61.「胸騒ぎ」

    
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「どういうことだ?」
 ゆっくりと深呼吸をしてから、野村謙二郎は同じ言葉を繰り返した。
「どういうことだ……」
 そこには、何も知らない人にはさして違和感のない、だがこの場所をよく知る野村には不思議としかいいようがない光景が広がっていた。
 広島東洋カープ大野練習場。
 オフの時期は限られた数日を除いて、選手たちが厳しい練習に汗を流すはずのこの場所に、今は人の気配すらない。訪れるのが早すぎただろうかと腕時計に目をやったが、いつもならこの時間にはもうとっくに若手選手が練習を始めているはずだった。
 キャンプ、納会、ファン感謝デー、野村は自分が日程を勘違いしているのではないかと一つ一つの可能性を思い浮かべ、そしてそれを端から消していく。

 この秋、野村は慣れ親しんだカープのユニフォームを脱いだ。
 正直、未練もあった。まだ出来るのではないか。そんな思いをしかし、悔いることはない。それも含めてまたいい野球人生だったと、今は胸を張って言うことができる。
 引退試合の光景は何度思い返しても心が震える。真っ赤に染め上げられたスタンドがカクテル光線に照らされて、市民球場が幻想に包まれた。あの時のことは、一生忘れないだろう。そしてその夢のような世界の中で、これからも人生の全てをカープに捧げると誓ったことも。

「おーい、誰かいないのか?」
 無人の練習場に野村の声だけが響く。答えはない。
 第二の野球人生のスタートである野球評論家としての最初の仕事を、野村は“カープの練習の視察”と決めた。またここから始めるのだ。
 だがそんな野村を待ち受けていたのは、最下位の屈辱を漱ぐべく闘志を燃やし練習に励む選手たちの姿ではなく、完全なる静寂だった。
「おい、佐々岡!緒方!いないのか?」
 何かおかしい。

 胸騒ぎがした。
 確信があるわけではない。
 ただ、長年勝負事の世界に身をおいていることで培われた“カン”のようなものが、何も分からぬままこの場を去ってはならないと、野村の足を引きとめていた。
「前田!新井!誰かいないのか!!」
 声を張り上げて、選手の名前を叫んだその時
「けんじろー!」
 背後から、どこかで聞き覚えのある声。
 記憶を手繰り寄せながら、ゆっくりとふり返る。
「……マーティー?」

【生存者 残り34名】



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