48.「4の残像」

    

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「…ふわぁぁぁぁ」
幾度目かの欠伸とともに、嶋重宜(55)は両腕を突き上げて背を伸ばした。
(しかし緊張感がないよなあ、まったく)
朝方の放送。だが、未だにその内容に実感がなかった。
嶋は、出発から今までの間、ほとんど何もせずに過ごしていた。
その間に、6人も死んだ。もしかしたら、この間にも犠牲者は更に増えているかもしれない。
ぐずぐずしてはしていられない。何か行動を起こさなくてはいけない……

………はずなのに、この長閑な雰囲気はどうだ。
ため息をついて視線を落とすと、嶋の隣では大竹寛(17)が昏々と眠り続けていた。

初めは緊張のあまり失神してしまったのだろうと思った。
しかし、意識を失った大竹が熟睡体制に入るまでにはそう時間はかからなかった。
あの悪夢のような放送を、いびきをBGMにして聞いていたのなんて自分くらいのものだろうと思う。
(でも、やっぱり、コイツは俺を殺そうとしたんだろうな)
プロ入りして4年も経つのに、幼さの抜ける気配のない後輩の寝顔から目を逸らして、二度三度と首を振った。
人殺し。そんな言葉とは一番縁遠そうな大竹が、失神したときにはその右手に短刀を握り締めていた。
指を開いて大竹の手からそれを引き剥がすと、嶋はすこし躊躇ってから鞘に入れて大竹のバッグに戻した。
(まったく、しっかりしろよ…こんなことだから、いつまでたってもメンタルが弱いなんて言われてるんだぞ)
一喜の死の恐怖に負けて人を殺そうとしてしまった、だがその緊張感に耐えかねて気絶してしまった、大竹の弱さ。
嶋はもう一度深く深くため息をついて、胡坐をかいたまま天を仰ぐ。
頭上を覆う梢の間から空が見えた。不思議なほどに静かだった。

放送で呼ばれた中には、新井と横山という名前はなかった。
連中がこんなところであっさり死ぬとは思わなかったが、取りあえずはほっとする。
(…さて)
さしあたって、何か行動を起こさねばならない。どうにかして彼らと合流する手立てを考えなくては。
いつまでもここに留まっていても埒があかない。
取りあえず、このまま大竹を放り出していくわけにはいかなかった。
「おい、大竹、そろそろ起きろよ」
ハリセンで二度、三度と小突いてみると、大竹がようやくモゾモゾと動き始めた。

「朝だぞー、起きろー」
我ながら緊迫感のない起こし方だとは思ったが、大竹の顔を見ているとどうにも気が抜けてしまうのでしようがない。
「ふわぁー……あ。あ、お早うございます。ってあれ?嶋さん、なんで俺の部屋にいるんですか?」
目をこすりながら身を起こした大竹が、きょとんとした顔をしている。
(やれやれ、コイツ、まだ脳まで起きてねえな)
「ここは寮じゃないんだぞ。わかるか?」
「あ、そうか。そうですね!忘れてた」
「大竹、お前ちょっと、覚えてることを順番追って話してみろよ」
「は、はい。ええと、起きたらユニフォーム着てて、変な部屋にいて殺し合いとか言われて…
一喜さんが死んで、怖くなって走り出して、隠れてたら嶋さんが来て…
殺される前に殺さなきゃって思って、それから…」
そこまで指を折って、大竹はぎくりとして嶋の顔を見た。
「で、俺を殺そうとして、それから?」
「うわぁぁぁぁぁ!」

