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ミィィン…ミィィン…ミィィン… 耳の奥の方で蝉の鳴き声が延々と聞こえる。 苦手な夏を連想させるその鳴き声は、それでもどこか心地良かった。 「うわあぁぁぁぁっ!!」 蝉の鳴き声は、突如誰かの叫び声によって掻き消された。 高橋はただただ呆然と立ち尽くしていた。目の前の光景が、すぐには理解出来なかったからだ。 気付けば永川に加え、佐々岡までもが血まみれで倒れている。 二人はぴくりとも微動だにしない。 仰向けに死んでいる永川。そして佐々岡は高橋の方に手を伸ばし掛けた格好のまま……死んでいた。 二人分の血の量は半端でなく、共通した箇所には血溜りが出来ていた。 その血溜りから流れている血は高橋の足元にまで届いていて、スパイクの先が少し変色していた。 嗅いだ事も無い血生臭さが辺りを充満している。 静寂が戻ったはずのそこは、3人も人間がいるのに息遣いさえ聞こえてこない。 「あ……?」 ようやく発した言葉はやけに掠れていた。 (―――なんだ……?なにかの、間違いだろ……?) (―――永川だけじゃなくて、何で佐々岡さんまで……?) そこで初めて高橋は、自分の左手に握られている拳銃に気付く。 存在を初めて知り、急に震えだした。 そして、そこから導き出される答えは一つ。 (―――俺が……佐々岡さんを撃ったのか……?) 震える拳銃と、今は遺体と化した佐々岡を交互に、徐々に引き出される断片的な記憶。 鼓膜を揺さぶる轟音。刹那的に穴が開いていく体。そこから飛び散る鮮血。 そして――――― 『建……、おまえっ……』 最後に、手を伸ばしながら自分を見つめる佐々岡の恨めしげな眼――――― 撃った。間違いなく、自分は佐々岡を撃った。 しかし、佐々岡の手にあったはずの拳銃が、何故今自分の手に握られているのかはまったく憶えていない。 そこだけ都合よく記憶が抜け落ちている。 無我夢中でやったのか。 「あ、あ、……」 理由はどうであれ、自分は人を殺した。 「―――――!!」 もはや声ではない悲鳴を上げて頭を抱え込んだ。 膝からがくがくと力が抜け、その場に座り込む。 耐えられなかった。とてもその事実を受け入れる精神力は持ち合わせていなかった。 「あ、くっ、……ぅ」 すぐにでもその場を離れたかったが、立ち上がる力さえ湧いてこない。 「ごめんなさ、い……っ……ごめ、んなさい……」 無意味な謝罪だとしても、口に出さずにはいられなかった。 助けてやれなかった永川と佐々岡へ。そして帰りを待っているだろうその家族。 もちろん自分にも守っていかなければならない大切な人達がいる。 だからこそ懺悔の隙も与えない程に、瞬間的に罪の重さが増してくる。 重くて、重過ぎて、それこそ狂えてしまえればどれ程楽だろうとさえ思う。 でもそれを許さないかのように、最後の佐々岡の眼が脳裏に焼き付いて自分を責め立てる。 推す様に懺悔と後悔の涙が止まる事を知らないかの様に、後から後から零れ落ちる。 「どうしたら、いいんですか……?」 逆恨みする立場ではないと理解していても、心の片隅に影を落とした少しの憎悪を含む質問をぶつける。 しかし誰も答えるはずがなく。 「どうしたら……答えてくださいよぉ……」 視線の先は永川と佐々岡を通り越して、空虚を彷徨っていた。 ―――――  長い間その場にいた。 夜明けが近いのか、暗く闇を落としていた辺りは薄っすらと変わり始めていた。 すっかり涙は枯れ、今は嗚咽も消えている。 幾分落ち着きを取り戻したものの、膝を抱えたままの姿勢を崩そうとはしない。 容赦なく初冬の寒さが体温を奪っていく中、今後自分はどうするべきなのかずっと考えていた。 「肩……」 乾燥しきった唇を少し動かした。両肩を抱きかかえる様に更に身体を丸める。 こんなに冷え切ってしまっては、当分投げ込みも出来ないだろう。 ……いや。もう一生投げる事はないのだ。 (そうだ……それしかないんだ) 考えて、考えた結果。 それは生きて罪を償う事。 山本元監督は6人生き残れると言っていた。 だけど生き残ったとしても野球を続けるのが目的ではない。 自分の犯した過ちを、一生かけて償っていく事。 (……ムシが良すぎるだろうか) 自信が中々持てなくて、また自問自答を繰り返したところで辿りつくのは同じだった。 それでも。自分がこの先出来る事はそれしか思いつかなくて。 だから。 「生き残らないと……」 そして謝らないと。罪を償っていかないと。 高橋は二人の遺体はそのままに、突如自分に科せられた宿命を背負いふらっと立ち上がる。 霧が蔽い始めた森は自分の心の中にまで入り込んでくるようで、誘われるまま、深い先の見えない中を一人歩き始めた。 【佐々岡真司(18)死亡 生存者残り36人】 ---- prev [[30.サヨナラアーチ]] next [[]] ---- リレー版 Written by ◆9LMK673B2E
