65.「秘匿」

    

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「佐々岡さん、と、永川さん……」
第一回放送終了後、膝の上に広げた名簿と地図を前に森跳二(16)はやっとの事で言葉を絞り出した。
「これって本当、なんやろなあ。やっぱり」
「今更何言ってんだよ」
「うん。せやけど……」
昨夜実際に井生の遺体と対面した時よりも遙かに強い衝撃を感じた。
人の死を悼む、それがきちんとできなかった昨日の自分に比べたら正しい事、喜ばしい事かも知れない。しかし。
「それって逆やないんか普通……やっぱ同じピッチャーの2人ってのが大きいんかな」
「うん」
「おかしいよな。人の命なんて平等なはずやのにな」
「そんな事ないよ。自分に近い人、思い入れのある人の方がショックなのは当然だろ」
「……そう、やな。うん、そうやんな」
「そうだよ。それよりこの場所」
「ん?……ああ、立ち入り禁止区域?」

ここは簡単な屋根と三方に低い壁がついている東屋のような休憩スペース。
昨夜井生と緒方に遭遇した後、半分草に埋もれた遊歩道を登ってきて見つけとりあえず腰を落ち着けたまま朝になった。
明るくなって気がつくと傍らに『見晴らし台』という看板が立っている。と言っても木が茂り放題で見晴らしなどほとんどきかないのだが、木の間を縫って僅かに海が見えた。
北西の方向に小島のようなものが確認できた以外はひたすら水平線が見えるばかりだ。

「そ。多分このへんってC-2にかかるだろ。禁止になるのは10時らしいから時間に余裕はあるけど、早めに距離を取って離れた方がいいだろうな」
「せやな。けど、どこ行く?」
「そうだなあ……」
地図を眺める梅津智弘(39)は特に動じた様子もなく落ち着いて見える。それを見ると森の心も引き込まれて落ち着いてくるのだった。

森の不安にはお構いなしと言った態度で、そのくせその受け流すような言動で沈みそうな心を軽くすくい上げてくれる。まだ半日にも満たないと言うのにこの相棒の存在は心底有り難く、時間を経る毎にかけがえのないものとなりつつあった。
(こいつ、こんなにメンタルが強かったかなあ)
タッパはあるけどひょろりと細い、どこか頼りなげな奴だと思っていた。
(俺も人を見る目があれへんなあ)
そんな事をぼんやり思いながら、朝靄に煙る海へと視線を泳がせ、夕べからの一連の出来事を思い起こした。

昨夜から今朝にかけて、森は自らの心情を洗いざらい梅津にぶつけた。
どこか自分の感覚が麻痺してこの状況を受け止めてしまっている事、そんな自分自身への不審、そして同時に同行している梅津への不審すらも正直に話した。
言葉にして口に出すほどに森の中での不安や焦燥は解消され、そんな森の言葉を否定するでも同意するでもなく的確な相槌を打ちながら、梅津の無口も徐々に解消されていった。
梅津自身は何をどう思っているのか、それは具体的に語られる事は無かったが
「先の事もどうしていいかも分からんけど、お前と行動を共にしていきたい」
そう言った時、「なんか気持ち悪ぃよ馬鹿」と笑いながら、「分かった。俺はお前を信じる」と言ってくれた。
その言葉は不思議なほど素直に森の心に染みいり例えようのない安心感をもたらした。

とにかく、生き抜く。それが2人の出した結論だった。
生きる。だがその為には?生きたい。死にたくない。けどもちろん、殺したくもない。
しかしいつか、どちらかの選択を迫られたら?そういう状況に陥ったとしたら?
それまで常にそうだったように梅津の答えはここでも簡潔だった。
「生きるんだ。生きるための選択をする」
「けど、それって……」
「生きよう。俺達はそれを第一の目的にしよう」
「せやけど」
「迷うな。その分行動が鈍る。俺は、そう動く。その時に応じて自分が、俺とお前が生き抜けるように動く」
「けど……」
梅津の言葉は力強く頼もしい。が、同時に恐ろしくもあった。
そんな時は遠からずやってくる気がする。こうやって禁止区域に追いやられ、徐々に人々が狭い範囲に集められ、そして誰かと……

