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15.死なない決意、殺さない決意、負けない決意」(2005/12/22 (木) 23:34:34) の最新版変更点

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1分のインターバルを挟んで、それから10秒。 気味が悪いほど静まり返った廃校から漏れる光が、約1分前自分が出てきた正面玄関に暗い影を落としているのが見える。 (後…約1分半。全速力で走ったら出れるかな。) いつの間にかご丁寧に利き腕とは逆の右手首につけられた腕時計を見る。時刻は自分が出たおよそ1分15秒後ほど。 再び木の陰から身を少しだけ出し、正面玄関を見る。 自分のいるこの場から正面玄関まではそう遠くない、ざっと走って5秒もかかるかどうか。 どれほどが最初の首輪が爆破されるポイントかは分からないが、まぁ1分も全速力で走れば出られることだろう。 (首輪が爆破……一喜さん…痛かっただろうな……) ふと頭によぎるあの光景。あの瞬間、あの人はどんな気分だったのだろうか。 左手で首輪を掴む。それは元になった映画の中それと同じようにある程度の厚みがあり、それは外気の温度と同じようにひんやりとしていた。 そしてその冷たさが今起こっていることは現実だと知らしめていた。あの映画と同じだと。 「……智?」 「…健太さん。」 木にすがって立っていた仁部智(34)は聞き覚えのある声で呼ばれた自分の名に振り返る。 振り返った先にはいささか驚いた表情の佐竹健太(36)が立っていた。 「何してんだよお前、まさか…」 「とりあえず時間ないんでこっから出ましょう。」 「あ、うん……」 仁部は強引に話を打ち切ると佐竹が後ろについてくるのを確認しつつ校門から出た。 そして再び時計を見る。さっきからほんの5秒しか経っていない。 あぁ佐竹さん走ってきたんだろうな、と仁部は全速力で森の中を走りながら思っていた。 後ろを見た。佐竹は苦そうな表情で自分の後を走っていた。 ある程度走っただろうか。仁部がもう一度時計を見ると自分が学校を出てからゆうに4分が経っていた。 そんなに息切れはしていないが、それでも秋から冬へと変わる時期に走るのは辛いものがある。喉が痛い。 腰に手を当て、思いっきり深呼吸をする。 2mほど間を開けて立ち止まった佐竹の方をうかがい見ると、全く自分と同じような行動を取っていた。 「……健太さん。」 仁部が声を掛ける。すると佐竹ははっとした表情の後、また苦そうな表情を浮かべた。 その苦そうな佐竹の顔を見て、今度は仁部がぴくりと眉を上げる番だった。 (警戒するのは分かりますけど、その表情やめてもらえませんかね。) 一回はそう考えたものの仁部はすぐに考え直した。 本格的に警戒しているのならば、校門付近で隠れていた自分に声を掛ける訳ないじゃないかと。 あの時、明らかに他の事を考えていた自分を無視するのは容易いことだったろう。しかし佐竹は自分に気付いて声を掛けてきた。 (……根が優しいからなんだろうな。もしくは気が弱いから? …さっきも押し切ったしなぁ。) また佐竹の方を見た。近くの木にすがって、じっとうつむいたまま立っている。表情は見えない。 自分と一緒に移動したことを悔やんでいるのかどうなのかもよく分からない。 でも話さなきゃ始まらないよな、と仁部は考え唇を湿らせた。 「健太さん。ちょっと聞いて欲しいんですけど。」 我ながら情けない声を出してしまったと仁部は内心思った。 「…何だよ。」 しかし佐竹の返答は少しの緊張感はあるものの、普段聞いているものと似ていた。それを聞き、仁部はほっと胸を撫で下ろした。 「…とりあえず俺に戦う気はありません。今もそうですけど、これからも人を殺す気もありません。」 自分で言っていて、ぞっとした。それは佐竹も同じだったのか、一瞬顔を上げてその苦い表情を再び仁部に見せた。 そしてしばらく、二人の間に無言が続いた。さらさらと風が木の葉を小さく揺らす音だけが聞こえていた。 