ミィィン…ミィィン…ミィィン… 耳の奥の方で蝉の鳴き声が延々と聞こえる。 苦手な夏を連想させるその鳴き声は、それでもどこか心地良かった。 「うわあぁぁぁぁっ!!」 蝉の鳴き声は、突如誰かの叫び声によって掻き消された。 高橋はただただ呆然と立ち尽くしていた。目の前の光景が、すぐには理解出来なかったからだ。 気付けば永川に加え、佐々岡までもが血まみれで倒れている。 二人はぴくりとも微動だにしない。 仰向けに死んでいる永川。そして佐々岡は高橋の方に手を伸ばし掛けた格好のまま……死んでいた。 二人分の血の量は半端でなく、共通した箇所には血溜りが出来ていた。 その血溜りから流れている血は高橋の足元にまで届いていて、スパイクの先が少し変色していた。 嗅いだ事も無い血生臭さが辺りを充満している。 静寂が戻ったはずのそこは、3人も人間がいるのに息遣いさえ聞こえてこない。 「あ……?」 ようやく発した言葉はやけに掠れていた。 (―――なんだ……?なにかの、間違いだろ……?) (―――永川だけじゃなくて、何で佐々岡さんまで……?) そこで初めて高橋は、自分の左手に握られている拳銃に気付く。 存在を初めて知り、急に震えだした。 そして、そこから導き出される答えは一つ。 (―――俺が……佐々岡さんを撃ったのか……?) 震える拳銃と、今は遺体と化した佐々岡を交互に、徐々に引き出される断片的な記憶。 鼓膜を揺さぶる轟音。刹那的に穴が開いていく体。そこから飛び散る鮮血。 そして――――― 『建……、おまえっ……』 最後に、手を伸ばしながら自分を見つめる佐々岡の恨めしげな眼――――― 撃った。間違いなく、自分は佐々岡を撃った。 しかし、佐々岡の手にあったはずの拳銃が、何故今自分の手に握られているのかはまったく憶えていない。 そこだけ都合よく記憶が抜け落ちている。 無我夢中でやったのか。 「あ、あ、……」 理由はどうであれ、自分は人を殺した。 「―――――!!」 もはや声ではない悲鳴を上げて頭を抱え込んだ。 膝からがくがくと力が抜け、その場に座り込む。 耐えられなかった。とてもその事実を受け入れる精神力は持ち合わせていなかった。 「あ、くっ、……ぅ」 すぐにでもその場を離れたかったが、立ち上がる力さえ湧いてこない。 「ごめんなさ、い……っ……ごめ、んなさい……」 無意味な謝罪だとしても、口に出さずにはいられなかった。 助けてやれなかった永川と佐々岡へ。そして帰りを待っているだろうその家族。 もちろん自分にも守っていかなければならない大切な人達がいる。 だからこそ懺悔の隙も与えない程に、瞬間的に罪の重さが増してくる。 重くて、重過ぎて、それこそ狂えてしまえればどれ程楽だろうとさえ思う。 でもそれを許さないかのように、最後の佐々岡の眼が脳裏に焼き付いて自分を責め立てる。 推す様に懺悔と後悔の涙が止まる事を知らないかの様に、後から後から零れ落ちる。 「どうしたら、いいんですか……?」 逆恨みする立場ではないと理解していても、心の片隅に影を落とした少しの憎悪を含む質問をぶつける。 しかし誰も答えるはずがなく。 「どうしたら……答えてくださいよぉ……」 視線の先は永川と佐々岡を通り越して、空虚を彷徨っていた。 ―――――  長い間その場にいた。 夜明けが近いのか、暗く闇を落としていた辺りは薄っすらと変わり始めていた。 すっかり涙は枯れ、今は嗚咽も消えている。 幾分落ち着きを取り戻したものの、膝を抱えたままの姿勢を崩そうとはしない。 容赦なく初冬の寒さが体温を奪っていく中、今後自分はどうするべきなのかずっと考えていた。 「肩……」 乾燥しきった唇を少し動かした。両肩を抱きかかえる様に更に身体を丸める。 こんなに冷え切ってしまっては、当分投げ込みも出来ないだろう。 ……いや。もう一生投げる事はないのだ。 (そうだ……それしかないんだ) 考えて、考えた結果。 それは生きて罪を償う事。 山本元監督は6人生き残れると言っていた。 だけど生き残ったとしても野球を続けるのが目的ではない。 自分の犯した過ちを、一生かけて償っていく事。 (……ムシが良すぎるだろうか) 自信が中々持てなくて、また自問自答を繰り返したところで辿りつくのは同じだった。 それでも。自分がこの先出来る事はそれしか思いつかなくて。 だから。 「生き残らないと……」 そして謝らないと。罪を償っていかないと。 高橋は二人の遺体はそのままに、突如自分に科せられた宿命を背負いふらっと立ち上がる。 霧が蔽い始めた森は自分の心の中にまで入り込んでくるようで、誘われるまま、深い先の見えない中を一人歩き始めた。 【佐々岡真司(18)死亡 生存者残り36人】 ---- prev [[30.サヨナラアーチ]] next [[32.再会]] ---- リレー版 Written by ◆9LMK673B2E

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