慌ててあとを追おうとした。
だがそれを立ち止まった広が阻んだ。

「沙姫姉ちゃん、頼むよ。俺の言うことを聞いてくれ」
「でも……」
「俺なら平気だから。本当に、こういうのには慣れてるんだ。
 大丈夫、パパッと木乃伊を追っ払って、絶対あの人連れて戻ってくるから」
「広……」

最初から広は自分を置いて戻るつもりだった。それを知って沙姫は胸が詰まった。
まだ年端も行かない子供が自分のことを心配してくれている。
美しいことはなんて罪なのだろうと、沙姫は改めて感じた。

「そこまで私のことを……」
「別に沙姫姉ちゃんのためだけってわけでもないけどな。
 ぬーべーなら沙姫姉ちゃんのこと守っただろうし、怪我してる奴を見捨てたりはしないから。
 だから俺もぬーべーと同じことをするだけだ」

自分より年下の少年が頼もしく見えた。
沙姫は自分も駆け出したくなる衝動を押さえて、小さな背中を見送った。


   ◆ ◆ ◆


闇に白蛇が蠢いている。
蛇が走るたびに夜目にも鮮やかな鮮血が虚空に散った。

「ガッカリだな、もうちょっと歯応えがあるかと思ったんだが」

膾に切られ血だるまとなったゾロに、志々雄はため息混じりに吐き捨てた。
自ら再戦を臨んできたゾロにある程度の期待を持っていた志々雄だったが、
一方的とも言える展開にいささか飽きはじめている。

「チッ……刀さえあれば、こんな奴……」
「なんだ、もう言い訳か? 世界一の名が聞いて呆れるぜ」
「クソ……」

ゾロが顔をしかめるのを、志々雄は薄く笑って眺めている。
今なら簡単にとどめをさせるはずなのに、志々雄は何故かそうしようとはしなかった。

「まあ、テメエの気概は買ってやる。女子供を先に逃がし、尚且つ獲物もなしに一度は負けた俺に挑んできんだ。
 大したもんだ。我が身可愛さを思えば、なかなかできることじゃねえよな。
 ……どうだ、俺と一緒に国取りでもやらねえか? お前なら十本刀――いや、十一本になるのか。
 とにかく、そいつに加えてやってもいい。完全なる勝利ってもんを間近で味あわせてやれるぞ」

志々雄は半ば本気で言っている。
無論、半分はゾロのような反骨心の塊が言いなりになるとは思っていなかった。
それでも言うだけの価値はあると、志々雄はゾロを評価した。

「生憎だが、俺はもう売約済みだ。国取りだかなんだか知らんが、そんなことやってる暇はねえ。
 海賊王になるって言ってる馬鹿な男に付き合うだけで手一杯なんだ」

案の定の答えに、志々雄は満足気に頷いた。

「ククッ。そう言うと思ったぜ。――じゃあ、ここらで終いにするか」

もうこれ以上ゾロを生かしておく理由はない。
所詮この世は弱肉強食。強き者が残り、弱き者が死ぬ。
ゾロもまた食われる運命にあったということなのだろう。
志々雄が刀を八相に構えた。ゾロは片膝をついたまま動かなかった。

「お前は刀を持ってれば俺に勝てると言ったな? ククッ、そいつは違うぞ。
 いいか、最期に教えといてやる。刀を持ち合わせなかったこと自体がお前の実力なんだよ。
 本当に強い奴は、望むものを自ずと引き寄せるもんだ。
 それができなかったということは、お前がその程度でしかなかったってっことなんだよ」

八相から大上段に構えを移し、志々雄は刀を振り被った。


   ◆ ◆ ◆


広が駆けつけると、既に決着がつきかけているらしかった。
血まみれで床に膝を着くゾロ。そして余裕さえ浮かべて刀を取る志々雄。
誰の眼にも結果の行方は見えたようなものだった。

