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 <1st 03:20a.m.> 「……!」 ――呼んで  いるのは  誰だ……? 「……!……!」 ――……そんなに揺するなよ……力が 入らないんだ―― ――体が 焼けるように熱い なのに……冷え冷え と してい…… 「……!……さ……!」 ――誰……?……でもいい 頼む  俺 を…… 「拓也さぁん!!」 ――俺を…… … …  <1st 00:15a.m.> 木村拓也(0)は木にもたれ、地図とコンパスを見比べながら思案していた。 ――選抜、真の赤ヘル戦士、そこまでは分かる。殺し合いってのはいったい何なんだ。 ここ数年の低迷は言われるまでもなく痛感している。一番痛みを感じているのは選手自身だ。俺もベテランと呼ばれる年齢に達しているからこそ、強く悲壮に責任を感じ、ふがいない成績に情けなく苦渋の思いを抱えてきた。 体力の衰えが無いとは言えない。しかし諦めている訳じゃ無い。台頭してくる若手選手達、その驚異に屈するつもりもまだ毛頭ない。 当然だろう。そう思ってなきゃプロ野球選手なんてやっていられない。だからと言って…… 「拓也さん?」 ふいに背後からかけられた声に思考を中断され振り返ると、こんな状況には不似合いとも思える笑顔で比嘉寿光(10)が駆け寄って来た。 「よかった、誰かに会えて。何してたんですか?」 無防備な奴だな、と少し呆れたがそれを言うなら出発した学校からほど近いこんな場所でぼんやりしていた拓也にも当てはまる。だがとりあえずそれは棚に上げておいた。少なくとも比嘉に害意は無さそうだ。 「んーまあ、とりあえず現在位置確認かな。お前は?」 「人を探しながら走ってました。あそこから早く離れなきゃいけないみたいだし」 「そうか……」 そのまま行動を共にしたのは特に理由も無く、言葉で確認し合った訳でも無い。互いに1人では心細かったからだろう。 初っ端からもっと他の誰かを待とうと言う比嘉と、なるべく遠くまで行こうと言う拓也とで衝突した。ここは先輩である拓也の主張が通ったが、なおも比嘉は不満そうだ。 「今はその方がいいだろ。もしこの殺し合いに乗ってる奴に会ったらどうするんだ」 「そんな人いないですよ。だってチームメイトじゃないですか」 そのあまりに純粋で力強い言葉は拓也の胸にも響いたが、同時に不安と微かな苛立ちも掻き立てた。 ――それが本心であれ、自分を鼓舞するため自らに言い聞かせている言葉であれ、そんな甘い綺麗事を言っていてこいつは一体どうなるんだ。 一喜の無惨な最期を、田村がその亡骸に容赦ない銃撃を加えたのをついさっき見たはずじゃないか。その姿を自分には置き換えられない、自分に決定的に不利益なことは起こり得ないと慢心できる若さか。 正体の分からない微かな痛みにチリ、と心が音を立てた気がした。 「なあ、そういうの本当にお前の良い所だと思うけどな、今は用心するに越した事はないぞ」 「でも俺は、信じていたいんです。そう決めたんです」 揺るぎなく見返してくる比嘉の目から視線を逸らし、拓也は背を向け歩き出した。 「……とにかく、行くぞ。どこか落ち着ける場所を探そう」 歩き、時には走りながら、口を開けば今の異常な状況の陰鬱な話にしかならない。しかし決定的な事に触れるのは恐ろしく、悲観的な事を言うのははばかられ、努めて悲壮感が漂わないように、他人事のような上っ滑りした会話を交わし続けた。 この先どうなるのか、どうしていくべきか、何の具体的な展望も見い出せない。 それでも比嘉は時に笑顔を交え明るく振る舞い、拓也は渋面でそれを窘め続けていた。 ――俺はなんでこんな否定的な事ばかり言ってるのかな……。こんなのは俺のキャラじゃないよなあ。けど、今は状況が状況だ。保身と警戒が何より大事なはずだ。