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海。 自分が広島に来る前は、よく海に行ったもんだ。特に用が無くても。 北陸地方に属する富山県出身の浅井樹(6)は、海を見ながら故郷の事を考えていた。 「こんなだらみたいなことあっか?」 その一言に浅井は今の感情・状況など全てを収縮していた。 「だら」、とは、富山弁の代名詞とも言える言葉だ。 標準語に直すと「馬鹿」という意味で、富山県民の喧嘩では3秒に5回ほど─さすがにそれは誇張か─いや3秒に1回は出るかもしれない。 まぁ、勿論喧嘩だけに使うものではない。人の奇行を笑ったり、ありえない状況に苦笑したり、様々な状況で使われる言葉である。 『チームメイト同士で殺し合いをする』 信じられない事だった。信じられない事だからこそ、浅井は誰かに「こんなだらなことないちゃ~」とでも言ってほしかった。 しかし、受け入れるしかないのだ。この状況を。現実を。 「あ、そういや武器見てなかったな」 浅井はディバックを開けると、すぐに目に入った何かを取り出した。 細長いその物体に巻かれた白い布を少しずつ剥がしていくと、銀色に光る刃が姿を現した。 「包丁…」 普通の包丁よりはやや細身なそれは、刺身包丁だった。 _これで仲間を活け造りにしろってか?冗談じゃねぇ。これは魚を下ろすもんだろーが!  もうすぐ冬だ。冬といえば寒鰤。朝とれの鰤をこの包丁で刺身にして、緒方さん一家に食わせてあげたいもんだ。  …あ、でも駄目か。緒方さんの娘はまだちっちゃいからな。小さいうちから富山の魚を食わせたら舌が肥えてしまう。 浅井は富山の海の幸の味を思い出すと、バッグの中のまずそうなパンを見て溜息をついた。 _もっとマシな物をよこせよ。たとえばますのすしとかさぁ…。 富山県を代表する土産物、ますのすし。 県外のデパートでも催される「全国駅弁フェア」などで売られるほど有名だ。しかし、あんなものは邪道だ。 あぁいうのは全体的に薄い。やはり富山で売っているものでないと… そんな事をぼんやりと考えていた浅井だったが、ふと学校を出た時のことを思い返した。 _…俺はなんで、緒方さんが出てくるまで待ってなかったんだ… やや一匹狼なところのある緒方ではあるが、浅井とは親しかった。それに緒方の出発順は浅井の次。…だが怖かった。 木村一喜の『今』の姿が頭から離れず、ぼやぼやしていれば自分もすぐにあぁなるかも…、という不安がどうしても拭えなかった。 学校から出るや否や、道も知らない大地をひたすら駆け抜けた。 そしてこの海岸に辿り着いた。おかげで誰とも会うことなくここまできてしまった。 浅井の出発順はかなり早い。前には5人しかおらず、特にゲームに乗りそうな選手もその中にはいないと思っていた。 緒方とタッグを組めていたら、これほど心強い仲間はいなかったというのに…と、 襲われる事に怯えてすぐに学校近辺から逃げ出してしまった事を、今更になって深く後悔した。 _しかし、あの人はどうするんだろうな…? 緒方の現在について考えてみた。緒方は果たしてこのゲームに乗るつもりなのだろうか。 もし緒方が自分に銃を向けてきたら、自分はどうすればいいのだろうか。そう自問した。 _説得するか? だが、「絶対に緒方だけは怒らせてはいけない」と、先輩の野村や金本からも散々言われてきたほどだ。 もし緒方が冷静さを失っていれば、自分の言う事など全く聞かずに獣のように襲い掛かってくるかもしれない。 _そうなったら俺は一喜… _!! 頭の中に浮かびかけた最悪の状況を必死に消そうと、首を激しく横に振る。記憶が飛んでしまうほどに激しく。 浅井としては、このありえないゲームに関する記憶まで全て消えてくれればいいと思った。 …しかしそんな事をしていても始まらない。首を振るのを辞め、落ち着くために深呼吸をしてみた。そして再び脳を動かす。 _それなら、どうする…? 首の振りすぎで脳神経が働いていない気もした。 実際、何も考えたくなかった。 _…なんだ、これ? その時浅井は、刺身包丁についていたらしきメモがバッグの中にあることに気づいた。メモにはコンピューターで印刷されたであろう綺麗な文字で短い文章が書いてあった。  これは試合です。  生き残れば、あなたは勝者。死ねば、あなたは負け犬。  今生まれ変わる広島カープは、勝者のレギュラーを確約します。  この試合に勝利できた強者ならば、必ずや輝かしい成績を残すスター選手となることでしょう。  さぁ、この包丁でライバル達を活け作りにしてやりましょう! 「レギュラー…?」 