16.北へ、南へ

    

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(あれ…この道、見覚えがあるぞ?)
既視感、デ・ジャヴという言葉がある。
だが、それはこのときの状況を説明するものではない。
なぜならば彼は、確かに同じ場所を通ったことがあるからだ。
(そうだよな。さっきはあっちの方から走ってきて、角を右に…いや、左だったか?)
自身の出発から一時間。
山崎の出発により、この殺し合いが始まってから一時間半が経過したこの時。
……栗原健太(50)は文字通り道に迷っていた。


背番号順の出発というのは、栗原にとっては幸運なはずだった。
何故ならば、彼のすぐ後に出発するのは同期の末永真史(51)だったからだ。
― 出たら真っすぐの方向に歩いて進んでてくれよ。走ってすぐに追いつくから ―
― OK ―
1人よりは2人。こんなに心強いことはない…“はず”だったのだ。

すべては栗原が予定通りに行動してさえいれば。

真っすぐ、真っすぐ。呪文のように唱えながら、少し速足で歩いた。
それでも末永の足ならすぐに追いつかれるだろう。
何の疑問も抱かずに歩きながらディバッグのジッパーを開けて中を探ってみると、
固いものが手に触れる…冷たい。
(うわ…マジかよ)
月明かりの下に引き出されたそれは、どこからどうみても拳銃だった。
モデルガンとは思えない質量が、手の平にずしりと重たい。
殺し合いと言う言葉が突然現実感を増して来て、ごくりと唾を飲み込んだ。

瞬間。
「うわぁぁぁ!ふ……さ………?しっかり!」
突然の悲鳴。
(何だ?!)
言葉ははっきりと聞き取れなかったが、何かがあったことだけは明らかだった。
栗原は拳銃をベルトに挟みこむと、反射的に走り出していた。
気のせいか?いや、違う。確かに今、道の先で大きな影が動いた!
(誰の声だ?今の?)
走りながら、記憶の引出しを片っ端から開けていく。
どこかで聞いたことのある声というのは、何の手がかりにもならない。
面倒になって数えるのは途中で止めてしまったが、
自分の前に出発した人間は30人ほどいる。
(取り合えず俺の前に出発したのは天野さん…大島…高明…あ、天野さんか?)
確証はない。笑い声は聞いたことがあっても、悲鳴なんて当然憶えがない。
(天野さんってあんなに大きい人だかったか?いや、でもあの声は他に…)
影の動いたように見えた場所は、そう遠くはなかった。
道端に遠慮がちに据えられた小さな祠。建物からは距離にして100mあるかどうか。

「…天野さん?」
声に出して見る。応えない。
左右を見回した。誰もいない。

道はくの字の形に曲がりながら伸びているが、分岐はしていない。
行ったのであれば、間違いなくこの先だ。
「…?何だこれ?」
追いかけようと足を動かしかけて、足元に染みが広がっていることに気がついた。
雨が降った様子はない。なのにその一部分だけ、不自然に地面の色が違う。
栗原はディバックをするりと下ろして祠の脇に置くと、大きな身体をかがめて指を伸ばす。
(濡れてる?!)
慌てて引いた手が月の明かりに晒される。
指先。それは、夜目にもはっきりと赤い色をしていた。
どこかで見た。
(……………っ!血?血だ!!)
そう、それはつい先刻まで押し込められていた部屋の床に広がった鮮やかな。
「天野さん?どこですか天野さん!」
ここで何かがあって、そしてこの先に消えていった…道は1本。
全力で駆け出した。