比嘉は無防備過ぎる。俺がフォローしていかなければ。 そう自分に言い聞かせながら結構な距離をきたと思われる頃、小さな平屋の民家を見つけ2人はひとまずそこに上がり込んだ。 「うーわ、何だこれ」 狭い畳の和室に座り込み、思案に耽っている拓也の横でデイバッグを漁っていた比嘉が声を上げた。 「どうした?」 「あ、はい。これが俺の”武器”らしいです。一緒に説明書が……“小型ボウガン折りたたみ式。改造済・殺傷能力もバッチリ”って……悪趣味ですね」 比嘉は溜息をつき、さも嫌そうにそれを傍らに押しやった。 「どっちにしても俺、こんなの使いたくないです」 「そう言うな、護身用と思って持ってろよ。自分を守ることも少しは考えろ」 「うーん……。あ、拓也さんは何入ってたんですか?」 「ああ、そう言やまだちゃんと見てないんだ。何だか箱みたいな……」 そして拓也のバッグから出てきたものは2人を唖然とさせた。 ”ママとお料理キッチンセット”?子供の、それも女の子向けのおもちゃ? 笑うか、怒るか、運がないと悲しむか。この場合の通常の反応はそんな所だろう。 しかしこのおもちゃの箱は拓也に対し意外な作用をもたらした。 (――生吹……) まさに今が可愛い盛りの4歳になる愛娘。その娘にせがまれ、つい最近同じ様なおもちゃを買い与えていた。 この島に来てから今までにも幾度となくその姿を思ったが、手に持っているおもちゃと結びつき、無邪気に遊ぶその姿が鮮やか過ぎる程に脳裏に浮かび上がる。 (恒希……由美子……!) そしてやんちゃな息子、愛しい妻。何よりもかけがえのない大切な家族。 (――帰りたい!) 心の底から突き上がり体を揺さぶられるような衝動は拓也からほんの一時、理性と判断能力を奪い去った。 それは本当にわずかな時間だったが悲劇を生むには十分だった。 放心している拓也を見て比嘉はごく一般的な解釈をしたのだろう。 「やだなあ、そんなに落ち込まないでくださいよ。俺はそっちの方が良かったな。非常食作れるじゃないですか。あ、そうだ」 言いながら傍らに置いてあったボウガンを笑顔で差し出した。 「……これ、拓也さんに預けます。交換しましょう。拓也さんの方がうまく使いこなせますよ、きっと」 その一点の疑いもない行動と表情も今の拓也にとっては苛立ちを加速させ、好都合な利用するべき対象でしかなかった。 ――どこまでも甘い奴だ。言っただろ、今は用心に越した事は無いって。 自分の身を守る事を考えろと、何度も忠告してやっていたのに。 それとも俺は警戒するにも値しないと言うのか。それで笑っているのか。俺を器用な便利屋だと、お前もそう思っているのか。 暴走を始めた思考は止めどなく負の連鎖を引き起こしていく。 狂気へのお膳立ては出来過ぎな程に整い拓也を誘っていた。 ――俺は帰りたい。生き延びたい。 こんな、自分の武器を笑って人に差し出すような奴よりも思いが強いんだ。それが生き残る強さ、資格だろう? そうだ、臆するな。目の前に差し出されているこの武器を手にして。 ……そして…… 「……そうだな、じゃ練習でもしとくか」 ボウガンを受け取りゆっくりと矢をつがえる拓也を比嘉はまったく無防備に見ていた。 おもむろに立ち上がり矢を装填したボウガンを比嘉の左胸、心臓の真上にピタリと当てた時にさえ。 「……拓也、さん?」 少しの恐怖と、信じたくないといったような哀しい目をして拓也を見上げた。 それだけだった。 その気になれば、少しでも疑えば振り払う事くらいできただろうに。 身をかわし逃げる事も、圧倒的な体格差を考えれば逆に組み伏す事もできただろうに。 空気を裂くような発射音とその手から全身へと伝わる反動、鋭利な金属製の矢が肉に深く突き刺さる鈍い音。 瞬間仰け反り、そのまま声も上げずゆっくりと仰向けに倒れていく体。 