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「健太さん!」 林に名前を呼ばれた佐竹の肩が前後に揺れた。 「俺と行きましょう!俺と組む方が生き残れる確率は高いです!」 (―――ほら、やっぱり……!) つけ込まれるには十分な、「間」だった。 不安が的中した仁部の足元が微かに揺れる。 脈あり、と思ったのか、林は続けて叫んだ。 「放送聞いたんでしょ!?もう6人も死んでるんですよ。  あれを聞いといて本気で全員帰れるなんて思ってるんですか?もうあの言葉の意味も無いに等しい状況ですよ。 俺達がこうしている間にも誰か死んでるかもしれない」 仁部が下り始めていた斜面を一気に駆け上る。元の位置に戻り今の状況を把握する。 「健太さん!」 思わず振り返りそうになっている佐竹の名前を呼んだ。慌てて仁部も反論を開始する。 「惑わされないで下さい! さっき言ったじゃないですか!未来の選手の為に俺も戦うって!  確かに6人すでに犠牲者は出てるけど、これ以上出さない為にも早く横山さん達を捜しましょう!絶対に道は開かれるはずです!」 「……っ」 仁部の言葉に佐竹は振り返りそうになった体の向きを一度変えた。しかしほっとする間も与えずに林も佐竹の心を揺さ振る。 「横山さん達と合流したところで何が出来るんですか?コレがある限り俺らに自由なんてないんですよ!」 「コレ」と、言いながら首輪を指差す。佐竹の首筋に改めて冷たい感触が伝わる。 「それに仁部の言ってる事なんてどれも曖昧で確実性なんてないじゃないですか!  それよりも俺の方は確実です!6人ですよ?6人集まるだけで最後まで生き残れるんです!自信があります!  俺と組んで、あとの4人を捜しましょう!!」 大袈裟までに演技かかった林の演説は二度決意した仁部の心にも入り込もうとする。 しかしそれを振り切るように首を横に2、3度振って否定する。 『健太さん!!』 二人の声が重なる。完全に板ばさみになった佐竹は動けないままでいた。 あとは佐竹に任せるしかない空気が漂っている。 ゴクリ……と、咽喉を鳴らす。 具体的な生き残り方を言ってくる林を振り返る事は出来ない。しかし、目の前の仁部の顔も見れなかった。 一方は悪魔の囁きで、一方は天使の囁き。でもこの状況ではどちらが悪魔かといえばそれも分からない。 無情にも仲間を犠牲にしてでも確実に6人生き残ろうと言う林。 漠然とだがどうにかして全員で生き残ろうと言う仁部。 佐竹にとってはどちらも酷な選択だった。 ぐるぐる周りの景色が渦巻いて見える。立っている場所もあやふやで、都合よく気絶できれば、と妙に冷静になっている部分で思った。 その妙に冷静になっている部分でもう一つ、これが男女関係だったらちょっと優越感に浸れるんだろうなとも思った。 少しでも脳が、もしくは精神が正常を保とうとしたのか。それでもこんな状況でそんな事を考えるのが異常な気がした。 生きたい。生き残って野球をしたい。生き残って家族に逢いたい。それだけなのに。今自分が望んでいることはそれだけなのに。 「俺、は……っ」 ようやく搾り出した声は上擦った。ぽたり、と顎から流れ落ちた汗が土に染み込んだ。爪を立てていた拳は、弱々しく握り込むだけのものになっている事に佐竹自身気付いていない。 「俺は……―――」 心臓の音だけがリアルな中、選択を迫った2人は佐竹の答えを待った。 長く思えたその状況を崩したのは、3人の間を通り抜けた冷たい風だった。 三者三様に、入り込んでいた世界から現実に戻ってくる。そしてその現実は。 「野球、したいですよね?健太さん」 穏やかな声に佐竹は顔を上げる。つい先ほどもこれと似たような体験をした。だから目の前の仁部を見た。 「生き残ってまた野球しましょうよ」 ああ、うん。そうだな……。そう答えようとして目の前の仁部に笑いかける―――はずだった。 「最強の6人で」 最後の言葉ははっきりと背後から聞こえた。一連の止めの言葉は林の台詞だった。 「……健太さんっ!!」 悲痛な叫びに近い声で仁部が叫ぶ。少し遠くから聞こえた気がしたのは佐竹が林の方を振り返っていたからだろう。 「健太さん……!!」 今一度名前を呼ぶ。佐竹が振り返ってくれるまで名前を呼び続けるつもりだった。 だけど意外にも佐竹はすぐに振り返ってくれた。