―  パンッ  ―

ようやく自分の状況を思い出して大声を上げた大竹の頭を、嶋はハリセンで思い切り引っ叩いた。

「おお、結構いい音するなあ」
「…いて」
「っていうか大声出すな馬鹿!誰かに聞かれたらどうする?やっぱり今の状況わかってないだろ?」
「スミマセンッ!」
怒った後でハリセンもずいぶん大きな音だったと思ったが、大竹はその矛盾に気がついていないようだ。
「まあ、取りあえず地図出せよ。お前の寝てる間にあったこと説明するから。そうしたら今後のことを考えるぞ」
「今後って…」
「ここにずっと隠れているわけにもいかないだろう。何か状況を打開する方法を考えないと」
「俺も一緒に行動するんですか?」
「嫌なのかよ」
「え、だって俺、嶋さんのこと殺そうとして…」
戸惑う大竹のバッグから地図を出して、無理やり右手にペンを握らせる。
「そんな何時間も前のこと別にいいんだよ。もう忘れろ」
まだ不安はあった。大竹がまた自分のことを襲ってこないという保証はどこにもない。
気をつけていても、一緒にいれば隙だってたくさん出来てしまうだろう。
でもそれでも、一緒にいこうと決めた。危険だからといって、このまま大竹を放ってはおけない。

―  全員で生きて帰ろう  ―

(これでいいんだよな、横山。きっとお前もそうしただろ、新井)
二人は“全員で帰ろう”と言った。もう、全員には6人足りない。
しかし諦めてはいけない。出来るだけ多くの“みんな”で帰るんだ。
だが、ここには大竹しかいない。つまり、嶋にとっての“みんな”とは、今は大竹と自分のことだ。
大竹が、ゆっくりとひとつ頷いた。大丈夫だ。

書き込みをした自分の地図と大竹の地図の向きを合わせて広げると、額をつき合わせるようにして覗き込んだ。
「ここの場所はわかるよな?。森に入ったばっかりのところ。斜面を登っていくと、この山だ」
「はい」
「で、6時に腕時計から放送が聞こえてきたんだけど」
「放送?」
「そう。時計にスピーカー機能がついてるらしいんだよ。で、監督の声が…」

―  ガァァァ……ン!  ―

嶋の言葉を遮るように突然銃声が響いた。嶋が急いで大竹の腕を引くと、バランスを崩して転倒する。
「え?何!?何の音ですか?!」
「急いで木の後ろに隠れろ!撃ってきたのは斜面の上からだ!」

何が起こったのかわからないまま起き上がった大竹の肩を無理やり押して、自分の後ろに隠すようにする。
大竹には見えなかった。だが嶋には見えた。
銃弾はもう少しで大竹の背中を掠めるような形で通り抜けると、枯れ枝を粉々に砕いて地面に落ちたのだ。
嶋は自分の体で大竹を庇うようにしながら、顔を斜面に向けたままじりじりと後ろに下がっていった。
(あいつか!)
その時、嶋の目が木の影に隠れる赤い何かを捉えた。額から汗が落ちる。
呼吸が肺まで届かず、喉のところでつかえているような苦しさに、息が詰まる。
一瞬でも目を放した隙にまた銃弾が飛んでくるような気がして、瞬きさえできない。

ゆっくりと後退して体が大きな杉の木が並んだところで、背中の大竹の気配がふと右に逸れた。
「嶋さんも早く隠れて!」
今度は大竹が嶋の腕を引く。
幹の裏に転がるようにして滑り込むと、視界の端でまた襲撃者の影が動くのが見えた。

ガサリと落ち葉を踏みしめるような音がした。
「嶋さん!」
「大竹、いいか動くなよ。俺が声掛けるまで絶対ここから出るな」
そう告げると、嶋はゆっくりと首をずらして上を見上げた。
視界の上の方で斜面を走って登っていく背中が少しだけ見えて、すぐに藪の中に消えていく。
(誰だ?二桁の背番号だったぞ。4…?)
襲撃者は場所を変えてまた攻撃してこようというのか、それとも逃げたのか?
嶋は首を引っ込めると、また杉の影に戻った。
「撃たれたんですか?俺たち、撃たれたんですよね…?」
「怪我したわけじゃないだろ?落ち着け、静かにしてろ!」
嶋は耳をそばだてて襲撃者の気配を聞き取ろうとしながら、「4」の文字の入った背中を思い出した。
(確かに4って見えたよな。でも尾形は一桁だから違うとして、14の澤崎さんも24の河内もいなくて…くそ、誰だ!?)

