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35.幹英からの伝言」(2006/05/24 (水) 10:00:10) の最新版変更点

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力強い宣言を残した横山は校舎の正門前で新井を待っていた。気が立っていたせいか、背後に忍び寄る人の気配にも気付かなかった。 背中に硬い感触を感じたと同時に、よく知っている声が聞こえた。 「新井を待ってるのか?」 その声に感情の欠片も感じなかったが。 「……小林さん」 横山は振り返らずその名前を口にする。 何故小林さんがここに?という思いより、やっぱり来ていたのか、という思いのほうが強かった。 だったら教室での出来事も、思いっきり啖呵を切ったのも何処かで見ていたのだろう。 小林が感情無く呟いた。 「おかしな真似するなよ。何なら今死ぬか?」 決して冗談ではないこの状況。 ガチャリ、と背筋を凍らせる音がした。背中に伝う汗が尚更その無機質な感触を思い知らせる。 新井が学校の正門から出てきたのはそんな緊張の中だった。 「ヨコ!」 その光景に驚いたのか、凄い勢いで走って来た新井に引き摺られるまま、二人はその場を去った。 そんな二人を見送る様に、小林はその場に銃を構えたまま追いかけて来ることは無かった。 「大丈夫か?」 しばらく走ったところで立ち止まり、息を整えながら尋ねてくる新井に、横山もまた息を整えて頷く。 「とにかく落ち着ける場所に」 最初は近くに見えていた鉄塔を目指していた2人だったが、もう少し離れた場所の方が少しでも安全だろうと、市街地を抜け、歩いているうちに海の見える場所まで来てしまった。 廃れた民宿を見つけそこを隠れ場に決めた。 咽喉が渇いたので水を、とデイバッグを開けようとしたが、台所の水道が通じているのならと水道を捻ったところ、幸いにも水が出た。 十分咽喉を潤したことでホッとした2人は部屋の中を物色し始めた。 この民宿は廃れてはいたがあまり荒れていないことから近年まで営業していたのだろう。 「なんかこれじゃあ泥棒じゃな……」 「ああ?っんなこと言ってられるかよ。ちょっとでも役に立ちそうなモン探さないと」 しかし特に役立ちそうなものは見つからず、一番役に立ちそうなものはタオル数枚のみだった。 救急箱や非常食といったものは見当たらなかった。 「しょうがねぇ。何か作戦考えるか」 落胆している暇はない。デイバッグを床に落とすとドカッと2人も床に腰を下ろした。 ……かれこれ30分後。 「で?どうする?」 「……」 横山は先ほどからじっと考え込みながら、広げた地図と名簿に目を通している。 「なぁ。ヨコ……どうする?」 「あー!そう急かすな!考えてる最中だろうがっ!」 忙しなく顔を覗き込んでくる新井に苛立ち、横山は声を荒げた。 「だって……どうすればええんじゃ?」 全く反省してないようで、新井は頬を膨らませる。 「お前もちょっとは考えろよ。俺も頭いい方じゃないんだしさ」 横山の自虐的な言い方に新井は少し笑った。 「笑うな。お前に笑われたら腹立つ」 この憎まれ口ともいえる会話に二人ともどこか心地良さを感じていた。それはいつものことで決して悪意など入っていない、長年の付き合いだからこそ出来る会話。 そういえば、と横山は先ほど気になっていたズボンの後ポケットを探った。 出てきたのは小さく折畳まれた紙切れ。 開いたそれにはほぼ全文カタカナで何かが書かれており、急いで書かれたものだと分かった。 窓から漏れている月明かりだけではさすがに読み難く懐中電灯で照らす。 それに気付いた新井が話しかける。 「何じゃ?それ……」 固まっている横山の隣で覗き込みながら、新井は紙切れに視線を落とした。 「く」 口にしたところで横山に口元を抑えられた。 怖い顔で睨みながら、読み上げる代わりに指で一文字ずつ辿っていく。 ―――クビワニ ハッシンキト トウチョウキ フツカメノ ゴゴ6ジマデニ A-2ノミナトヘ――― (首輪に、発信機と……?盗聴器……!) そこまで読んだのを新井の表情から読み取り、横山は手を離すとわずかに首輪に触れた。 (二日目の、午後6時までに、……A-2の港へ……?) 「これは……?」 何故横山がこんなものを持っているのか?とでも言いたげな新井を制止し、 「拾った。役に立つかな?」 と適当な事を言いながら、公衆電話の置かれているところまで行くと何かを手にして戻ってきた。 「まぁ、とりあえず座ろうぜ」 倒れている椅子を起こし、テーブルを運んで向き合うように座る。 先ほど横山が持ってきたメモ用紙に、付属のペンで筆記し始めた。 このメモの内容が本当で首輪に盗聴器が仕掛けられているのなら迂闊なことは喋れない。 「なぁ、これからどうする?」 ―――このメモはさっき小林さんから貰った――― 銃を突き付けられた時。新井が突進する直前にポケットに忍ばされたのだ。 今度は新井が横山の文字の下に、図体に似合わない丁寧な文字を書き始めた。 「どうしよう」 ―――信じても大丈夫じゃろうか?――― 新井の意見はもっともだ。横山ももちろん同じ思いなのだが。 今一度紙切れに視線を移す。 『首輪に発信機と盗聴器』。これは、行動も会話もあちら側に分かっているぞ。気を付けろ、ということだろうか。 『二日目の午後6時までに、A-2の港へ』。これはつまり、二日目の午後6時までに書かれている場所に来い、ということである。 ここが一番の疑問だった。そこに行けば助かるのだろうか?でももしかしたら罠かもしれない。 そもそも主催者側である小林が何故このような行動を取ったのか。メモにはそれ以上必要なことは一切書かれていない。 (何を考えてるんだ?小林さんは……) ―――『何なら今死ぬか?』――― 感情も抑揚も無い声だった。思い出しただけで銃を突きつけられた箇所が疼く。 しかし慌てて書いたこの字は、もしかすると何処か別の部屋で自分達の行動を観察した上で託したものかもしれない。 良い方へ解釈をすれば、小林はこのゲームの反対派でこのゲームを潰すと言った自分達の協力者かもしれない。 それは自分の希望だった。せめて、まだあちら側にまともな人間がいる、と。 実は先ほどからちらちらっと「ある作戦」が頭を掠めているが、すぐにあの声を思い出して自信が持てない状態だった。 「……ああ~っ!!もう、わかんねぇ!」 短い髪の毛を毟取らんばかりに横山は頭を掻いた。 新井は新井で思うことがあるのか、一心に紙切れと睨めっこしている。 やはり新井には期待出来なさそうで、ふぅーと軽く溜息を吐いて横山は天井を仰いだ。 薄汚れたシミが目に入る。ぼやけたただのシミだったが、じっと目を凝らしていると次第にくっきりと形が作られ浮かんできた。 そう遠くはない過去の一場面だった。 故障が続き、一軍に上がれないばかりか二軍でも中々結果が出ず苦しみもがいていたあの頃。 嫌気が差して練習も手抜きがちになっていた時。 『逃げ出したくなったことありませんか?』 ついつい弱音を吐いたことがあった。二軍の練習中だった。 輝いた過去―――というのが横山と小林の共通だろうか。 『そりゃ人間だからあるよ。ああー、もう絶対に今度こそ駄目だーとか』 同じく結果が出ていないのは小林も同じだった。 『だけどな、俺にはちゃんと帰る場所があるから。 いつもそうなんだよ。目を逸らしたところでいっつもここが目に入る。意識しないように、考えないようにしてるのに……可笑しいよな。 で、納得するんだ。逃げ出そうとしたところで俺の帰る場所はここしかないんだな、って』 しゃがみ込んでプレートに付いた土を払いながら少し気恥ずかしかったのか、照れ笑いを浮かべて答えてくれた。 『結局好きなんだよ。野球が』 マウンドの上でバッターボックスを正面から見据えて、そう話してくれた言葉に濁りは無かった。 その熱も少しの照れも横山にははっきりと伝わってきた。 深く息を吸い、少しだけ目を閉じてそれらの思い出をくっきり瞼の裏に焼き付ける。 小林からの伝言と自分が思いついた「ある作戦」。 ―――賭けてみるのも悪くない気がした。 がばっ!と勢い良く姿勢を戻すと、それからの横山の行動は早かった。 床に落としたままのデイバッグの中身を探る。 さっき確認した自分の武器の説明書を手にとって見つめる。ずっと睨んでいた地図にも再び視線を落とした。 「?」 完全に一人置いてけぼり状態の新井は忙しない横山の行動をただ見守った。 説明書と地図を交互に見つめた後、ニヤッ~と怪しげな笑みを浮かべて顔を上げた。 ―――なぁ、お前覚悟はできてるか?――― 差し出されたメモ書きに一瞬素に戻った新井だったが、「覚悟」の文字にこくん、と縦に首を振る。 教室で啖呵を切った瞬間から覚悟なぞ決めてある。 迷いの無い新井に横山も首を縦に振った。 「そっか……」 ―――だったら――― 「とりあえず、朝になるまで待つか」 ―――俺に任せてもらえないか?――― 新井の字の下に横山が付け加えた。 怪しげな笑みから一転、今は自信溢れる眼差しの横山。その表情から色んな思いが垣間見える。 少しだけ沈黙があったが新井は決心したように頷いた。 「わかった」 その後しばらく筆談し、地図を見ながら夜が明けてからの行動をまとめた。 少しでも体力を蓄えておく為に、気休めの仮眠を交互に取り、第一回目の放送を迎えたのである。 【生存者残り36人】 ---- prev [[34.一日目 午前6時 第一回目放送]] next [[36.「宮島さん」]] ---- リレー版 Written by ◆9LMK673B2E

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