広島東洋カープバトルロワイアル2005

4.誤解される男

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匿名ユーザー

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佐々岡真司(背番号18)はエースナンバー18を背負った
広島東洋カープの現最年長者でありながら、プライド高いという事は決してなく
むしろ投手でありながら優しすぎるきらいがあるくらいだった。
それは彼の長所でもあり短所でもあったが
この場合においてそれは悲しいことに、短所でしかなかった。

佐々岡の口から漏れたのは悲鳴でも嗚咽でもなく
風が抜けた様な奇妙な息と、誰も聞き取れないくらいに小さな小さな言葉だった。

「嘘だろ………」
誰でもいい、嘘だと言ってほしかった。

先程の野村の映像とは違い、これは紛れもなく目の前ある現実だった。
これが現実ならば先程の野村さんも多分…………

「僕は野村君を運んできて実際に見てもらう方がいいかと思ったんだがね」
彼の場合ほら、死んで間もないだろう?まだ血も乾ききっていなくてね
流石の僕でも彼らにそんなものを運ばせるのは躊躇われた訳だ、
折角のスーツが真っ赤に染まるなんて可哀想じゃないか

松田元の言葉も何もかもが遠いもののように感じられた。

「さあ、今度こそ、信じてもらえたかな?」
君達を助けようとして山本さんも野村君も死んじゃったんだ、現実逃避はもう止めよう

誰も聞いてはいない様だったが、
勝ち誇ったように松田元は更に声を張り上げた。

担架の上に存在する、もう人ではなくなったもの。
それはユニフォームを着ているというより
上半身にはずたずたに裂けた赤いストライプのはいった布切れを身に纏っていると言った方が正しい。
生きている人間ならばまず有り得ない奇妙な方向へ曲がった首
“彼”のトレードマークでもあったサングラスは捻じ曲がり、同じく捻じ曲がった首の脇に置かれていた。
その一文字に切られた腹の傷からは、薄いピンクの色をした内臓器官がとび出し
何かぶよぶよとしたゼラチン質の黄色いものがのぞいているが、あれは脂肪だろうか。

「…………」

それは全身赤黒い血で塗れていた
遠くから見たらサンタクロースにでも見間違えられるんじゃないかと思えるくらいに。
ホラー映画にでも出て来そうに悪趣味な、血塗れサンタクロース。

濁ってしまったその目にはもう何もうつってはいない、もう何も見てはいない
色々な事があったが、長い間苦楽を共にしてきた人は、もうそこにはいなかった。
もう血は完全に乾ききっていたが
山本浩二その人の死を示す、むせ返る様に異質な物の臭いだけはそこに生々しく漂っていた。

佐々岡はそれから目を逸らす事が出来なかった。

「う、ぁ…うわぁあああああああああああ」

耳を劈くような誰かの悲鳴
それが引き金となり、静まり返っていた室内はまた一気に騒然となった。
嗚咽する者、目を覆うもの、壊れた様に笑う者
様々な反応を見せる選手たちを見て松田元は満足げに微笑んだ。

その悲鳴に我に返った佐々岡は
口の端から机上に置いた自分の腕に落ちる赤い滴を見て
そこで初めて佐々岡は自身が唇を歯で強く噛み締めていた事に気がつき
それを慌ててユニフォームの袖で拭った。
そして騒然とした室内で一人、佐々岡は
ふいに頭に浮かんだ文字の羅列について考えていた。
『人はおのれの役割に応じた人物を演じるべきだ』
(なんの台詞だったかな…ああ、思い出せないや)
どこで知った言葉なのか定かではなかったが
それは今の自分に相応しい言葉だという風に佐々岡は感じた。
今のカープの選手においての最年長者は自分、その自分が落ち着かないでどうするのか。
それに………野村がこの場にいたとしたらきっとこう言うのだろうから。

「年長者のお前がしっかりしないでどうするんだ」

(そう、自分は、最年長者、落ち着け落ち着け)
佐々岡はともすれば震えだしそうになる体を必死に押さえつけ
出来る限り平静を装った、そしてそれは成功したと、少なくとも佐々岡はそう思っていた。

「じゃあ今から話の本筋に入るね、もしもまた誰かが僕の話の邪魔をしたら…」
松田元がそこで言葉を切ると。
スーツ姿の男達がどこに隠し持っていたのだろう
昔見た『セーラー服と機関銃』に出てきたようなソレを構えている様子が佐々岡の目に映った。
(はは、本気だねこりゃ………)
それと同時に佐々岡はある覚悟を決めた。
(これから先何が起こったとしても、俺は最後まで自分を演ろう、ああ、絶対に。)

佐々岡が感情的にならないよう、ともすれば不安に曇りそうな表情を
出来る限り笑顔に近づけようと懸命に努力した結果、
気味悪く引き攣り、歪んだ微笑みを顔に形成する事に成功。
そして口の端には血を拭ったような跡もうっすらと見え―――――――――
そう、実際他の者のからすれば今の佐々岡は『怖い』以外の何者でもなかった。

そしてその事実が、後々の彼の運命をも危うくしていたのだが
そんな事は今の彼が知るところではなかった。


Written by 301 ◆CChv1OaOeU
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