同宿に

    

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 与謝野鉄幹に

同宿に窪田通治の歌をめでて泣く人みたり浪花江の秋

あいやどに
くぼたつうじの
うたをめでて
なくひとみたり
なにわえのあき

 という歌があります。
 窪田通治は窪田空穂(うつぼ)の事で、その歌は、


死なんとぞしつつもあはれうれしげの笑顔見するか父と母とに

しなんとぞ
しつつもあわれ
うれしげの
えがおみするか
ちちとははとに


笑ふより外はえ知らぬをさな子のあな笑ふぞよ死なんとしつつ

わらうより
ほかはえしらぬ
おさなごの
あなわらうぞよ
しなんとしつつ


この父を怠けものとぞなしはててわが子のなつ子墓に隠るる

このちちを
なまけものとぞ
なしはてて
わがこのなつこ
はかにかくるる

 などの作品かと思います。胸を打たれる歌です。不覚(おぼえずではなく、ふかくです)をとるに決まっているので、人前では読まない歌です。
 他の作品では、


其の子らに捕へられむと母が魂蛍となりて夜を来たるらし

そのこらに
とらえられんと
ははがたま
ほたるとなりて
よをきたるらし

 という情緒を歌う人です。
 また、


親達のいまさむ界に往くべくはよからむと思え愉しくはあらず

おやたちの
いまさんさかいに
ゆくべくは
よからんとおもえ
たのしくはあらず


われ死なば泣くらむ二三の者あるにこころ惹かれて延命を恋ふ

われしなば
なくらんに
さんのものあるに
こころひかれて
えんみょうをこう

 などの作品も好きです。ものすごく真剣に死ぬ事と向かい合ってしまった人の心のありようです。伝記的な事は何ひとつ知らないのですが、それでも、生活を包む空気に微粒子となった死が漂う感覚があります。
 その微粒子が少しずつ、丸くなっていくのですが、やはり胸を刺し続けます。


妻が蒔ききし椿の実椿の木となりて濃紅白たへ花あまた咲く

つまがまきし
つばのみ
つばのきとなりて
こべにしろたえ
はなあまたさく

 という歌も好きです。死ぬことも生きることも寂しいですが、いたわりあい、思いやりあう気持が、それをやわらげてくれます。
 少しやわらげてくれると、大きく、深く、助かります。



2006.4.22















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