広島東洋カープバトルロワイアル2005

1.通り過ぎる日常

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匿名ユーザー

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窓から差し込む穏やかな陽光が微弱なバスの振動と相俟って
ふとすると眠り込んでしまいそうになるくらいに、とても心地良かった。いや、むしろ心地よすぎて
「こうあったかいと眠くなるな…」
目をこすって尾形佳紀(背番号4)は思わず呟いた。
寝不足という訳では勿論無い、やはりこれは「さあ寝ろ」と言わんばかりのこの環境のせいだと思う。

尾形は欠伸をかみ殺しながら、外を眺める事にした。
小さな子供を連れた母親、笑顔の老夫婦、ランニングをしているおじさん
色々な人たちや色々な物が視界の中に入っては遠ざかっていく。
目まぐるしく変動する窓の外の光景を見ながら尾形は思った。

(そういう意味では野球と同じか)

広島東洋カープの成績は近年低迷中。
尾形は今年、シーズンを通して活躍してみせると意気込んでいたものの
人生三度目の膝の怪我によって今シーズン中の復帰は絶望と言われ、その後リハビリの毎日を送っていた。
治っても内野はもう無理かもしれないと言われたが、尾形もにそれはよくわかっていた。
確かに内野手としての自分にこだわりがあるが
今は内野でも外野でもいい、とにかく治して試合に出たい。それだけを胸に抱いて毎日を送っていた。

(『急がば回れ』…だな)

早急に事を運びすぎて人生四度目の怪我なんて事になったら元も子もない
じっくり怪我と向き合ってから、あのグラウンドへと戻りたい。

「それにしても昨日の電話には本当に驚かされたっけ」

そう呟きながら尾形は右ひざをさすった。

秋季練習時に初めて顔を出す予定だったブラウン監督だが
事情があり今度の秋季練習に来る事が出来なくなったらしい。
だから日程を早め、顔合わせと自己紹介だけを先にする事になった
『明日の朝6時、ユニフォームを持って市民球場前に集合、その他持ち物は特に制限無し』
そして今に至る訳だが、何にせよ早く会えるのはいい事だと尾形は思っていた。

「でもわざわざ分ける意味はあるのか…?」

今年一軍出場機会が一度でもあった者は今日で
今年一度も一軍出場の無い者は明日、そう聞いた。

「…………まあいいか」

ふとそう思ったものの
もしかしたら内容が違うのかもしれない、
それに人数的にも二日間に分けた方がメリットは大きいのかも…と勝手に納得する事にした。

「……………」

尾形は暇を持て余したかのように少しの間ぼんやりしていたが
突然何かを閃いたかのように言葉を発した。

「浅井さん、ブラウン監督がどういう方か知ってますか?」

新監督は以前うちに在籍していた事もあるいい選手だったらしい。
先程から読書に勤しんでいる隣席の人物は
確か新監督の現役時代一緒にプレーをしていた事がある筈。
もしかしたら新監督の人柄などもよく知っているかも知れない
そう思い尾形は軽く浅井に問いかけたが、数十秒たっても期待した返事は返ってこなかった。

「あの、浅井さん…?」

不審に思い顔を覗き込んでみると
浅井樹(背番号6)は本をひざの上で広げたまま静かに寝息を立てていた。

「ありゃ、寝てるよ」
(やっぱりこうあったかいと誰でも眠くなるよな)

尾形はうんうんと頷き、浮き上げた腰をおろした
あと10分もしたら練習場に着くのだから、今起こそうかとも思ったが
あまりにも浅井が気持ちよさそうに寝ているので無理に起こすのも気が引けた。

(着いた後に起こせばいいかな)

「あー……ってうわっ!」
「尾形も食べるか?」
通路を挟んだ左の座席から何かを掴んだ新井の腕が伸びてきた。
球団ロゴとカープぼうやの顔が印刷された赤いそれは、広島名物カープカツだった。
笑顔の新井の足元の方ををちらりと見ると、駄菓子屋にでもありそうな
カープカツがぎっしり詰まった小さい透明な箱が置いてあるのが見えた。
確かに持ち物制限はなかったが――――果たしてこれはいいんだろうか。

「ありがとうございます」

少し疑問に思ったものの、新井からそれをありがたく受け取った。

包装紙を破り、かつをかじると香ばしいソースの風味とかつの旨味が口いっぱいに広がった。
久しぶりに食べたそれは、なんだか懐かしいような不思議な感じがした。
黙々と食べながらふと前を見ると。
左側の前方の席に座る野村の横顔が見えた、何やら隣の緒方と楽しそうに話をしている。
彼が広島東洋カープを勇退したのはまだ最近の事であるが
何故その彼が今ここにいるのか。
その旨を野村本人に聞いてみた所彼曰く『大人の事情』というものらしい。
今日はオーナーも直々にやって来るとの話なので
何となくではあるが尾形にもその『大人の事情』は理解できた。

新しい監督にこれから会いに行くと言うのに不謹慎かもしれないが
『野村監督』というのも楽しみな気がする
スローガンは「カープ愛・野球愛」といった所だろうか
熱血的に選手を指導する野村の姿がありありと脳裏に浮かんできた
彼だったら持ち前のリーダーシップを発揮してきっといい監督になるんだろうな……

そこまで思考を運んだ所で

「あ、……あれ?」

尾形は視界と体ががぐらつくのを感じた。
言い方を変えれば一種奇妙な浮遊感とでもいったところであろうか。

(なんか、眠気が…もう少しで着くのに………………)

既に眠っていた他の者たちと同様に、尾形が深い眠りにつくまでには
そう時間はかからなかった。

これから始まるゲームが、いつかは覚める悪夢ならばどれだけいいだろうか
悲しいかなこれら全ては『悪夢の様な現実』

彼らは何も知ることは無く、日常という不確かなものを奪い去られ
ゆっくりと、そして確実に、悪意に満ちた地へと向かっていた。


Written by 301 ◆CChv1OaOeU
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