「……なぁ、智。」 自然が織り成す音が満ちた沈黙は意外なことに佐竹が破ることとなった。 その呼びかけに仁部は顔を上げ、佐竹の目を見た。 「…お前、どうする?」 佐竹の問いかけには佐竹自身が自分に向かって聞いているようなイントネーションが含まれているように仁部は感じた。 (健太さん、悩んでる?) 見つめ返した目は仁部が思ったとおり、どこか迷っているように空中をうろうろと見回していた。 その佐竹の行動を見て、仁部は一瞬考えた後、告げた。 「俺は、これを潰します。」 一瞬息を吐き、続ける。 「死にたくないって言うのももちろんあるんですけど、俺負けたくないんです。 こんな変なことで強くなるなんてあれじゃないですか。野球を馬鹿にしてるのと一緒じゃないですか。 そりゃあ俺はもっと強くなりたいですよ。強くなって、小さいからって馬鹿にされるちっちゃい子達に見返す勇気をやりたいですよ。でも。」 仁部は息を飲んだ。佐竹は黙ったまま仁部の姿を見つめていた。 「…これは違うでしょ、明らかに。 こんなことで強くなったってそれは、本物の強さな訳ないじゃないですか。 それに、もし仮にこれで俺達が死んでいってカープが強くなったとしてもそれが永遠に続く訳ないでしょ? だったらまたこんなことするんですか? もう一度強くなりたいから、その時の選手達に死ねって言うかも知れないですよね?」 またしばらく黙り込んだ。目を閉じて、ゆっくり心の中で言葉を紡ぐ。 「…そんなの、嫌じゃないですか。俺は、俺の命が無駄になるなんて絶対に嫌です。 確かに俺はカープの選手です。でも、俺は俺のために生きてます。絶対にカープのためには生きてません。 俺は野球が好きだから、野球がしたいから、カープにいるんです。それは明らかに俺のためです。 だからカープが俺から野球を…野球をする権利を奪うなんてことは出来ないはずですよね。俺が生きる権利は俺のものなんですから。」 時間を掛けてまぶたを上げる。 「だから、これを潰します。俺は死にたくないし、未来の選手が犠牲になるのも嫌だから。」 目を開けきり、仁部は佐竹を見た。 佐竹は空を睨み、それから視線を地面に向ける。 また二人を静寂が包み込む。それでも仁部は佐竹を見つめていた。少しの希望と祈りを込めて。 「……そう、だよな。」 呟くような佐竹の声が仁部の耳に届いた。 「…未来の選手のため、か。うん、そうだよな……」 「じゃあ、健太さん…」 佐竹が二、三歩前へ踏み出す。その表情は少し目元が苦いままも、全体的に見ればさっきとは見違えるほど明るくなっていた。 「…俺も、そうしたい。俺も戦うよ。」 「健太さん!」 「……そう、だよな。正義は勝つよな…。」 佐竹が弱弱しく差し出してきた手を頬を緩ませながら、しっかりと握り返した。 その手は外の空気で大分冷えているが、仁部はこれ以上にない暖かさを感じた。 言葉では言い表せない、信頼が持つ暖かさを感じた。 しばらく手を握り、そして離す。いつまでも暖かさに浸っている訳には行かない。 ふと佐竹を見上げると、普段の冷静さと優しさを取り戻しているように見える。 あぁ、背番号が続いててよかった。仁部は初めてそう思った。 「とりあえず、どうする?」 「とりあえず、新井さんと横山さんに合流したいですね。」 「そうだな。うん、そうだな…。」 目の前の闇を見つめながら、二人揃って歩き始めた。 これから先、何が起こるかは全く分からない。でも。 そこまで思い、隣を歩く佐竹を見上げた。見上げた先の顔はマウンド上のように、凛とした空気を漂わせている。 仁部は真っ直ぐ前を向きなおり、こう決意した。 ―――俺は生きる。生きてこれを潰す。 ―――俺は誰も殺さない。そんなことになる前にこんなこととっとと潰してやる。 ―――絶対に誰にも邪魔はさせない。絶対に、負けない。 そう心に決め、左手を強く握り締めた。 その表情は佐竹と同様に凛とした、そしてマウンドで見せるもののように、どこまでも強気だった。 【生存者残り40名】 ---- prev [[14.Say anything]] next [[comming soon]] ---- リレー版 Written by ◆ASs10pPwR2