「南無大慈大悲救苦救難……!」

頭でじっくり考えてる時間はない。
広はさっきは唱えられなかった経を無意識に口にし、二人が向かい合う部屋に飛び込んだ。

「悪霊退散!!」

と同時に、なんでも斬れるという謳い文句のカプセルを、志々雄の足下に思いきり投げつける。
無我夢中の行動だった。それでどうにかなるとは思ってもいなかった。
だがどうだろうか。さっきまで擦っても叩いてもどうにもならなかった小指ほどのカプセルが、
落下するや否や手榴弾よろしく軽い爆発音を立てて蒙々たる煙を巻き上げたではないか。
爆発と共に榴弾を飛ばすことこそなかったが、代わりに、中から馬鹿長い大剣が現れた。
その大剣は本当に長く太く、切っ先は壁を突き破り外にまで伸びていた。

「な、なんだ……?」

投げた当の広も困惑したが、突然そんなものを足下に投げられた志々雄も、目の前に剣が湧いて出たゾロも、
一瞬なにが起こったのかと声を失った。
投げるときにスイッチのようなものを押したのがよかったのか、
それとも見よう見まねの経が霊力を伴ってカプセルの力を発揮させてくれたのか、
はたまた死せるぬーべーが力を貸してくれたのかは定かでなかったが、
とにかく今は感慨に耽る余裕はなく、この好機を逃すまいと広は全身を口にして叫んでいた。

「それ使って!」

広が言うより先に、ゾロはもう柄を握っていた。

「ありがてえ」

ゾロは水を得た魚のように嬉々として笑顔を見せた。
だが大剣は当然のことながら重いらしく、そう簡単には持ち上がらない。
ましてゾロは致命傷こそ負っていないものの全身には志々雄によってつけられた傷が無数に走っている。
傷が負担となっているのは言うまでもなかった。

「とんだ邪魔が入いっちまったな」

志々雄は興が醒めたと言わんばかりに刀を引いた。
ゾロのことは捨て置いて、まずは広に向き直る。
広はそれだけで腰が砕けそうになった。明らかに志々雄が怒っているのがわかったからだ。
そして広はその志々雄の怒りに対する術を持たなかった。

「小僧、引き返してきたことをあの世で後悔しても遅えんだぞ」

志々雄が一歩ずつ広に近寄ってくる。
近づくごとに圧力で胃が押さえつけられるようだった。
広は込み上げる吐き気を懸命に堪え、なんとか後ろにだけは下がるまいと下半身に力を入れた。
だが、広の眼に映る志々雄は強大だった。
いくら踏ん張ろうとも、身体が志々雄の近づくのを拒絶していた。
目眩を起こしそうな冷気が背中へ忍び寄ってくる。

「お、お前なんか怖くないぞ! お前なんか……お前なんか……」

語尾が小さくなる。
どうにもならないプレッシャーに大袈裟なぐらいの震えが起き、
自分でも気付かないうちに小便を漏らしていた。
いつものように二階から垂れる心地よさなど感じられない。
股を濡らして感じるものは絶対的な恐怖と、完膚なきまでの敗北感――。
それはこれまでぬーべーと戦ったどの妖怪よりリアルな恐怖だった。

「う……うわあぁぁぁ!!」

広はじっとしていることができず、奇声を発しながら志々雄に突っ込んだ。
勝算などあるわけがない。ただ怖いから動かずにいられなかっただけだった。

「身のほども知らねえのか……弱者め!」

無謀な突進を試みる中、自分に向けて白い蛇が伸びてくるのを、広は瞬きもせず見ていた。
それは生き物ではなく、紛れもない鋼の刃だった。


   ◆ ◆ ◆


「ヒロシ!!」

ゾロは志々雄が広の首を薙ぐのをはっきりと見た。
広の細い首から噴水のように血潮が吹いてゆく。
それからゆっくりと、まるでスローモーションの速さで広が倒れ込むまで、
ゾロはけして視線を逸らさなかった。

「ぬぅ……ぐぐぐっ……ふんぬ……」

剣は重たかった。身体中の傷が疼いた。
だがもうそんなことは言ってられない。広のお陰で得物を手にすることができたのだ。
ゾロは剣を握る腕に満身の力を込めた。
二の腕と肩の筋肉が隆々と盛り上がり、脈打つ血管が浮き出る。
破れた皮膚のそこかしこから血が溢れ出た。