「あ、おい、ウサギ」
「はぁ!?」
思考を中断されるにしても余りに予想外の単語に森は間の抜けた声をあげてしまった。
「何やて?」
「ほら、あそこ。ウサギがいる」
言われるままに梅津の指さした方向を見ると、本当に草むらの中に白と茶色のブチ柄のウサギがきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「野ウサギって奴かな。んな訳ないか。野良ウサギ?」
「……知らんわ」
気をそがれるにも程がある。これを計算でやってるならそれこそ脱帽だがここまで来ると……もうええわ、天然だろうと計算だろうと付き合うたるわ。
「なんや、前歯がピュっと出てお前に似とるな。よっしゃ、捕まえたろ」
「は?」
今度は梅津が呆気にとられた声をあげた。
「どうせ行き先も決まらんのやし、アイツについてってみようや」
「何言って……っておい!」
森はさっさと荷物をまとめてウサギの方へ走り出した。梅津も慌てて森の後を追う。突然立ち上がり向かってきた大男2人に驚きウサギは草むらの中を跳ねながら逃げていく。
「お、なかなか早いやないか」
「おい、悪ふざけも大概にしとけよ!ちゃんと地図を……」
斜面をジグザグに駆け下り、それにつれ草むらは次第に背が高くなり、ウサギを見失いそうになったその時、突然草の海が途切れ視界が開けた。
その瞬間、二人の足は凍り付いたように止まった。山の中腹らしい場所に少し平らに切り開かれた平地、そこに迷彩服を着た兵士達が5~6人ほど何かの作業をしている。
「……なっ……?」
意外な遭遇を更に異様に演出しているのは一斉にこちらを向いた全ての兵士が頭全体を覆うおかしなマスクをつけている事だった。
ゴーグルに口元から突出しているフィルター……そう、あれはどこかで見たことがある。戦争映画やニュース映像、あの地下鉄サリン事件の報道で見たようなやつだ。不気味な……
「なんなんや、こいつらいったい……」
森がつぶやくと同時に兵士数人が機関銃をこちらに向けたが、一人が制止した。
「だめだ……それは、ルール違反だ。おいそこの2人。命が惜しければここを立ち去れ。今すぐにだ」
マスクの下からのくぐもった声だが、こちらに向けられた銃口と相まってそれは恐ろしい威圧感を発していた。

「……おい、逃げるぞ」
森のユニフォームの腰をそっと引き梅津が囁いた。
「え……あ、あ……」
確かにそれしかできない。じりじりと後ずさり、出てきた草むらに体が隠れると同時に身を翻し走り出した。
(何だ?何だ?何だ?いったい何がどうなっとるんや?)
次々と目の前に現れる不条理。頭の中が疑問符で飽和し森はたまらず立ち止まった。
「なんや……なんなんやこれ!なんやっちゅーんや!!」
数歩行き過ぎて梅津も立ち止まり、森に向き直った。
「銃を突き付けられて為す術もなく逃げるだけやなんて、こんな……」
「余計な事を考えるな。何ができた訳でもないだろ。あれが何かも分からないんだ」
「せやけど何かこんなの……情けないやんか!」
「んな事ねーよ。どうしようもない事なんだ。そうだろ?」
「……」
分かってる。梅津に甘えてだだをこねているだけだ。こうやって自分の中の鬱憤を吐き出して、また助けてもらった。
(ほんまに情けないのはこんな俺やわ……)
「……ごめんな」
「何が?いいから行こう。さっきの所まで戻ってきちんと行き先を決めよう」
「せやな……ごめんな」
「やめろって。謝られる意味分かんねーから」
「うん……ありがとうな」
「礼を言われるのはもっと分かんねーって……」
行き先についてどこがいいか等と話し合いながら、来た道を二人は再び登りはじめた。

森と梅津に追い立てられたウサギは兵士達の横を擦り抜け、その先の草むらへと入っていった。
かなりな年月を経たと思われるボロボロに朽ち果てた『KEEP OFF』の警告テープを踏み越え、奥へ奥へ……。
徐々にその動きは緩慢になり、ふと立ち止まり鼻を数回ヒクヒクと動かすとパタリと倒れた。
それきり二度と動く事はなく、静かに冷たくなっていった。

【生存者残り 34名】


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