住宅の間を抜けて、すぐに分かれ道。
どっちだ。少しためらった後、左に曲がる。
(誰もいない…間違ったか?)
戻って、右。折れて左。
突き当たる。また左。
(天野さん、どこですか?…って、あれ…?この道、見覚えがあるぞ?)
どの建物にも灯りはなかった。
街はしんと静まり返って、自分の足音と呼吸の音だけが聞こえている。
三叉路を左…袋小路を戻って右…………
(ここ、どこだ?)
街の小さな郵便局には小さな駐車場。
歩き通しに歩いて、辿り着いた赤いポストの隣に腰を下ろした。
我に帰るという言葉の見本のような唐突さで栗原が悟ったことは、
まず、末永と合流ができなかったこと。
次に、現在位置の確認をしようとしても地図を持っていないこと。
そう、地図どころか、栗原は何も持っていなかったのだ…ベルトに挟みこんだ拳銃を除いて。

何気なく手を見ると、指先が汚れている。
(…あの時だ)
足元の染み。
結局は血であったが、それを確かめようと身をかがめたあの時。
邪魔だと思ってディバッグを肩から下ろした。
それは覚えている…だが、その後、走り出した時にそれを手にした記憶はない。
間違いなく荷物はそこにある。出発点のすぐ近く、何かを祀った小さな祠の脇。
(でも、それがわかったところでなあ…)
3分なんて疾うに過ぎている。もう、迂闊に戻ることはできない。
それ以前に、戻るための道順すらわからない。
(末永、怒りまくってるんだろうなあ…)
道に迷ったことに気がついてからも、栗原はしばらく歩くことを続けた。
もしかしたら、末永が血相を変えて追いかけてはこないだろうか。
天野と思われるあの影に出会うことはないだろうか。
それとも他の誰か…誰でもいいから。

もしこの時、栗原に“建物のドアを開ける”という発想があったなら、
また結果は変わっていたのかも知れない。
しかし今に至るまで、栗原は誰にも出会いはしなかった。

(さすがに疲れたな。どうするか、これから)
ぐるりと首を回すと、駐車場の隅に水場があることに気がついた。
立ち上がって蛇口を捻ると、水が迸る。
こすり合わせるようにして指先の血を洗い流してから、口を近づける。
冷たい。
(そういえば地図だけじゃなくて水も食い物も持ってないんだな、俺。)
取りあえず水は大丈夫。水道は生きている。あとは地図と食料。
(やっぱり誰かに会えないとキツイよな…それにしても本当に)
「情けねぇなあ」
声に出して呟いて、少し笑った。
理不尽に始められた殺し合い。
目の前で殺された木村一喜、誰かの悲鳴と血溜り、渡された拳銃。
そんな状況の中で、自分は“迷子”になっている。そのギャップはどうだ。
(…ゴメンな、末永)
合流したら、頭ごなしに罵声を浴びせるに違いない。
さすがに今回は返す言葉も無い。大人しく聞いてやるしか…
ああ、もしかしたら広島に帰ったら飯でも奢らないと納得しないかもしれない。

― なあ末永、絶対、会えるよな?俺たち、また広島に帰れるよな? ―

濡れた手をズボンで拭こうとして、拳銃に触れる現実。
誰かを撃つとか撃たれるとか、そんなことが本当に。
「帰れる…よな。」
聞く者も答える者もいないのにそれでも口に出したのは、不安な気持ちを打ち消したかったから。

大きく深呼吸をして、顔を上げた。
市民球場のナイターで見上げた空には、カクテル光線の明るさに消されて星の姿なんて見た記憶が無い。
それが、この島では月の光に消されぬ星が幾つも瞬いている。
この島では…
(そうだ、ここは島だって言ってたよな?ってことは真っすぐ歩けば海に出るって事か?)
海に出たからといって場所がわかるわけではないけれど、
四方八方分からない所にいるよりはとにかく“端”がある場所にたどり着いた方がマシな気がした。
そしてその“端”は必ず広島に繋がっている。
生き残るための殺し合いとか…そんなことよりも、とにかく広島に帰ること。
それは確かな目標になるような気がした。

だから真っすぐ、真っすぐ。
呪文のように唱えながら、栗原は再び歩き出した。

(それに海に行けば魚くらいいるかも知れないし…って魚って拳銃で獲れるのか?)

【生存者残り40人】


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