「強い者が生き残り、弱い者は消えていく。それが自然の摂理ってやつだ。
 ――なあ、そうだろ? 剣豪さんよお」

転がる広をまるで虫けらのように一蹴りし、志々雄はゾロに言った。
広は一切動かなかった。
志々雄の足下にはぬめりを帯びた赤い海が広がっていた。

「……っるせえ!!」

その瞬間、なでしこの剣が民家の壁を切り裂きながら志々雄に牙を剥いた。
ゾロが遠心力を利用してなでしこの剣をして振り回したのだ。
剣は刃に当たるものすべてを裂いていく。
だが、肝心の志々雄だけは捕らえられない。
凄まじい刃風を引きながら、剣は誰もいない空を舞った。

「この程度か……!?」
「三十六煩悩鳳!!」
「なっ……」

跳びすさる志々雄を、ゾロの三十六煩悩鳳が追い討つ。
剛刀から繰り出された三十六煩悩鳳は、唸りを立てて志々雄に直撃した。
志々雄はその勢いに押されて、なでしこの剣が斬った壁を突き抜けて外に吹き飛んだ。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

初戦での傷。二戦目に受けた傷。重く扱いにくい大剣。
ゾロの疲労は激しかった。
今にも倒れそうだった。それでもゾロは倒れなかった。
広に歩み寄ると、そのぐったりとした身体をそっと抱き起こす。

「ヒロシ……」

既に息はなかった。
『ぬーべー』と叫んでるかのような口の形を残して、広から生が抜け落ちていた。
ゾロは開いたままで光を失っている広の瞳を静かに閉じてやった。

「馬鹿野郎が……」

歯を食いしばってゾロが言う。
しかし言葉に蔑みの色はなかった。

「……でも、お前のお陰であの木乃伊を倒すことができたんだ。
 ありがとな、ヒロシ。充分強かったぞ、お前」

ゾロは小さな勇士を讃えた。

【立野広@地獄先生ぬーべー 死亡】


   ◆ ◆ ◆


民家から数メートル離れた場所で、志々雄は倒れていた。
意識はある。しかしダメージは大きかった。
初太刀をかわしたことで満足し、そのあとの攻撃への対処に遅れたのは己の怠慢だった。
もし受け流すか、或いはすぐさま反撃の体制を取っていたならば、こうはならなかったろう。

「まだ身体が鈍ってやがるのか……。まったく、ザマぁねえぜ」

志々雄は自嘲気味に呟いた。それから手を胸へと持っていく。

「……肋三本ってところかな」

それが代償だった。
痛みは鋭い。呼吸をするたびに肺腑を抉られるようだった。
だが全身を業火に焼かれることを思えば、この程度たいしたことはない。
志々雄はゆっくりと立ち上がった。

「禍根は絶たなきゃならねえな」

まだ身体が動くことを確かめると、自分が開けた穴に足を向けた。
しかし、志々雄が再び民家に足を踏み入れることはなかった。

突然ミシミシと音を上げて、民家が崩れだしたからだった。
一旦崩れるとそこからは早く、自身の重みを支えきれなくなった民家はあっという間に潰れた。
辺りは粉を撒いたような埃に覆われ、自分の足の先すら見えない。
おそらく壁を断つときに柱の何本かも一緒に斬ってしまったのだろう。
そして壁に穴が開いたことで家全体の比重が狂った。
支えを失った建物が瓦解するのは呆気ないほど簡単だった。
志々雄はしばらく砂塵の中にいたが、やがてくるりと踵を返した。

「生きてれば、いずれまたな」

志々雄はそう言って、その場をあとにした。


【D-3 何処かの民家/一日目 深夜】

【志々雄真実@るろうに剣心】
【装備】:薄刃の太刀@るろうに剣心
【所持品】:支給品一式、不明支給品2個本人確認済み
【状態】:肋骨数本の骨折
【思考・行動】
1:一介の剣士として殺し合いを楽しむ。
2:ゾロが生きていれば再戦を果たす。