入団して以来ずっと、浅井は確たる地位を築いていなかった。 代打の切り札、と言うと格好はいいが、裏を返せば毎試合控え選手だということだ。 _俺が…レギュラーになれる? 外野手として入団したが、同期の前田に抜かれて内野手になった。 しかしファーストとしても、若手や外国人にレギュラーを奪われて─まぁ、新井なんかは監督の贔屓が明らかだったが─ レギュラーに定着することはなかった。 入団して以来掴めなかった地位が、手に入るということなのだろうか。 _代打専門の浅井樹が、レギュラーに…? 心のどこかでは、生きて帰ってもおそらく自分は今まで通りの代打要員なのだろうという諦めがあった。 たった一つの単語が、つい先ほどまでは全くもって正気だった浅井の思考回路を一気に狂わせた。 もはや心の奥底から湧き上がってくる感情を抑えきれなかった。包丁を握る左手が小刻みに震える。 _欲しい。その地位が。…欲しい。何よりも欲しい。 バットを振るときのように集中し、包丁を持った左手を本気で振ってみた。夜闇の中で、銀色の刃が怪しく光る。 _俺は、もう負けたくねぇ。 刃に自分の顔がかすかに映っているが、その顔に満ちた狂気は本人には見えていない。 _俺は、何人殺してでもこの試合に勝つ。 浅井は支給された水を飲んで喉を潤すと、「試合」の支度を始めた。 _絶対に殺しておかなければいけない奴は…誰だ? 浅井がこのゲームの参加者を思い出そうとすると、真っ先に一人の男の仏頂面が浮かんだ。 _…そうだ、お前は俺の手で必ず活け作りにしてやる。お前がいなかったら俺はこんなに苦しむことはなかったんだ…! 10代で一軍に定着し、今やカープ不動のレギュラーになっている、その男の顔が。 _新チームでスターになる俺にしたら、お前は邪魔だ。チームの顔は一人でいい。 若い頃からメディアに注目され、今やカープで最も知名度・人気のある選手になった、その男の顔が。 _誰が相手になろうと、タイマンなら俺は負けねぇ。勝負所での集中力なら、俺はチーム内ではNO.1だからな。 今ここで、チーム一の集中力を持つ男がゲームに参戦した。 マーダー、浅井。背番号、6。 【生存者残り41人】 ---- prev [[11.月に吠える]] next [[12.渇望]] ---- リレー版 Written by ◇富山
海。 自分が広島に来る前は、よく海に行ったもんだ。特に用が無くても。 北陸地方に属する富山県出身の浅井樹(6)は、海を見ながら故郷の事を考えていた。 「こんなだらみたいなことあっか?」 その一言に浅井は今の感情・状況など全てを収縮していた。 「だら」、とは、富山弁の代名詞とも言える言葉だ。 標準語に直すと「馬鹿」という意味で、富山県民の喧嘩では3秒に5回ほど─さすがにそれは誇張か─いや3秒に1回は出るかもしれない。 まぁ、勿論喧嘩だけに使うものではない。人の奇行を笑ったり、ありえない状況に苦笑したり、様々な状況で使われる言葉である。 『チームメイト同士で殺し合いをする』 信じられない事だった。信じられない事だからこそ、浅井は誰かに「こんなだらなことないちゃ~」とでも言ってほしかった。 しかし、受け入れるしかないのだ。この状況を。現実を。 「あ、そういや武器見てなかったな」 浅井はディバックを開けると、すぐに目に入った何かを取り出した。 細長いその物体に巻かれた白い布を少しずつ剥がしていくと、銀色に光る刃が姿を現した。 「包丁…」 普通の包丁よりはやや細身なそれは、刺身包丁だった。 _これで仲間を活け造りにしろってか?冗談じゃねぇ。これは魚を下ろすもんだろーが!  もうすぐ冬だ。冬といえば寒鰤。朝とれの鰤をこの包丁で刺身にして、緒方さん一家に食わせてあげたいもんだ。  …あ、でも駄目か。緒方さんの娘はまだちっちゃいからな。小さいうちから富山の魚を食わせたら舌が肥えてしまう。 浅井は富山の海の幸の味を思い出すと、バッグの中のまずそうなパンを見て溜息をついた。 _もっとマシな物をよこせよ。たとえばますのすしとかさぁ…。 富山県を代表する土産物、ますのすし。 県外のデパートでも催される「全国駅弁フェア」などで売られるほど有名だ。しかし、あんなものは邪道だ。 あぁいうのは全体的に薄い。やはり富山で売っているものでないと… そんな事をぼんやりと考えていた浅井だったが、ふと学校を出た時のことを思い返した。 _…俺はなんで、緒方さんが出てくるまで待ってなかったんだ… やや一匹狼なところのある緒方ではあるが、浅井とは親しかった。それに緒方の出発順は浅井の次。…だが怖かった。 