何の受け身も抵抗もなく畳に倒れた体のどさり、という重い音と、じわじわとユニフォームを染め上げていく鮮血の色に拓也が己の正気を取り戻した時には全てが終わっていた。 目の前に横たわる命の抜けた肉体。チームメイトを信じようとしていた、自分を最期まで信じてくれていた後輩。 「比嘉……」 拓也はどれほど祈ったか知れない。 だがどんなに後悔しても、祈っても、人の命は戻らない。 ――俺は……自分に負けた。お前はただ信じてくれていたのにな。 この異常な状況に怯え、若さへの嫉妬に目が曇り、家族への思慕に言い訳を見出し、その宝物のような強い心を受け止めることができなかった。 ……すまん。お前の未来を、希望を、輝くような可能性を、そしてお前の家族からかけがえのないお前自身を奪って、俺だけ帰ることはもうしない。 血に染まった手ではバットもボールも握れない。ましてや愛しい家族を抱けるはずもない。 ……でも、もう少し。頼む、もう少しだけ。 せめてあと1度、誰かに会いたい。会って、できる事なら笑って話をしたい。 俺にはもうそんな資格が無いのは分かっているが、あと少し、あと一度だけ。 今となっては懐かしい、もう二度と帰る事はないあのグラウンドでそうしたように。 お前とそうできたら良かった。不機嫌な顔しか見せられなかった。お前は笑ってくれていたのにな。 ごめんな、すぐに俺も行くから。 そっちに行ったら俺のした事と、この最後の我が儘を思う存分責めてくれ。 ………… 「だぁーっ……っ痛ってぇー……っくしょー……!」 時を置かず、すぐ近くからと思える声が響き拓也は顔を上げ自嘲気味な笑みを漏らした。 ――なんだ、もう誰か来たのか。せっかちだな比嘉。やっぱり俺が許せないか。 それでもいい。いっそ早いほうが良かったかも知れない。 じゃ、行くかぁ。 外にいる誰かは、俺と笑い合ってくれるかな? ……そして、俺を殺してくれるかな。  <1st 08:00a.m.> 松本高明(45)は意識を取り戻さない拓也を前に疲れ切り座り込んでいた。 悪い夢のような数時間前の情景が繰り返し頭に浮かぶ。 ボウガンが床に落ちるけたたましい音、ぐったりと倒れ込んだ拓也、左胸よりわずかに肩口へと逸れた弾丸は急所こそ外れたようだが、そこからとめどなく流れ出る生暖かい血。 ……己の放った弾丸が引き起こした目を覆いたくなるような惨状。 廊下にはまだべっとりと血だまりが残っている。 家中から集めた布で傷口をぐるぐる巻きに縛り、何とか出血は止まったがあれきり拓也は目を覚まさない。布団に寝かせているがその体は氷のように冷たい。 そして一睡もできないまま夜明けを迎え、予告通り6時に鳴り響いた放送を聞いた。 この目で見、今も同じ屋根の下で冷たくなっている比嘉の名前が呼ばれてもまだ実感など湧かない。 それどころか他にも……何人もの名前が呼ばれた。一歩間違えれば目の前で昏睡している拓也の名前も呼ばれていたのかも知れない。 「俺が――」 ――殺していたのかも知れない。そう思うと恐ろしさと悲しさで身がすくむ。 「拓也さん……俺、どうしたらいいんですか……」 何度目かとも分からない呼びかけを口にする度に一つの言葉が蘇る。 倒れた拓也に取りすがり錯乱してただ揺すり続けていたあの時、拓也の口から漏れた高明を我に返らせた言葉。 ――『殺して、くれ……』 (最初から、そのつもりだったんですか?……でもそんな……こんなのって……) 「また俺を殺そうとしてもいい、目を覚ましてくださいよ……嫌ですよこんなの……酷いじゃないですかあっ!」 高明の叫びに拓也は応えない。その意識の奥深くに渦巻くような悔恨を抱き、浅い呼吸を繰り返しているだけだった。 【生存者 残り34名】 ---- prev [[55.「境界線」]] next [[]] ---- リレー版 Written by ◆uMqdcrj.oo