1分のインターバルを挟んで、それから10秒。 気味が悪いほど静まり返った廃校から漏れる光が、約1分前自分が出てきた正面玄関に暗い影を落としているのが見える。 (後…約1分半。全速力で走ったら出れるかな。) いつの間にかご丁寧に利き腕とは逆の右手首につけられた腕時計を見る。時刻は自分が出たおよそ1分15秒後ほど。 再び木の陰から身を少しだけ出し、正面玄関を見る。 自分のいるこの場から正面玄関まではそう遠くない、ざっと走って5秒もかかるかどうか。 どれほどが最初の首輪が爆破されるポイントかは分からないが、まぁ1分も全速力で走れば出られることだろう。 (首輪が爆破……一喜さん…痛かっただろうな……) ふと頭によぎるあの光景。あの瞬間、あの人はどんな気分だったのだろうか。 左手で首輪を掴む。それは元になった映画の中それと同じようにある程度の厚みがあり、それは外気の温度と同じようにひんやりとしていた。 そしてその冷たさが今起こっていることは現実だと知らしめていた。あの映画と同じだと。 「……智?」 「…健太さん。」 木にすがって立っていた仁部智(34)は聞き覚えのある声で呼ばれた自分の名に振り返る。 振り返った先にはいささか驚いた表情の佐竹健太(36)が立っていた。 「何してんだよお前、まさか…」 「とりあえず時間ないんでこっから出ましょう。」 「あ、うん……」 仁部は強引に話を打ち切ると佐竹が後ろについてくるのを確認しつつ校門から出た。 そして再び時計を見る。さっきからほんの5秒しか経っていない。 あぁ佐竹さん走ってきたんだろうな、と仁部は全速力で森の中を走りながら思っていた。 後ろを見た。佐竹は苦そうな表情で自分の後を走っていた。 ある程度走っただろうか。仁部がもう一度時計を見ると自分が学校を出てからゆうに4分が経っていた。 そんなに息切れはしていないが、それでも秋から冬へと変わる時期に走るのは辛いものがある。喉が痛い。 腰に手を当て、思いっきり深呼吸をする。 2mほど間を開けて立ち止まった佐竹の方をうかがい見ると、全く自分と同じような行動を取っていた。 「……健太さん。」 仁部が声を掛ける。すると佐竹ははっとした表情の後、また苦そうな表情を浮かべた。 その苦そうな佐竹の顔を見て、今度は仁部がぴくりと眉を上げる番だった。 (警戒するのは分かりますけど、その表情やめてもらえませんかね。) 一回はそう考えたものの仁部はすぐに考え直した。 本格的に警戒しているのならば、校門付近で隠れていた自分に声を掛ける訳ないじゃないかと。 あの時、明らかに他の事を考えていた自分を無視するのは容易いことだったろう。しかし佐竹は自分に気付いて声を掛けてきた。 (……根が優しいからなんだろうな。もしくは気が弱いから? …さっきも押し切ったしなぁ。) また佐竹の方を見た。近くの木にすがって、じっとうつむいたまま立っている。表情は見えない。 自分と一緒に移動したことを悔やんでいるのかどうなのかもよく分からない。 でも話さなきゃ始まらないよな、と仁部は考え唇を湿らせた。 「健太さん。ちょっと聞いて欲しいんですけど。」 我ながら情けない声を出してしまったと仁部は内心思った。 「…何だよ。」 しかし佐竹の返答は少しの緊張感はあるものの、普段聞いているものと似ていた。それを聞き、仁部はほっと胸を撫で下ろした。 「…とりあえず俺に戦う気はありません。今もそうですけど、これからも人を殺す気もありません。」 自分で言っていて、ぞっとした。それは佐竹も同じだったのか、一瞬顔を上げてその苦い表情を再び仁部に見せた。 そしてしばらく、二人の間に無言が続いた。さらさらと風が木の葉を小さく揺らす音だけが聞こえていた。 「……なぁ、智。」 自然が織り成す音が満ちた沈黙は意外なことに佐竹が破ることとなった。 その呼びかけに仁部は顔を上げ、佐竹の目を見た。 「…お前、どうする?」 