まだ……、まだ大丈夫だと、それでも仁部は自分に言い聞かせていた。 「―――……智、ごめん……」 歯を食いしばって両目に涙を溜めながら佐竹が無意味な謝罪を口にする。 「…………」 名前を出されて謝られた仁部はしばらく意味が通じず、ただただ佐竹を見つめた。 1人の想いは残酷なまでに裏切られた。 支えていた何かが音も無く崩れていくのが分かった。 自分でも立っていられるのが不思議だった。 ―――なんであんたがそんな顔するんだ―――? ―――その表情になるのは、俺の方だろう――― そう叫びたかった。叫んで佐竹を思いっきり罵りたかった。 だが虚しくなりそうでぎりぎりで堪える。 色んな感情が溢れかえりそうになりながらも同時に襲ってくる無気力感。 とても林の顔は見れない。きっと優越感に浸り見下すように笑っているに決まっている。 血が滲む程唇を噛み締め、仁部は項垂れながらも1人で山を降りるべく2人に背を向けた。 「大人しく行けると思ってんの?」 「……え?」 冷めた林の言葉と同時に仁部の足元を何かが弾いた。 「ぅわっ!」 よろめいた勢いでそのまま山の斜面に身を隠す。 続けて隠れた場所付近で今度ははっきりと分かる銃声が響いた。 最初林からの攻撃かと思ったが、すぐにそれらしき物は手にしていなかった事を思い出した。 (誰だ…!) 仁部の隠れた位置からでも見える場所に林と佐竹は避難していた。 狙撃主は明らかに仁部だけを狙っている。 木々に隠れた自分よりも遥かに目立っている2人に攻撃が及ばない事を考えると答えは一つだ。 (林の仲間か!) その仲間が誰なのか、どこから撃って来るのか分からない。上手い具合に草木に隠れているのだろう。近くに潜んでいることは間違いないのだが。 (だから林はあんなに余裕だったのか) どこか薄っすらと笑っていた林の顔。あれだけ人を挑発できたのはいざという時の為にこの仲間がいたからか。 (どっちでもよかったんだな……!) きっと林にしてみればどちらでもよかったのだ。 自分達の仲間になるのも、ならないのも。ただ結果ははっきりしている。 仲間になれば丸く収まる。しかし仲間にならなければ殺す。極端なまでのその二つの内のどちらかだ。 誘いを拒否した今、自分はただの邪魔者というわけだ。「最強の6人の内の1人」ではないのだから。 もう1人の仲間は初めからこういうことになる事も予想して、様子を何処かで窺っていたのだろう。 それと同時に思い知る。 林の言う「最強の6人」とは誰でもいいのだ。仁部でなくても、もちろん佐竹でなくても。 とにかく自分達2人(もしかしたら他にも数人いるかもしれない。だけど今現在はっきりしているのは2人だ)が最終的に生き残っていればそれでいい――――― 林の思惑がはっきり見えた気がして奥歯をぎりりと噛んだ。 (健太さん、アンタは馬鹿だ……!!) そう佐竹に忠告しようと口を開け、空気を吐き出そうとしたところで口を閉じた。 つい今しがたその佐竹に裏切られたばかりだというのに、なんて自分はお人好しなんだろう。 この後の事なんて、佐竹自身が選んだ事なのだからどうなろうと知ったこっちゃない。 そう思い直して仁部は唇をキュッと結んだ。 ――パンッ!パンッ! 連続で聞こえた銃声は先ほどよりも仁部の頭の中に大きく反響した。 そうだ、今はなによりも自分の危機を回避しなければ。 どうする?どうする?……どうする―――――!? 思わずデイバッグを開け様と手を掛ける。 「……っ」 チャックを下ろそうにも躊躇いが手を振るわせた。 自分は戦わないと決めた。 生きてこれを潰すんだと。そう誓った。 死なない、と。 殺さない、と。 負けない、と。 なのに、あの時の思いは今揺れている。 いいのだろうか。本当にこれでいいのだろうか。 逃げる・戦うの他にも選択はあるのではないだろうか?最善の、良い方法が。 ギリギリの状態の中でもまだ仁部は迷っていた。 仁部の究極の選択が迫られている。すぐ側まで狙撃主は近付いていた。 【生存者残り34人】 ---- prev [[45.紙一重の危うさ]] next [[47.「手負い」]] ---- リレー版 Written by ◆9LMK673B2E

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