 <1st 03:20a.m.> 「……!」 ――呼んで  いるのは  誰だ……? 「……!……!」 ――……そんなに揺するなよ……力が 入らないんだ―― ――体が 焼けるように熱い なのに……冷え冷え と してい…… 「……!……さ……!」 ――誰……?……でもいい 頼む  俺 を…… 「拓也さぁん!!」 ――俺を…… … …  <1st 00:15a.m.> 木村拓也(0)は木にもたれ、地図とコンパスを見比べながら思案していた。 ――選抜、真の赤ヘル戦士、そこまでは分かる。殺し合いってのはいったい何なんだ。 ここ数年の低迷は言われるまでもなく痛感している。一番痛みを感じているのは選手自身だ。俺もベテランと呼ばれる年齢に達しているからこそ、強く悲壮に責任を感じ、ふがいない成績に情けなく苦渋の思いを抱えてきた。 体力の衰えが無いとは言えない。しかし諦めている訳じゃ無い。台頭してくる若手選手達、その驚異に屈するつもりもまだ毛頭ない。 当然だろう。そう思ってなきゃプロ野球選手なんてやっていられない。だからと言って…… 「拓也さん?」 ふいに背後からかけられた声に思考を中断され振り返ると、こんな状況には不似合いとも思える笑顔で比嘉寿光(10)が駆け寄って来た。 「よかった、誰かに会えて。何してたんですか?」 無防備な奴だな、と少し呆れたがそれを言うなら出発した学校からほど近いこんな場所でぼんやりしていた拓也にも当てはまる。だがとりあえずそれは棚に上げておいた。少なくとも比嘉に害意は無さそうだ。 「んーまあ、とりあえず現在位置確認かな。お前は?」 「人を探しながら走ってました。あそこから早く離れなきゃいけないみたいだし」 「そうか……」 そのまま行動を共にしたのは特に理由も無く、言葉で確認し合った訳でも無い。互いに1人では心細かったからだろう。 初っ端からもっと他の誰かを待とうと言う比嘉と、なるべく遠くまで行こうと言う拓也とで衝突した。ここは先輩である拓也の主張が通ったが、なおも比嘉は不満そうだ。 「今はその方がいいだろ。もしこの殺し合いに乗ってる奴に会ったらどうするんだ」 「そんな人いないですよ。だってチームメイトじゃないですか」 そのあまりに純粋で力強い言葉は拓也の胸にも響いたが、同時に不安と微かな苛立ちも掻き立てた。 ――それが本心であれ、自分を鼓舞するため自らに言い聞かせている言葉であれ、そんな甘い綺麗事を言っていてこいつは一体どうなるんだ。 一喜の無惨な最期を、田村がその亡骸に容赦ない銃撃を加えたのをついさっき見たはずじゃないか。その姿を自分には置き換えられない、自分に決定的に不利益なことは起こり得ないと慢心できる若さか。 正体の分からない微かな痛みにチリ、と心が音を立てた気がした。 「なあ、そういうの本当にお前の良い所だと思うけどな、今は用心するに越した事はないぞ」 「でも俺は、信じていたいんです。そう決めたんです」 揺るぎなく見返してくる比嘉の目から視線を逸らし、拓也は背を向け歩き出した。 「……とにかく、行くぞ。どこか落ち着ける場所を探そう」 歩き、時には走りながら、口を開けば今の異常な状況の陰鬱な話にしかならない。しかし決定的な事に触れるのは恐ろしく、悲観的な事を言うのははばかられ、努めて悲壮感が漂わないように、他人事のような上っ滑りした会話を交わし続けた。 この先どうなるのか、どうしていくべきか、何の具体的な展望も見い出せない。 それでも比嘉は時に笑顔を交え明るく振る舞い、拓也は渋面でそれを窘め続けていた。 ――俺はなんでこんな否定的な事ばかり言ってるのかな……。こんなのは俺のキャラじゃないよなあ。けど、今は状況が状況だ。保身と警戒が何より大事なはずだ。比嘉は無防備過ぎる。俺がフォローしていかなければ。 