2.混乱

    
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嫌な夢を見た、夢だと自覚しながら自分はそれを見ていたものの
家族が泣いている光景なんて夢だとわかっていてもそうそう見たいものではない。
何故泣いているのかと問いかけてもみんなは首を振るばかりで
まったく要領を得る事が出来なかったが、みんなとても悲しい顔をしていた。

「……ん」

天野浩一(背番号48)は突然の背中の痛みに顔をしかめた。
誰だか知らないが痛いじゃないか、嫌な夢を終わらせてくれた事には感謝するけどさ
背中をさすりながら天野がゆっくりと後ろを振り向くと
バツの悪そうな表情をした栗原健太(背番号50)が

「あはは、あの、すいません
 起こそうと思ったんですけど勢いが付きすぎたみたいで思いっきり叩いちゃって……」

謝る気があるのかないのかよくわからない言葉をもごもごと口にしている。
こいつらしいというか何と言うか…。

「まあそれはいいんだけどさ、ここどこだ?」

辺りを見回すとここはどこかの学校の教室の様に見えたが、見覚えはまったくなかった。

(あれは………)

右斜め前の席に突っ伏してまだ眠っているのだろう緒方の、その前の席
そこだけ座る者も無くぽっかりと空いているのが何故だかとても気になった。
更に周りを見回してみても、やはり空いている席は中途半端な位置のそこだけだった。
何か意味があるのだろうか…?
「さあ、俺にもさっぱり」
そう言って栗原は首をひねったが、ふと何かを思い出したかのように

「あれはなんですかね」
そう言って真っ直ぐ先を指差した、普通なら黒板や教壇がある筈のその箇所には
この『学校の教室』という場所におおよそ似つかわしくない
大型のスクリーンが設置されていた。

「…あれも気になるけど、それ以前にここはどこなんだって話だよな」

確か自分たちはブラウン新監督に会いに行くという名目で朝早くに市民球場に集まり
バスに揺られて大野練習場に向かっていたはずだが……
ここは一体どこなのか、何故自分たちはこんな所にいるのか
首につけられたこの銀色のものは一体何なのか
頭が混乱するばかりで何もわからない、わからない事だらけだ。

少しの間栗原と面をつき合わせて考え込んでいた天野だが
「みんな起きたかい?」

その声にばっと後ろを振り返ると
突然教室の扉が開き、黒いスーツに身をつつんだ初老の男が入ってきた。
天野がその初老の男が広島東洋カープ現オーナーの松田元だ
という結論に至るまでにはそれほど時間を要さなかった。

「みんな起きろ、朝だぞ朝」
少しの間松田元がパンパンと手を叩いていると
まだ眠っていたチームメイト達も徐々に起き出して来た。
そして、ここにいる全員が覚醒するのと同時にパニックが始まった
不安は不安を呼び、誰にもわかるはずの無い答えを求めて大声を上げる者もいる。
少しの間その光景を松田元はスクリーンの横で静かに眺めていたが
静まる様子のないざわめきの勢いに一度大きくため息をつくと。

「ちょっとこっちを見てもらえるかな」
「君たちも彼みたいにはなりたくはないだろう?」

ブン、という音とともにスクリーンはある光景を映し出した。
その言葉が発せられたと同時に画面いっぱいに映し出された映像
それは鮮明で無く多少ぼやけてはいるものの、映し出されているものが何かくらいはわかった。
ここと同じ古びた教室、ここと違う点を挙げるとすれば
そこには今自分たちが座っている様な席が一つも無いこと。

そして

教室の真ん中に映る異質なものの存在。
そこに映っていたのは、うつ伏せに倒れているユニフォーム姿の人物。
顔はわからないものの丁度心臓の位置に穴の開いたその背中には
赤いシミの様な物がべったりと広がっていたが、NOMURA.7の文字が見てとれた。

「…………あ……」
松田元以外の全ての人間が息を呑んだ。
嫌な汗が背中を伝うのを天野は感じた。

(何だこれ…これじゃ…これじゃまるで野村さんが…………)

“死んでいるみたいじゃないか”
その言葉をぐっと飲み込み、バスの中の事を思い出し天野は思った。
(野村さんはバスの中で元気そうにしてたじゃないか…だって…今だって…)
辺りを急いで見回してみても、野村の姿はどこにもなかった。
すーっと音を立てて体中の血の気が引いていくような気がした。

「あ……あ……」

自分は栗原の前に座らされていた、
緒方さんの前の席、中途半端な位置なのにあそこだけ空席だった。
あの空席は、あの空席は、あの空席は――――――――――――――

「これを見てもわかると思うが、野村君は死んだ」

いつの間にかざわついていた声は止み、静寂だけが室内を包み込んでいた。
その中で、あくまで笑顔を崩さずに松田元は言葉を続けた。

「君たちも彼の様になりたくないのだったら
   少しの間静かに僕の話を聞いてくれるかな?」

その有無を言わさぬ口調と先程受けた衝撃によって
選手たちは黙って頷くほかなかった。


Written by 301 ◆CChv1OaOeU
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