佐竹の問いかけには佐竹自身が自分に向かって聞いているようなイントネーションが含まれているように仁部は感じた。 (健太さん、悩んでる?) 見つめ返した目は仁部が思ったとおり、どこか迷っているように空中をうろうろと見回していた。 その佐竹の行動を見て、仁部は一瞬考えた後、告げた。 「俺は、これを潰します。」 一瞬息を吐き、続ける。 「死にたくないって言うのももちろんあるんですけど、俺負けたくないんです。 こんな変なことで強くなるなんてあれじゃないですか。野球を馬鹿にしてるのと一緒じゃないですか。 そりゃあ俺はもっと強くなりたいですよ。強くなって、小さいからって馬鹿にされるちっちゃい子達に見返す勇気をやりたいですよ。でも。」 仁部は息を飲んだ。佐竹は黙ったまま仁部の姿を見つめていた。 「…これは違うでしょ、明らかに。 こんなことで強くなったってそれは、本物の強さな訳ないじゃないですか。 それに、もし仮にこれで俺達が死んでいってカープが強くなったとしてもそれが永遠に続く訳ないでしょ? だったらまたこんなことするんですか? もう一度強くなりたいから、その時の選手達に死ねって言うかも知れないですよね?」 またしばらく黙り込んだ。目を閉じて、ゆっくり心の中で言葉を紡ぐ。 「…そんなの、嫌じゃないですか。俺は、俺の命が無駄になるなんて絶対に嫌です。 確かに俺はカープの選手です。でも、俺は俺のために生きてます。絶対にカープのためには生きてません。 俺は野球が好きだから、野球がしたいから、カープにいるんです。それは明らかに俺のためです。 だからカープが俺から野球を…野球をする権利を奪うなんてことは出来ないはずですよね。俺が生きる権利は俺のものなんですから。」 時間を掛けてまぶたを上げる。 「だから、これを潰します。俺は死にたくないし、未来の選手が犠牲になるのも嫌だから。」 目を開けきり、仁部は佐竹を見た。 佐竹は空を睨み、それから視線を地面に向ける。 また二人を静寂が包み込む。それでも仁部は佐竹を見つめていた。少しの希望と祈りを込めて。 「……そう、だよな。」 呟くような佐竹の声が仁部の耳に届いた。 「…未来の選手のため、か。うん、そうだよな……」 「じゃあ、健太さん…」 佐竹が二、三歩前へ踏み出す。その表情は少し目元が苦いままも、全体的に見ればさっきとは見違えるほど明るくなっていた。 「…俺も、そうしたい。俺も戦うよ。」 「健太さん!」 「……そう、だよな。正義は勝つよな…。」 佐竹が弱弱しく差し出してきた手を頬を緩ませながら、しっかりと握り返した。 その手は外の空気で大分冷えているが、仁部はこれ以上にない暖かさを感じた。 言葉では言い表せない、信頼が持つ暖かさを感じた。 しばらく手を握り、そして離す。いつまでも暖かさに浸っている訳には行かない。 ふと佐竹を見上げると、普段の冷静さと優しさを取り戻しているように見える。 あぁ、背番号が続いててよかった。仁部は初めてそう思った。 「とりあえず、どうする?」 「とりあえず、新井さんと横山さんに合流したいですね。」 「そうだな。うん、そうだな…。」 目の前の闇を見つめながら、二人揃って歩き始めた。 これから先、何が起こるかは全く分からない。でも。 そこまで思い、隣を歩く佐竹を見上げた。見上げた先の顔はマウンド上のように、凛とした空気を漂わせている。 仁部は真っ直ぐ前を向きなおり、こう決意した。 ―――俺は生きる。生きてこれを潰す。 ―――俺は誰も殺さない。そんなことになる前にこんなこととっとと潰してやる。 ―――絶対に誰にも邪魔はさせない。絶対に、負けない。 そう心に決め、左手を強く握り締めた。 その表情は佐竹と同様に凛とした、そしてマウンドで見せるもののように、どこまでも強気だった。 【生存者残り40名】 ---- prev [[14.Say anything]] next [[16.北へ、南へ]] ---- リレー版 Written by ◆ASs10pPwR2

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