木村一喜の『今』の姿が頭から離れず、ぼやぼやしていれば自分もすぐにあぁなるかも…、という不安がどうしても拭えなかった。 学校から出るや否や、道も知らない大地をひたすら駆け抜けた。 そしてこの海岸に辿り着いた。おかげで誰とも会うことなくここまできてしまった。 浅井の出発順はかなり早い。前には5人しかおらず、特にゲームに乗りそうな選手もその中にはいないと思っていた。 緒方とタッグを組めていたら、これほど心強い仲間はいなかったというのに…と、 襲われる事に怯えてすぐに学校近辺から逃げ出してしまった事を、今更になって深く後悔した。 _しかし、あの人はどうするんだろうな…? 緒方の現在について考えてみた。緒方は果たしてこのゲームに乗るつもりなのだろうか。 もし緒方が自分に銃を向けてきたら、自分はどうすればいいのだろうか。そう自問した。 _説得するか? だが、「絶対に緒方だけは怒らせてはいけない」と、先輩の野村や金本からも散々言われてきたほどだ。 もし緒方が冷静さを失っていれば、自分の言う事など全く聞かずに獣のように襲い掛かってくるかもしれない。 _そうなったら俺は一喜… _!! 頭の中に浮かびかけた最悪の状況を必死に消そうと、首を激しく横に振る。記憶が飛んでしまうほどに激しく。 浅井としては、このありえないゲームに関する記憶まで全て消えてくれればいいと思った。 …しかしそんな事をしていても始まらない。首を振るのを辞め、落ち着くために深呼吸をしてみた。そして再び脳を動かす。 _それなら、どうする…? 首の振りすぎで脳神経が働いていない気もした。 実際、何も考えたくなかった。 _…なんだ、これ? その時浅井は、刺身包丁についていたらしきメモがバッグの中にあることに気づいた。メモにはコンピューターで印刷されたであろう綺麗な文字で短い文章が書いてあった。  これは試合です。  生き残れば、あなたは勝者。死ねば、あなたは負け犬。  今生まれ変わる広島カープは、勝者のレギュラーを確約します。  この試合に勝利できた強者ならば、必ずや輝かしい成績を残すスター選手となることでしょう。  さぁ、この包丁でライバル達を活け作りにしてやりましょう! 「レギュラー…?」 入団して以来ずっと、浅井は確たる地位を築いていなかった。 代打の切り札、と言うと格好はいいが、裏を返せば毎試合控え選手だということだ。 _俺が…レギュラーになれる? 外野手として入団したが、同期の前田に抜かれて内野手になった。 しかしファーストとしても、若手や外国人にレギュラーを奪われて─まぁ、新井なんかは監督の贔屓が明らかだったが─ レギュラーに定着することはなかった。 入団して以来掴めなかった地位が、手に入るということなのだろうか。 _代打専門の浅井樹が、レギュラーに…? 心のどこかでは、生きて帰ってもおそらく自分は今まで通りの代打要員なのだろうという諦めがあった。 たった一つの単語が、つい先ほどまでは全くもって正気だった浅井の思考回路を一気に狂わせた。 もはや心の奥底から湧き上がってくる感情を抑えきれなかった。包丁を握る左手が小刻みに震える。 _欲しい。その地位が。…欲しい。何よりも欲しい。 バットを振るときのように集中し、包丁を持った左手を本気で振ってみた。夜闇の中で、銀色の刃が怪しく光る。 _俺は、もう負けたくねぇ。 刃に自分の顔がかすかに映っているが、その顔に満ちた狂気は本人には見えていない。 _俺は、何人殺してでもこの試合に勝つ。 浅井は支給された水を飲んで喉を潤すと、「試合」の支度を始めた。 _絶対に殺しておかなければいけない奴は…誰だ? 浅井がこのゲームの参加者を思い出そうとすると、真っ先に一人の男の仏頂面が浮かんだ。 _…そうだ、お前は俺の手で必ず活け作りにしてやる。お前がいなかったら俺はこんなに苦しむことはなかったんだ…! 10代で一軍に定着し、今やカープ不動のレギュラーになっている、その男の顔が。 _新チームでスターになる俺にしたら、お前は邪魔だ。チームの顔は一人でいい。 若い頃からメディアに注目され、今やカープで最も知名度・人気のある選手になった、その男の顔が。 _誰が相手になろうと、タイマンなら俺は負けねぇ。勝負所での集中力なら、俺はチーム内ではNO.1だからな。 今ここで、チーム一の集中力を持つ男がゲームに参戦した。 マーダー、浅井。背番号、6。 【生存者残り41人】 ---- prev [[11.月に吠える]] next [[13.無垢の暗闇]] ---- リレー版 Written by ◇富山

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