5.「主将気質」

    

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部屋の隅に座る比嘉寿光(10)の足元で、こんなところにまで飛んできた木村一喜の血の鮮やかな赤と、吐瀉物の澱んだような色とが交じり合う。
あらかた吐き尽くし、胃液だけしか出てこない。
それでも苦しそうに咳きこみ続ける松本高明(45)の背中を、比嘉はずっと撫で続けた。

「背番号9、緒方孝市……さん」
名前を呼ばれた仲間の出立を見送ろうと視線を動かす度に、首から上のない人間の体が嫌でも目に入ってくる。
襲ってくる己自身の嘔吐感には必死で堪えていた。

(大丈夫…大丈夫だ。ここで弱気な顔をしちゃ駄目なんだ!)

比嘉はまだ入団2年目ではあったが、高校生主体のドラフト戦略をとる広島には、大卒の彼より若い選手が何人もいた。
高明もその一人だ。
いつの間にか…本人の自覚もないままに、比嘉はそういった選手の面倒を見る役割を自分に課していた。
単に年齢の問題だけではない。
間違っても、彼らより自分の方が能力が勝っていると思ったわけでもない。
何か理由があるとすれば、少年野球から大学に至るまで、全ての在籍チームで主将を勤め上げた彼自身の気質に他ならなかった。

「背番号10、比嘉寿光」
奉文の声が比嘉の出立を促した。
高明がようやく体を起こす。その肩を支えて、大丈夫かと問いかけた。
「じゃあ、俺行くからな。頑張れよ、高明」
「…比嘉さん」
「大丈夫。心配するな。」
そう笑ったすぐ後で、表情が少し強張っていなかっただろうかということが気になった。
上手く笑えただろうか。
かえって高明を不安にさせはしなかっただろうか。

大丈夫?
何が?
どうして?

断言できる根拠なんてどこにもなかった。
目の前で一人、チームの先輩が死んだ。生々しい血の匂いが、これが長い夢ではないことを雄弁に語っている。
何が大丈夫だ。白々しい。気休めだ。そんなこと、自分でもわかっている。
それでも大丈夫。比嘉は今度は心の中で、同じ言葉を呟いた。
昔からずっと未来を信じてきた。だから、それを信じた。
今、比嘉に出来ることはそれだけだった。
大丈夫だと。道はきっと開けているはずだと。

「ぐずぐずするな、比嘉!」
「待ってください!今、行きます!」
苛付くように怒鳴りつける奉文に、それ以上の大声で返事をする。
「しっかりしろよ、高明」
「はい」

次の選手の出発時間をしきりに気にする田村からバッグを受け取る。
二歩ほどドアに向かって歩いたところで、振り向いた。
見慣れたユニフォーム、見慣れたチームメイト。この人たちを殺す?殺される?そんな馬鹿な。
確かに一喜は死んだ。それでもまだ認めない。殺し合いなんて、信じない。
信じたらきっと、きっと負ける。

大きく息を吸い込むと、勢いをつけて深深と頭を下げた。
「お先に失礼します!」
そして、未だ裏切りと絶望とを知らない男がその扉をくぐった。

【生存者残り41人】



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