6.一分の対話、一分の対峙(前編)

    

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「森笠!」
森笠繁(41)は、心臓が大きく脈打つ音を聞いた。どくん。
今のは空耳?いや違う。じゃあ誰だ?

出発を待つ時間は、思いのほか長く感じた。
何人もの仲間を見送った。
怯えたように走り出す者、事の重大さを理解できていない者、絶対生きて帰ると豪語した奴。
その間に、森笠は頭上を走る白い蛍光管を目で辿りながら、ぐるぐると思考を巡らせた。
初めのうちはあちこちで囁くように聞こえていた声も、段々となくなった。
静寂は不安を増大させ、考えは千々に乱れて纏まらない。
名前を呼ばれる直前に辿り着いたのは“できるだけ遠くに逃げてゆっくり考える”という、
何の解決にもならないような結論でしかなかった。
仲間を信頼していないワケじゃない。
100%大丈夫。そんな顔だって幾つも思い浮かぶ。幸い同期には恵まれていた。
でも…この異常事態。パニックに陥っている者が出ても不思議はない。

だからとりあえず落ち着くまで、誰にも会わないような遠くへ行こう。
そう決心して奪うようにしてディバッグを受け取ると、すぐに駆け出したのだ。
それが、建物を出た瞬間の声。
(ちくしょう…なんで考えつかなかったんだ?待ち伏せされたら終わりじゃないか!)
もしも誰かが“やる気”になってしまっていたとしたら?
そう、そうしたらバラバラになる前、建物の入り口で襲うのが相当確率が高い。
己の迂闊さを呪いながら、声の聞こえてきた方向へ顔を向ける。
「待ってたぞ、森笠」
ああそうだ、この声は。どうして気が付かなかったのだろう。
緊張に唇が乾いていて、とっさに返事をすることができない。
明るい室内から出てきたばかりの目は、まだ慣れてもいない。
それでもその声の主が誰なのかは、はっきりと知ることが出来た。
「これからどうしような」
(殺気…は、ないな。)
「事態がさっぱり飲み込めなくてさ」
(でも確かに、待ち伏せして殺すんなら、呼び止めなんてしないか、普通。)
その緊張感のない穏やかな口調に、森笠はようやく一つ息を吐き出した。
倉義和(40)は森笠の動揺にはまったく気がついていないようだった。
そんな倉の様子に“この人は仲間なのだ”と、そんな当たり前のことを確信して安堵する。
一方で、そんな当たり前のことを信じられない精神状態に陥っていた自分に愕然とした。
鼻腔の奥に残る死の匂い。目蓋の裏の鮮やかな血の色。

「とにかく誰かと話し合って、ゆっくり考えなきゃいけないと思って」
(そうなんだ、考える時間が欲しい。わけわかんないよ。)
「でも監督が3分以内にここを離れなきゃいけないって言ってただろ?
 だからお前までしか待てないから…」
(そうだ、忘れてた!急いでここを離れなきゃ……って、えぇ?!)
はっとして、森笠は自分の腕に目をやった。
時計。(起きた時に首輪と一緒につけられていた。標準時刻というやつだろう。)
森笠は自分の出発時にこれを確認していた。そこから1分6秒、7秒……
「倉さん俺より1分早いんですよね、出発?ヤバくないですか?」
「そうなんだよな。お前が出てくるのがムチャクチャ早かったから助かったよ。
相当走っただろ?」
「そんな悠長なこと言ってる場合ですか!行きましょう!すぐ!」
彼らの前監督は“出来るだけ早くこの近くを離れろ”と忠告した。
“この近く”がいったいどこまでの範囲を指すのかは知らない。
だが、ここはおそらく危険な場所だ。建物から50mと離れていない。
「倉さんも、もうちょっと遠くで待っていてくれれば良かったじゃないですか」
「そうしたら合流できなかったかもしれないだろ?
実際、俺の前の梅津はパニクって出ていったのか、全然追いつけなかったから」
「…確かに俺もパニクって走って行くところでしたけど
ああでもありがとうございます。人と話せるって、すごいほっとする」

だんだんと目が夜に慣れてくる。灯りは背後の建物だけのようだったが、月が明るい。
建物の輪郭、遠い丘の稜線。尖った影は送電線の鉄塔だろう。
この闇の中に、もう何人もの仲間がいる。そしてまだ…
(あ…そうか)
走りかけた足を止めて、振り返った。
四角い建物の白い灯りが、まるで夜の海に浮かんでいる船のように見える。
「どうした?」
「倉さん、先に行っていてください。急いで!」
もう一度、時計。
1分24秒。倉の時間はあと36秒、35秒。
「あの鉄塔。あそこで待ち合わせましょう。俺はあと1分平気です。
次の奴に待ち合わせ場所を伝えます。そいつは、またその次に。
そうやって何人かで集まって今後のことを話し合いましょう。」

倉の口元が、微かに動きかけた。まるで何か言葉を探しているように。
だが、倉にはそれを見つけている時間はもうなかった。
気をつけろ。それだけを言い残して、影の街へと走り出す。

【生存者残り41人】


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