9.逆説にいたるまで 

    

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41選手中41番目の出発となったのは、背番号69の天谷宗一郎(69)だった。
天谷は廃校を出た後、両手で鞄を抱きしめ、しばらくうつむきかげんに歩いていた。
一歩一歩踏みしめるように、胸に溜まった息を時折吐きながら、何も考えずにただひたすら足元に地面がある限り歩いていた。傍から見ればぎこちなさが端々に見えたことだろう。
しかし天谷は歩き続けていた。

それからほんの数分経ったときだったろうか、ごつりという音が突如天谷の頭に響いた。
次いで額にひりひりとした痛みを感じ、思わずよろよろと後ろに二歩ほど下がる。
それから木にぶつかったのだと気付くまでに数秒かかった。
天谷は歩みをやめ、ぶつかった木に背を預けながらそのまま座り込んだ。
「いて……」
鞄を傍らに置き、膝を立てて座る。そして額をさすりながら、考えることをやめていた脳をまた動かし始めた。ぼんやりとした脳に秋の夜風が吹き込む。


(死にたくないなぁ。)
単純明快な言葉をまず思いつき。
(野球したいなぁ。)
それに理由をつけて。
(じゃあ、どうする?)
そして自分に問いかけた。
問いかけた後、天谷は『そもそも』と別の疑問を解消することにした。

そもそも、逆だ。
昨日まではどんなに憎い相手でも殺しちゃいけなかった。でも今日からはどんなに親しい相手でも殺さなきゃならない。
逆だ。逆の世界だ。
天谷は遠い目で空を見上げた。見れば星がいくつも見えた。
だからといって天谷のこれからには何の影響も与えはしなかった。あくまで天谷は見上げただけだったのだから。
ぽかんと口を開いたまま、天谷は脳を回転させ続ける。

でも、横山さんと新井さんは全員で生きて帰ろうと言っていた。
20分前の光景が天谷の脳裏によみがえる。確かにあの二人は、言っていた。
でも、と天谷はその後の事も思い出した。
10分ぐらい前に聴こえてきたひとつの銃声。それは今まさに誰かが誰かを撃ったのかも知れない。
だったらどうだ? 生きるの反対は死ぬだ、殺すだ。
だとすれば、横山さんと新井さんは逆のことを言ったんじゃないか?

逆の世界は、全部逆なんだ。だからきっとみんなの言う事もきっと、逆なんだ。
天谷はそう考え、思わず身震いがした。
逆の世界なんだから、逆で、それはつまり横山さんと新井さんが―――。
急いで鞄を開き、中を探る。そしてその中から手にしたのは一本の白い細身のロープ。
何の変哲もないそれを天谷は右手に数回巻きつけ握り締めた。

それなら『郷に入れば郷に従え』と言うことなのか?
だとすれば、俺も逆にしよう。逆にするんだ。
俺は死にたくない。とすると逆に他の人も死にたくない。
だったら他の人はどうする? 死にたくないから、俺を殺す? ならその逆なんだ。

41番目の出発となった天谷宗一郎は、廃校で一人きりの時間があった。井生が出発した後の1分間。
しかしその1分が天谷を少しずつ狂わせていた、暖かな昼間から暗闇が広がる夜になるかのごとく。ゆっくりと、静かに。
自分を管理する側である松本と田村の視線が、木村一喜だった肉体の破片とそれからかもし出された強烈な匂いが、そして誰もいないという孤独感が。その3つだけで充分だった。

(死にたくない人を、俺は殺す。)
自分勝手な思考回路で考え。
(死にたい人を、俺は殺しちゃいけない。)
焼け崩れたモラルを基準とし。
(逆なんだ、逆。)
純粋な生への渇望に溺れる。
天谷にとって、この3つと野球だけが全てとなった。

「……死にたくない。」
(じゃあ、どうする? 死にたくない。野球がしたい。じゃあ、殺さなきゃ。)
死んだら野球が出来ない。だから俺は生きたい。だから俺は殺さなきゃ。俺以外に生きようとする人を殺さなきゃ。
ぐるぐると頭の中を巡る言葉をもう一度確認した後、右手に巻きつけたそれを見た。
そして天谷は口を結んで、立ち上がる。
その目はさっきまでの暗さを振り切り、一種狂気じみたものになっていた。実質狂っているのだが本人は全く気付くことはない。まず間違っていることに気付かないからだ。
冷え切った指先に息を吹きかけながら、天谷は鞄を肩にかけた。
そして再び歩き始めた。今度は真っ直ぐ前を見ながら、自分の信じた道を進んでいく。

その歩みは、もう誰にも止められない。


【生存者残り41人】


リレー版 Written by ◆ASs10pPwR2
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