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(1542~1596)安土桃山時代の武将。名は正成。父・保長の代から松平家に仕え、十六歳で伊賀の忍び六、七十人を率いて初陣を飾った。また、本能寺の変の際には、伊賀甲賀の衆を率いて徳川家康の警護にあたり、無事に家康を堺へ落ち延びさせたという。


信玄忍法帖

家康より武田信玄山本勘助の生死確認の命を受け、配下の九人の伊賀忍者を派遣した。

妖説五三ノ桐

息子の不始末の責めを負って姿を消し、既に死んだと思われていたが、西念居士の名で現れ、娘のほしを遣わした。その身は甚だしく縮み果てているが、腕にはあらゆる物を打ち砕く金剛ノ術法が備わっている。術法の期限が来て命尽きようとしている真田幸村と対決し、相討ちとなって消えた。

西海水滸伝

天下幽明の境を徘徊する異相の老人。猿飛佐助霧隠才蔵に勝るとも劣らない人知を超えた達人であり、影を持たない。豊臣秀頼一党の真意を探るため、南光坊天海からの依頼で九州に向かう。

忍者旋風

家康の隠密団首領。狼を自在に操り、磁石製の鉄扇で手裏剣を防ぐ。石川五右衛門の一味に潜入していた際に竜煙の書を発見、争奪戦に加わる。が、実際に動いたのは影武者の犬丸半蔵であり、自身は家康の身を守っていた。時代的に初代半蔵と思われる。

藤丸地獄変

父・保長と共に甲賀忍軍を率いる青年。木の葉を操る術を得意とし、争いを嫌い信義を重んじる好漢。藤丸同様だまされていたが、やむなく藤丸と対決した。後に父の死と共に自由となり、藤丸らと共に戦う。戦いが終わった後は甲賀忍軍を再建、家康に仕えて全国を統一し、記録から忍者の存在を抹消しようとしたという。




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