   ◆ ◆ ◆


沙姫はおろおろするばかりだった。
広が民家に戻って数分が経つ。
まだほんの数分に過ぎなかったが、外で待たされる身としてはそれが数十分にも数時間にも感じられた。
行かせるべきではなかった。やはり自分が行くべきだったと、後悔の念が沙姫の中で渦巻く。
なんと言っても広はまだ小学生なのだ。
そんな子供を一人にして、なにかあってからでは遅いのである。
広がどう拒もうと、やはり自分が行けばよかった。
そうすれば少なくともこんなところでやきもきしなくて済んだわけだ。

「どうしましょう……」

玄関に手を掛けて一人悩む。
もしかしたらもう広達が出てくるかもしれない。でも、出てこないかもしれない。
行くのは怖い。この扉の向こうは魔窟に続く深淵のようにさえ思えた。
この美しさでは、魔窟に住まう異形の者達をも魅了してしまうだろう。
沙姫は身の危険と共に、自分の美の及ぼす影響についても恐ろしくなった。
沙姫が逡巡していると、前触れもなく裏手から耳慣れぬ音が上がった。
けたたましいそれは、なにかを引き摺るようにも引き裂くようにも聞こえた。
そして続けざまに今度は破壊音が裏手からした。

「なん……ですの……」

沙姫は益々躊躇った。
戸を開け中に入るか、裏へ回ってみるか。それとも大人しくここで待っているか。
じりじりとした時間が過ぎる。掌にはいつの間にかべっとりと汗を掻いていた。
そのうちに沙姫は異変に気付く。
どうも様子がおかしい――。そう思った途端に家が崩れだした。
まるで映画でも観ているようだった。一つの建物が腹に響く音を立てて崩れ落ちていく。
あまりの唐突さと迫力に、沙姫は鑪を踏むようにして後ろに尻餅を突いた。
幸い、沙姫の方へ建物が倒れることも、屋根の一部が落下してくることもなかったが、
沙姫は頭の先から足の先まですっかり埃にまみれてしまった。
灰を被ったようになっても、沙姫の美しさは損なわれたりはしなかった。

「え……? どうなってるんですの……? 広……広は……?」

眼も開けられぬ粉煙の中、家が建っていたところに向かって呆然とする。
なにがどうなってしまったのか、何故急に崩れたのか、沙姫には見当もつかなかった。

「広……広……広……。返事をなさい、ひろしー!!」

瓦礫を一つずつどかして、沙姫は埃に噎せながら少年の名を呼ぶ。
耳はさっきの轟音で痛いくらいに鳴っていた。
どこかで「沙姫姉ちゃん、助けて」と言われてるような気がしてならなかった。
沙姫は真珠のような爪が剥がれるのも厭わず、瓦礫を掘り返していった。

「待ってなさい、広。今私が助けてみせます……!」

沙姫は必死だった。

「――――すまねえ、ヒロシならここだ」

声が聞こえたのは、沙姫が掘り返しているところよりずっと離れたところだった。
沙姫がはっとなって振り向くと、ボロ雑巾になったゾロが広を抱いていた。
ゾロの腕に抱かれた広は、物言わなくなっていた。


【D-3 何処かの民家/一日目 深夜】

【天条院沙姫@ToLOVEる】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式、不明支給品本人未確認
【状態】:健康
【思考・行動】
1:ゾロを介抱し、何があったのか事情を訊く。
2:警察に連絡する、救急車を呼ぶ。
3:屋敷に帰る。

【ロロノア・ゾロ@ワンピース】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式、不明支給品3個本人確認済み(刀剣類はありません)
【状態】:全身数十箇所に及ぶ裂傷 極度の疲労
【思考・行動】
1:身体を休め、傷を癒す。
2:仲間を探す。

※ゾロは志々雄を倒したと思っています。
※広の支給品は広の死体と一緒(ゾロの腕の中)にあります。
※なでしこの剣は瓦礫の下に埋まっています。


023:聞く耳持ちません 投下順 025:見よ!塾長は紅く燃えている
021:笑えよ 時間順 018:
006:はじまり 立野広 死亡
006:はじまり 天条院沙姫 036:えっちぃのは嫌いです
006:はじまり ロロノア・ゾロ 036:えっちぃのは嫌いです
006:はじまり 志々雄真実