お昼と深夜の映画館6

    

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「奴らを高く吊せ」――法の行方


  マカロニ・ウエスタンで名を上げてから、アメリカに帰国してのクリント・イーストウッドの西部劇。
  牛泥棒に間違えられ、縛り首のリンチにあった主人公が、保安官となって、私刑を行った者たちを追って行く。
  主人公の視野は私的な復讐から、法の公正な執行に向かって行く。しかし、主人公を保安官に任命した判事は、乱暴な判決を下し続け、やたらと縛り首にするのをやめない。
  判事はその地域が州に昇格すれば判事も増えて、もっとキメ細かい法の執行ができる。それまでは現状で行くしかないのだと言う。
  ラスト・シーン、主人公は答えを出せないまま、犯人逮捕の旅に出る。
  セイモア・ハーシュの『アメリカの秘密戦争』(ひどい邦題だと思う。原題は『命令系統』。ここのところやたらと出ている反米本とはひと味違う)を読んでいたら、アメリカがアフガンで捕まえた人たちを収容している、キューバのグアンタナモ収容所での訊問を準備した陸軍予備役少将マイケル・ダンラビーが、ペンシルベニア州判事でもあるという記述があった。
  グアンタナモに収容された人たちは、国際法が適用される捕虜ではなく、アメリカの国内法が適用される犯罪者でもない。いかなる法規も適用されずに、ひどい目にあっている。
  イラクでの米軍の囚人虐待が発覚し、大問題となったアブグレイブ刑務所の原点が、グアンタナモと言われている。
  ダンラビーが判事であるというのは、「奴らを高く吊せ」のあの判事が、今も活躍しているのと同じだ。そして、あの保安官は、ラストシーンから抜け出して、今でも旅を続けている事になる。
  アメリカは今でも「奴らを高く吊せ」の状態のままなのだ。そして、今では、その状態は私たちにも関わりのあるものとなっている。
  グローバリゼーションによって、私たちの法も、アメリカの法に連結されようとしているのである。
2004.12.23
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