そう自分に言い聞かせながら結構な距離をきたと思われる頃、小さな平屋の民家を見つけ2人はひとまずそこに上がり込んだ。 「うーわ、何だこれ」 狭い畳の和室に座り込み、思案に耽っている拓也の横でデイバッグを漁っていた比嘉が声を上げた。 「どうした?」 「あ、はい。これが俺の”武器”らしいです。一緒に説明書が……“小型ボウガン折りたたみ式。改造済・殺傷能力もバッチリ”って……悪趣味ですね」 比嘉は溜息をつき、さも嫌そうにそれを傍らに押しやった。 「どっちにしても俺、こんなの使いたくないです」 「そう言うな、護身用と思って持ってろよ。自分を守ることも少しは考えろ」 「うーん……。あ、拓也さんは何入ってたんですか?」 「ああ、そう言やまだちゃんと見てないんだ。何だか箱みたいな……」 そして拓也のバッグから出てきたものは2人を唖然とさせた。 ”ママとお料理キッチンセット”?子供の、それも女の子向けのおもちゃ? 笑うか、怒るか、運がないと悲しむか。この場合の通常の反応はそんな所だろう。 しかしこのおもちゃの箱は拓也に対し意外な作用をもたらした。 (――生吹……) まさに今が可愛い盛りの4歳になる愛娘。その娘にせがまれ、つい最近同じ様なおもちゃを買い与えていた。 この島に来てから今までにも幾度となくその姿を思ったが、手に持っているおもちゃと結びつき、無邪気に遊ぶその姿が鮮やか過ぎる程に脳裏に浮かび上がる。 (恒希……由美子……!) そしてやんちゃな息子、愛しい妻。何よりもかけがえのない大切な家族。 (――帰りたい!) 心の底から突き上がり体を揺さぶられるような衝動は拓也からほんの一時、理性と判断能力を奪い去った。 それは本当にわずかな時間だったが悲劇を生むには十分だった。 放心している拓也を見て比嘉はごく一般的な解釈をしたのだろう。 「やだなあ、そんなに落ち込まないでくださいよ。俺はそっちの方が良かったな。非常食作れるじゃないですか。あ、そうだ」 言いながら傍らに置いてあったボウガンを笑顔で差し出した。 「……これ、拓也さんに預けます。交換しましょう。拓也さんの方がうまく使いこなせますよ、きっと」 その一点の疑いもない行動と表情も今の拓也にとっては苛立ちを加速させ、好都合な利用するべき対象でしかなかった。 ――どこまでも甘い奴だ。言っただろ、今は用心に越した事は無いって。 自分の身を守る事を考えろと、何度も忠告してやっていたのに。 それとも俺は警戒するにも値しないと言うのか。それで笑っているのか。俺を器用な便利屋だと、お前もそう思っているのか。 暴走を始めた思考は止めどなく負の連鎖を引き起こしていく。 狂気へのお膳立ては出来過ぎな程に整い拓也を誘っていた。 ――俺は帰りたい。生き延びたい。 こんな、自分の武器を笑って人に差し出すような奴よりも思いが強いんだ。それが生き残る強さ、資格だろう? そうだ、臆するな。目の前に差し出されているこの武器を手にして。 ……そして…… 「……そうだな、じゃ練習でもしとくか」 ボウガンを受け取りゆっくりと矢をつがえる拓也を比嘉はまったく無防備に見ていた。 おもむろに立ち上がり矢を装填したボウガンを比嘉の左胸、心臓の真上にピタリと当てた時にさえ。 「……拓也、さん?」 少しの恐怖と、信じたくないといったような哀しい目をして拓也を見上げた。 それだけだった。 その気になれば、少しでも疑えば振り払う事くらいできただろうに。 身をかわし逃げる事も、圧倒的な体格差を考えれば逆に組み伏す事もできただろうに。 空気を裂くような発射音とその手から全身へと伝わる反動、鋭利な金属製の矢が肉に深く突き刺さる鈍い音。 瞬間仰け反り、そのまま声も上げずゆっくりと仰向けに倒れていく体。 何の受け身も抵抗もなく畳に倒れた体のどさり、という重い音と、じわじわとユニフォームを染め上げていく鮮血の色に拓也が己の正気を取り戻した時には全てが終わっていた。 