6.信じたい、信じられない

    

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梅津智弘(背番号39)は青の塗装も禿げ掛けた古いベンチの上に腰をかけると
何をするでもなくぼんやりと空を見つめていた。
こんな状況下だというのに何時にもまして空は綺麗だった、故郷の空同様に。
「昔はこういう場所にもよく来たっけ」
以前ここは公園だったのだろう、砂場とブランコそれにベンチだけの少し寂しい公園。
「信じられないな…、今でも夢みたいだ」
こういう言葉はいつか好きな人にプロポーズした後にでも言いたいものだ―――――
ここでそんな事を愚痴ってもしょうがないが。
「どうしたって変わらずにはいられないんだろうな」
梅津のその呟きは誰に聞かれることもなく、荒涼とした風にかき消された。
「あー、やっぱり暗いな」
この島に人が住んでいた時分は夜も公園に灯りをともしていただろう
街路灯も、今はその役目を果たさずそこにその姿をさらしているだけで
灯りも無しに風の吹きすさぶこの場所は、ただただ寂しいものだった。
「これで曇りだったりした日にはもう本当に真っ暗だったろうな」
月と数多の星が出ているだけ自分達は幸運なのかもしれない。

(幸運、か………)
こんな事に巻き込まれている自分達が果たして本当に幸運と言えるのか
ふと疑問に思ったが、これが不幸中の幸いという物だろうか。
「それにしてもここはどこなんだろうな」
得体の知れない何かに追い立てられるようにしてここまで走ってきたが
実際のところ、一体ここはどこなのか。
梅津は強く握りすぎてくしゃくしゃになった地図に視線を落とした。
「えーと、俺は学校を出てから途中まで川沿いに歩いて、走って」
「川は途中で曲がったけど俺はそのまま真っ直ぐ走って走って走って…」
「ここに着いたんだよな?うん、確かそうだった」
「B-4……であってると思うけど本当の所どうなんだろう」
誰がいるわけでもない虚空に向かい、一人自問自答する男の姿は
はたから見れば滑稽なものとして映ったかもしれない。
それでも本人にしてみれば滑稽どころか真剣そのものだった
止まらずに何事か話し続けていないと何かが壊れる気がしたからだ。
オーナーよりも何よりも今は自分以外に誰も存在しない空間の静けさの方が怖かった。

梅津はおもむろに立ち上がると、ベンチの後ろへと回り込んだ。
長身の梅津にとっては少しばかり低すぎる柵の向こう側には
満面の空が広がっている、そしてそのずっと下方には暗い夜の海が月と星々の陰影を描いていた。
「あー、いっそ清々しいくらい何も無いな」
梅津はしばらく黙って柵の向こう側を眺めていたが
一向に何も変わらない景色に諦めたように首を振ったあと、ベンチへと戻った。
「見たくないんだけどな、正直」
梅津はベンチに深く腰をかけてザック下に敷いた地図を取り出すと
覚悟を決めたかのように深呼吸した後、もう一度それを開いた。
地図を裏返すとそこには名簿があった、名前と背番号だけが書かれた簡易なものだが
それでも参加者を確認するには十分な物だった。
ご丁寧にも背番号8山本浩二、背番号7野村謙二郎の名前まで記入されているそれは
梅津にとっては頭の痛くなるような代物でしかなかったのだが。
「全部で49人、生きて帰る事ができるのはたったの3人」
もういない…その2人の名前を除くと自分を含め人数は全部で49、
2人の立派な人間の命を奪い、更にまた49人の命が理不尽な形で失われるかもしれないなんて
そんな事があってもいいものだろうか、自分達はただ野球がやりたかっただけなのに。
「俺らの命ってそんな軽いもんなのか?」
「死にたくないよ」
死にたくない、かといって自分には人を、仲間を殺せそうもなかった。
「他の人だってそう思ってるよ、死にたくない、それでも人なんか殺せないって」
梅津のポツリと呟いたその言葉は、彼の本心でもあり彼が自分に吐いた嘘でもあった。
梅津は、この公園にやってくるまでの行程を思い出した。
何故自分はここに来る途中すれ違った新井さんやロマノさんから逃げたのか。
川の向こう側で自分の名前を呼びながらこっちに向かって手を振っていた新井と
学校を出てすぐの林の中で、自分に声を掛けてきたロマノの姿が梅津の脳裏をよぎる。
話もろくに聞かずに逃げた際、彼等に共通していた悲しそうな表情が今も梅津の目からは離れなかった。
本当に自分がみんな――仲間の事を信じていたのならば、話を聞くべきじゃなかったのか。
(俺って馬鹿だ、彼らは俺を信じてくれていたのに、俺は彼らを信じきれなかった)
野球において信頼関係というのは絶対的なものだと思う。
投手と捕手、投手と野手、選手と監督、その他色々。
仲間を信じることが出来ないのなら野球なんて出来ない。
自分は何をした?信じるどころか走って逃げたんじゃないか。

「……でも、他にどうすれば良かったんだよ」
少しの錯乱状態にあったあの時は、逃げる以外に自分の選択肢は存在していなかった。
―――――今も、彼ら…仲間を信じたいが完全には信じることは出来ない。
それは先ほど聞こえたある『音』に起因した物じゃないか、梅津は漠然とだがそう思った。
10分程前の事だ、やっぱりもう一度あの2人に会って話を聞こうと
ここから足を踏み出そうとしたその瞬間に聞こえたあの音は―――――――
「季節外れの花火とか……じゃないよな、多分」
自分でもわかっている、こんな誰も住んでいない島の中で花火なんて上がる筈もない事は。
あの音が銃声じゃないなら何だと言うのか。
「銃をもらった誰かは…やる気、なのか?」
そういえばオーナーが言っていた『裏切り者3人』
その裏切り者とやらがやる気なのか、それともそんな事は関係無しに
やる気のある奴がいるのか、そもそも裏切り者なんて本当にいるのか
「俺にわかるわけないだろ」
「…あー…俺はどうすればいい?俺に何が出来る?」
誰も信じられない今、歩いて一体どうなるというのか。
茫洋としたこの島内を当てもなく歩く気には到底なれそうもなかった。
死にたくない、殺したくない、何をするという目的もない、こんな自分に一体何が出来る?

梅津がふと思いついたようにザックの中をごそごそとさぐり
取り出したのは、現実味のない重い物。
「ハリウッド映画とかに出てきそうだよな…はは、本当」
わざと過剰なリアクションを付けてみたものの、気分は重かった。
ベレッタM92、付随されていた薄っぺらな説明書にはそう書かれていた。
実弾15発装填済み、当たり武器、おめでとう…か、一体どこが当たりだと言うのか
自分は銃なんて触ったことも使ったことも無いというのに。
それでもどことなく優雅なその外観のそれからは一種の気品すら漂って見えた。
ただ、この場の風景からは浮いて見えたが。
(暗い公園のベンチに座り込んでるユニフォーム姿のでかい男も同様だけどな)
梅津は苛立ったように右拳をベンチに叩き付けた。
とはいっても、彼は投手だった故に知らず知らず力を加減していたので
それを見ていた第三者…佐々岡真司(背番号18)には、
彼が力なく肩を落としたという風にしか見えなかったのだが。

【残り49人】


Written by 301 ◆CChv1OaOeU
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