背番号と名前がとっさに出てこない。
そうだ地図だ、地図の裏にリストがあった。
いや、違う。そんなことは後でいいんだ。
今はあれが誰なのかが問題じゃなくて、そいつがまた撃ってくるかどうかが重要なんだ!

(くそ、俺まで動揺してどうするんだ!しっかりしろ!)
動転した嶋の頭の中で色々な考えが錯綜する。
だが、ここで自分が不安になってしまっては、折角気を持ち直した大竹がどうなるかわからない。
「いいか、落ち着けよ」
自分を落ち着かせるために、嶋はもう一度大竹に言葉を掛けた。

ずいぶんと長い時間が経過したような静寂があって腕時計を見ると、まだ十分と経っていなかった。
だが、これ以上は気持ちが持たない。意を決して嶋は立ち上がった。
「お前はここに居ろ」
「ええ?危ないですよ嶋さん!」
大竹の静止をよそに立ち上がると、嶋は先ほど自分たちが話し合っていた場所まで歩いていった。
山の斜面はそこから一気に急になっている。首を上げて襲撃者のいたであろう方向を見やった。
そこには“4”を背負った人の影はもう見当たらなかった。

(撃つな、撃つなよ…)
呟きながらゆっくりと斜面を登っていくと、稜線にいたる途中の木の根元に踏みにじられた跡をみつけた。
「ここに誰かがいたのか…」
這うようにして近くの地面を調べて、そこからさらに上っていく足跡を見つけた。
だがそれは辿っていけるほど鮮明なものではなかった。
ふと、先ほどまで嶋と大竹がいた場所を見おろしてみる。
木と木の間を縫って、一直線に隙間が開いていた。
狙い撃ちだったはずの銃弾があたらなかったのは、運がよかったとしか言いようがない。

(しかし何で奴は二発目を撃たなかったんだ?
俺には隠れる場所はなかったし、ここからならもう一度狙えたはずだ。
襲ってきた奴に何かあったのか、それとも…)

わずかに見えた襲撃者の姿の映像を思い出す。
最初に見上げた時は、ほとんど見えなかった。人だとわかったのは、そうだ、最初にアンダーシャツの赤い腕が見えたんだ。
次に、木の影に身を隠しながら見上げたときの背中の歪んだ4の文字。
だがその記憶はあまりに曖昧だった。多分二桁だった。それは間違いない。
もう一文字がついていたのは、4の前だったか、後ろだったか…
(あ、そうか。二桁の4って、40番台の背番号っていうのもありえるのか!)
そのことにようやく気がついて、嶋はまた地図の裏のリストを思い出そうとした。

「嶋さーん…」
斜面の下から、大竹の不安そうな声が聞こえてくる。
「おう。今、降りるからそこにいろよ」
答えながら、また自分たちがいた場所を見下ろす。
やはり、大竹をかばうような位置に立っていた嶋のことは、とても狙いやすかったはずだ。
ずっと顔をこちらに向けていたから、姿を見られるのがいやだったのだろうか?
だが、嶋を殺してしまえばそんなことは関係ない。
では、なぜあの襲撃者は、二発目の弾丸を撃たなかったのだろう?

重力に負けて斜面を転がり落ちそうになる重い体を支えながら、一歩一歩降りていく。
そのとき突然、嶋の頭にひとつの考えが閃いた。
(撃ったら俺に当たるから止めた…とか?)
初めの狙撃は、大竹の背中の真後ろを通っていった。
今までまったく気にならなかったが、それは“二人のうちどちらか”を狙って外れたわけではなかったのだとしたら。

杉の木まで戻ると、大竹が安堵の表情を見せる。
いや…おそらく、そうだ。
間違いない。
背番号X4、あるいは4Xの襲撃者は、この大竹寛を狙ったのだ。

【生存者 残34名】



リレー版 Written by ◆yUPNqG..6A
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