目の前に横たわる命の抜けた肉体。チームメイトを信じようとしていた、自分を最期まで信じてくれていた後輩。 「比嘉……」 拓也はどれほど祈ったか知れない。 だがどんなに後悔しても、祈っても、人の命は戻らない。 ――俺は……自分に負けた。お前はただ信じてくれていたのにな。 この異常な状況に怯え、若さへの嫉妬に目が曇り、家族への思慕に言い訳を見出し、その宝物のような強い心を受け止めることができなかった。 ……すまん。お前の未来を、希望を、輝くような可能性を、そしてお前の家族からかけがえのないお前自身を奪って、俺だけ帰ることはもうしない。 血に染まった手ではバットもボールも握れない。ましてや愛しい家族を抱けるはずもない。 ……でも、もう少し。頼む、もう少しだけ。 せめてあと1度、誰かに会いたい。会って、できる事なら笑って話をしたい。 俺にはもうそんな資格が無いのは分かっているが、あと少し、あと一度だけ。 今となっては懐かしい、もう二度と帰る事はないあのグラウンドでそうしたように。 お前とそうできたら良かった。不機嫌な顔しか見せられなかった。お前は笑ってくれていたのにな。 ごめんな、すぐに俺も行くから。 そっちに行ったら俺のした事と、この最後の我が儘を思う存分責めてくれ。 ………… 「だぁーっ……っ痛ってぇー……っくしょー……!」 時を置かず、すぐ近くからと思える声が響き拓也は顔を上げ自嘲気味な笑みを漏らした。 ――なんだ、もう誰か来たのか。せっかちだな比嘉。やっぱり俺が許せないか。 それでもいい。いっそ早いほうが良かったかも知れない。 じゃ、行くかぁ。 外にいる誰かは、俺と笑い合ってくれるかな? ……そして、俺を殺してくれるかな。  <1st 08:00a.m.> 松本高明(45)は意識を取り戻さない拓也を前に疲れ切り座り込んでいた。 悪い夢のような数時間前の情景が繰り返し頭に浮かぶ。 ボウガンが床に落ちるけたたましい音、ぐったりと倒れ込んだ拓也、左胸よりわずかに肩口へと逸れた弾丸は急所こそ外れたようだが、そこからとめどなく流れ出る生暖かい血。 ……己の放った弾丸が引き起こした目を覆いたくなるような惨状。 廊下にはまだべっとりと血だまりが残っている。 家中から集めた布で傷口をぐるぐる巻きに縛り、何とか出血は止まったがあれきり拓也は目を覚まさない。布団に寝かせているがその体は氷のように冷たい。 そして一睡もできないまま夜明けを迎え、予告通り6時に鳴り響いた放送を聞いた。 この目で見、今も同じ屋根の下で冷たくなっている比嘉の名前が呼ばれてもまだ実感など湧かない。 それどころか他にも……何人もの名前が呼ばれた。一歩間違えれば目の前で昏睡している拓也の名前も呼ばれていたのかも知れない。 「俺が――」 ――殺していたのかも知れない。そう思うと恐ろしさと悲しさで身がすくむ。 「拓也さん……俺、どうしたらいいんですか……」 何度目かとも分からない呼びかけを口にする度に一つの言葉が蘇る。 倒れた拓也に取りすがり錯乱してただ揺すり続けていたあの時、拓也の口から漏れた高明を我に返らせた言葉。 ――『殺して、くれ……』 (最初から、そのつもりだったんですか?……でもそんな……こんなのって……) 「また俺を殺そうとしてもいい、目を覚ましてくださいよ……嫌ですよこんなの……酷いじゃないですかあっ!」 高明の叫びに拓也は応えない。その意識の奥深くに渦巻くような悔恨を抱き、浅い呼吸を繰り返しているだけだった。 【生存者 残り34名】 ---- prev [[55.「境界線」]] next [[57.小悪党]] ---- リレー版 Written by ◆uMqdcrj.oo

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